- [著]Nathaniel Hawthorne
- カテゴリ:
- ペーパーバック (224頁)
- ISBN:
- 1853260290
- 発売元:
- Wordsworth Editions Ltd (1997/09/01)
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¥ 288 (税込)- 価格:
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美しく気高い女性は罰を受ける
裁判員に選ばれたら読み直すべき名著。人が人に罪を与え、罰するとは本質的にどういうことなのかがよくわかる。被告人席に立つ人が、もしこのHesterのような気高く強い精神を持つ、美しく優雅なレディであったなら、そのオーラが裁く側にいる「善人」たちの醜さや軽薄さを映し出す鏡になるなら、罪深いのは一体どちらの側かという強烈な問題提起こそ、ホーソーンの意図である。
姦通という行為が果たして緋文字という恥辱に満ちた罰に値するものなのか。独りでは姦通できないのに、女だけが屈辱を受け、優柔不断な臆病男は聖職を隠れ蓑にして人々から尊敬さえされている矛盾、女に愛される価値がないのに寝取られた復讐に燃える悪魔のような夫の醜い破滅が、見事な心理描写で静かな怒りとユーモアをこめてこれでもかと描かれる。美しい英語で。鈴木重吉氏の訳は細やかで優れているが、原文のリズムはもっと素晴らしい。
Little Pearl=パールちゃんの口から迸り出る英語の美しさにはっとする。'Mother, the sunshine does not love you. It runs away and hides itself, because it is afraid of something on your bosom. Now, see! There it is playing, a good way off. Stand you here, and let me run and catch it...'
このシンプルな美しさ、力強さ。パールちゃんにこめたホーソーンの希望が光り輝けば輝くほど、感動が深くなる。
キリスト教的世界観に裏打ちされた罪と背徳の物語
ホーソンの作品を読むにはキリスト教の知識が必須だということはよく耳にするが、この緋文字は内容を簡単にいうと「性に対して保守的なニューイングランド(植民地時代のアメリカ)で起こった姦通罪」という分かりやすいものなので基本的な知識さえあれば十分楽しめる。
この本には序章ともいえる「税関」が収録されているのでとてもよかった。
「税関」があるのとないのとでは作品の雰囲気が大分変ってくる。
ホーソンはゴシック作品も手がけているだけあり、この「緋文字」もやはり全体的に暗く怪しい雰囲気が漂う。好き嫌いが分かれる本だとは思うが一度は読む価値があると思う。
訳文に関していうとやはり若干読みにくい感はあるが、以前のものと比べるととっつきやすくなったのではないかと思う。
新訳で読みやすい
新潮文庫版がどうしても堅苦しく難しいので
こちらを購入しました。
現代風に訳されているので、非常に読みやすいです。
新潮版の方がやはり雰囲気はありますが、入門書と
しては、こちらでも充分いけると思います。
現代では考えられないような罪の裁きですが、心理描写も
鋭く、場面設定もなかなか凝っていていい。
大人の事情を知らないパールだけが、慰めで、この物語に
穏やかな光を差し込んでいます。
アメリカ文学を知るには必読の一冊ですね。
それぞれの罪の方式
保守的な時代のアメリカでの、背徳に関する物語。
それぞれがそれぞれの方法で罪を背負っている。
他人の目=常識にさらされ、恥辱に耐え続けるヘスタ、自分の目=良識に耐えられなかった牧師、全てを分かった上で悪魔的な復讐心を止められない医師。
同じ事件の中にいる人々が、こうも違う結末を向かえるのは、当たり前のようでもあり、不思議でもある。
いかにも古典らしく、文章が格調高くて、結びの一文もいかにも結びらしい。
今考える不倫とあまりにも罪の重さが違うから、古臭いとも思ってしまうが、それでもいろんなことに対する「罪の意識」とその方法というのは、やっぱりあまり変わっていないとも思う。
苦悩
真相は闇の中。読者の読み方次第でどんな受け取り方もできる作品。個人的には牧師の立場になって読み進めていた。自分の物語の真相はありますが、ここで書くのはルール違反なので書きませんが、物語全体に流れているのは牧師の苦悩でしかないと考えるからです。緋文字を胸に付けた、母親とその子供の生活はそのまま全て牧師へ注がれる。清教徒社会の中での彼の立場、苦悩を思うと、それも7年間、胸を打たれます。現代社会ではありふれた話であるかもしれませんが、社会の在り方で人間の苦悩は際立ってくる。その苦悩を背負いながら牧師は「牧師」という職業をまっとうしようとしている。その相反した行動によって、牧師は「牧師」となっていく過程なんかは、悲しすぎる話である。男と女、そして社会との繋がりを考える上で一つの視点を与えてくれる1冊です。
Power of Blackness
