- [著]John Irving
- カテゴリ:
- マスマーケット (619頁)
- ISBN:
- 0345361792
- 発売元:
- Ballantine Books (Mm) (1990/04)
- 定価:
¥ 805 (税込)- 価格:
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何度も読み返してしまう大傑作
個人的にはジョン・アーヴィングの出世作、「ガープの世界」よりも衝撃的な作品です。
所々涙が出るほど笑えるのですが(特にOwenがクリスマスの劇でイエス役をいつもやらされ、Turtledovesが怪物だと指摘するくだり)、最後は涙が止まらなくなります。
読後、その涙で心に溜まっていた澱が全部洗い流されるような、そんな作品です。
原作ではOwenのセリフはすべて大文字。いったいどんな声なんだろう、と想像しながらも引き込まれます。
作者については、「ガープ」にしろ、本作にしろ、こんなにキャリアの初めで大成してしまったらその後、いったい何を書くのだろうと、心配すらしましたが、案の定、個人的には本作以上のものは未だにかけていないと思います。
ペーパーバック3冊と、遂にハードバックまで買い、何度も読み返している作品です。
ラストの衝撃
正直長い話です。馴染みの無いキリスト教に関する内容も多く、読み進めるのに時間がかかる箇所もありました。
それでもなおこの話を薦めたいのはラスト20ページの圧倒的な衝撃があるからです。
甲高いオウエンの声、予兆としての両手の過失(人台、マグダラのマリア像・・・)、特殊なシュート練習など、
物語の中にちりばめられた様々なモチーフ、エピソードが一気に集約されるラストは本当に圧巻、下手なミステリーよりも衝撃度が高いです。
このために長い話が必要だったんだなーとしみじみ感じられます。
どうして私には分からないのか
評判がよかったので以前から読んでみたいと思っていた本です。やっと手にできました。
期待が大きすぎたのか、私はここにレビューを載せている方のように感じられませんでした。
私の家は3代のキリスト教徒です。なのにこの本の意味が分からなかったのは、自分に信仰がないから?それとも日本人のキリスト教徒だからでしょうか。ちょっと悲しくなりました。
アーヴィングの本は描写がしっかりしている、上品だけどほのぼのではなく、衝撃的なこともちゃんと書いてあるので評価はしています。
ただし、この作品はどう読んでも中だるみがあり、(クリスマス劇のあたり。)またミステリアスなオーエンの言動は魅力を感じましたが、理解したり共感したりすることは出来ませんでした。なので最後に主人公とシンクできなかった。読んだ後に欲求不満がたまってしまった作品です。
評価を落として悪いのですが、あえて自分の感想を素直に書いてみました。
魂を掴まれた
初版のペーパーバッグを買って読み始め、
運命のファウルチップの場面からノックアウトされました。
読み終えるのが惜しくて、時間をかけてちびちびと読んでいましたが、
結末前の数ページでついに手が止まりました。あまりにも辛すぎて。
オウエンが伝説になる、その崇高にして悲痛な場面を最初は飛ばして読まざるをえないほど、
魂を掴まれてしまいました。
" Tragicomedy”と称されるアーヴィング特有の作風マジックが、
もっとも炸裂した作品ではないでしょうか。
冒頭から登場人物が活き活きとした隣人に思え、
彼らの幸いなることを祈らずにはいられないほどに惹きこまれます。
一冊の本からこれほどまでに喜怒哀楽を揺さぶられた体験は初めてでした。
キリスト教の細かなセクトなど日本人感覚では実感として分かりにくいシチュエーションもありますが、
読まないと人生の損失といえるほどの力作です。
神に祈りたくなる時
この小説はすごい。
キリスト教的に饒舌なためか、日本ではあまり話題になっていないけど
芯の部分は、教育の現場で使ってもいい内容だと思う。
自分はどうして、人とちがうのか。
なぜ、人より劣っているのか。
なぜ、この世に生まれてきたのか。
なぜ、神はこんな残酷な試練を与えるのか。
この中のひとつでも真剣に考えたことのある人は
読んでみると何かを感じるかもしれません。
自分の力ではどうにもできない、大いなること。
それができるのが「神」なのでしょう。
特定の宗教をこえて、祈るということの意味を考えさせられます。
切ない切ない物語
主人公ジョンと,ちっちゃな親友オウエンの物語。
物語は,オウエンが打ったファウルボールが当たって,ジョンのお母さんが死んでしまう,というシーンから始まったと思う。
親友の母を死なせてしまったオウエンは,自分が神の道具であると信じるようになった。
それからオウエンは頻繁に変な夢や幻覚を見るようになる。
それは,自分が死ぬ日の夢。自分の名前が刻まれた墓標を見る幻覚。
その予知夢に基づいたオウエンの奇怪な行動が,すべて物語の最後の最後で一点に集約されるという,まさにジョンアーヴィング・マジック。
オウエンのお父さんのエピソードを通じて,キリスト教のある宗派(忘れた)を痛烈に揶揄している。
彼の作品の中で一番切ない切ない物語じゃないかと思う。
"Simon Birch"とかいう題名で一応映画化されているけど,ストーリーは全然違うのでガッカリした。
とっかかりは多くの日本人には難しいけど、良い本です
キリスト教にあまりなじみのない、多くの日本人にとってこの本は最初、とても読みにくいと思います。アメリカではとても人気があるのに、日本では文庫本化されてないのも、それが原因かもしれません。
この話はいってみればドラえもんとのび太の話。ドラえもんのおかげでのび太は一人前の大人になる。だけどこの話がドラえもんと違うところは、語り手のジョニーはドラえもんがいなくなった後に静香ちゃんと結婚しないし、世の中を変えるような大人になるわけではないこと。のび太はおおきくなってものび太で、決してお気楽なハッピーエンドがくるわけでない。それがジョン・アーヴィングの世界で、大人になって、世の中そんなにうまいこと行くもんじゃないって思うようになった私たちにはぴったりくると思います。
読後感は◎。
エゴの奥にあるものに一瞬触れられるかもしれない
時々、誰かが俺の人生を操ってるというか、ある種の流れの中に自分が組み込まれているような感覚があったりするんだけど、そんな感じを僕らに思い出させてくれると言うか、信じるということの意味とか、その「意味」を追い求めることの愚かさとか、そういうのがいいとか悪いとかではなくただあるということを感じるその感じを大切にしていこうと思えさせてくれる作品でした。僕らはオウエンのことをリアルだとは受け止められない。景色が人の心を映すように、彼は僕らの中の愚かさの露呈された形であり、彼を信じると言うことが僕らにはできないだろうから、オウエンには絶対に出会えない。逢いたくても逢えない、きっと。
私はこの本を愛している
何故オウエンにこれほど惹かれ、オウエンの声がまるで聞こえるかのように、思うのか。
この本を読んだ人ならば誰でも、オウエンに祈るだろう。オウエンには祈られて当然なところがある、どうしても祈ってしまうだろう、彼のためになら。
オウエンという奇跡。神というもの。戦争というもの。奇跡というもの。そして信仰。
全編につきまとう死。タビサの死ではない、オウエンの死だ。そりゃあ面白かった。何度も泣いた。感動もした。けれど、悲しすぎる。悲しすぎるのだ。だがどんなに悲しすぎても、やっぱり私はこの本を愛している。
知る不安 知らない焦燥
TVで小説家の小川洋子さんが「大人が泣ける本」として紹介していました。“リトルリーグの試合中にファウルボールが当たってチームメイトの母親を死なせてしまった少年が、それをきっかけに成長していく物語”とのことでした。
実際に読み始めてみると、この紹介から私が持ったイメージとは全く違っていたので、逆に興味を持ち、戸惑いながらも読み進めました。アーヴィングファンなら、そんなことはなかったのでしょうが、私は本書が初めてだったのです。映画『サイモン・バーチ』の原作であることも後で知りました。
翻訳小説独特の読みにくさに、宗教観・アメリカ社会の抱える問題・時代背景などが加わり、上巻の半分ぐらいまでは正直読みづらかったです。それが、やがてどんどんとこの風変わりな世界に引き込まれるようになります。
常に明確な結末を提示しながらも、読む者を驚かせるアーヴィングの筆力は圧巻でした。
奇妙な啓示によってなされる、さりげなく、しかし、確実に反復される主人公オウエンの行動。それが最後の数ページでみごとなひとつの像を結ぶ時、宗教観の違いや文化・風俗の違いを飛び越えて、心がオウエンのために祈りを捧げるのです。