ホーソーンの代表的長編であるこの作品は、一九世紀文学特有のゆったりした流れの中で話が進み、「A」という緋文字を胸に付けられたヘスタ・プリンと、ディムズデイル牧師、チリングワース、そしてパールの関係がどのように繋がっているのかが、次第に明らかにされてゆきます。ホーソーン作品は、飽くまで日常を舞台にしながら、その裏側というより奥に、ピューリタン的な原罪観念(メルヴィルに言わせれば「Power of Blackness」)が込められているのが特徴ですが、本作は正にその典型的作品です。
さらにホーソーンと言えば、その独特のアレゴリーの用い方と、それに伴う美しい文章が印象的です。この「緋文字」でも、特に「小川のほとりに立つ子供」という章でのアレゴリーには、何か聖的なものに触れたような鳥肌を覚えました。しかし、この彼の美文は、或る意味、装飾でしかなく、やはり作品を読み終わった後にその積み重なった美文の裏側から滲み出てくる暗黒の力(Power of Blackness)こそ、ホーソーンが読者に最も暗示し表現したかったことなのでしょう。メルヴィルがホーソーンをあれだけ崇拝するのも、理解出来ます。
ホーソーンには優れた短編も多いので、そちらも読まれてはいかがでしょうか。
緋色が鮮やかな印象を残す
暗い小説です。舞台のボストンはまるで灰に覆われようにくすんでいるし、人物もそれぞれモノクロの印象しか浮かびません。
そのなかで唯一の色彩は、主人公が得意とする刺繍の描写でしょう。
とくに胸の「A」を飾り立てる様子や、娘に鮮やかな赤の服を創作し着せる場面はその色彩が頭にイメージとしてはっきりと浮かびます。
しかし、救いの話か、はたまた絶望の話なのか、それさえも読者に委ねているため、エンターテイメント的な小説ではありません。しかし、読んで損をすることは無いでしょう。
Girls just want to have fun
The story may have had some merit however the writing style was so archaic and verbose that it took 50 words to complete a sentence. After trudging through about 100 pages he never came to any points or conclusions other that some people can remember what they ate 20 years ago in detail. This guy (Nathaniel Hawthorne) could have competed with Marry Shelly for most long-winded of the year. Some of it may not be his fault due to the writing style of the time but we surly do not have to put up with this.
This is one time that just about any movie exceeds the book. If you insist on reading then it may be smart to find a child’s version. Son one could get rich translating the book into today’s English.
味わい深い
序盤はなかなか物語が進まなくて退屈かもしれないが、後半に向けてそのじれったい内容は確実に生きてくる。後半の出来事に重みが出るのだ。そうなるとけっこう食い入るように読んでしまうでしょう。ただ、いかんせん訳が相当悪いのが非常に残念。例えばパールのセリフはとても子どもの話し方とは思えない部分もある。
ホーソン家とマニング家
陰鬱で閉塞感漂う、ニューイングランドの清教徒コミュニティ。そこで起きた姦通事件と、緋文字と晒し台による辱め・・・。この重苦しい作品を理解するには、ホーソンの先祖についての予備知識を持っているといいかもしれません。
父方のホーソン家は、名家でありながら悪名も高い家柄です。先祖には、セイラムの魔女狩り裁判で判事を勤め、罪無き人々を牢獄や死に追いやった人もいます。また、クエーカー教徒を迫害し、土地を追った先祖もいます。ホーソンに魔女狩りに関する小説が多いのは、このためです。従来、この父方の先祖の存在が、ホーソンの作品世界に大きな影響を与えたと言われていました。
しかし、最近の研究で、母方のマニング家の存在も無視できないことがわかってきました。マニング家の中で、最初にアメリカに入植した当主が、実の姉妹二人と近親相姦を犯し、妻に告発されたのです。当主は裁判が始まる前に行方をくらまし、残された姉妹は、胸にIの緋文字(近親相姦を表すincest)をつけ、晒し台に立っています。
父方、母方の先祖が犯した罪過と向き合い、人間の心理を深く探究したホーソンだからこそ、書き上げることができたのが本作です。深く重い話なので、読んでいて大変ですが、掟に縛られた世界の中で繰り広げられる愛憎は、真に迫ります。
