とりあえず新しい翻訳は評価できる
28.6% (2 / 7)
[No.14] posted by zeller
いろいろな人の翻訳があるほうが選択できていいので、それだけで評価します。
cricketsは、コオロギか
47.4% (9 / 19)
[No.13] posted by 陽叛児
誤訳とは言い切れないが、「もたつき訳」が、多く見られます。一例をあげれば原文
Tommy Sloane let his team of crikets escape him altogether while he started open-mouthed as tableau.
を松本さんは、こう訳しています。
「そして、トミー・スローンはこの大活劇にあんぐりと口をあけたままぽかんとしてしまい、コウロギ隊の一同がちりぢりに逃げた。」
これは、コウロギと訳すより、コウロギが跳ねて飛び散るように逃げたのですから、
「悪ガキの仲間は、一目散に逃げ出した。」とでも訳すべきところです。
本書は、受験参考書のように原文を読むための参照訳にすぎない。
残念ながら、日本語として読むと摩訶不思議な表現が多く見られます。
注によるネタバレに注意
83.3% (15 / 18)
[No.12] posted by Akiko
この版の最大の特徴は「訳者によるノート−−『赤毛のアン』の秘密−−」と題する、詳しい注釈が巻末に付いていることである。これは引用句の出典などを解説したたいへん素晴しい注である。
ただし、初めて『赤毛のアン』を読む人にはお薦めできないかも。というのは注の中にネタバレがかなり仕込まれているのだ。物語序盤に付された注で「○○が○○と結婚する」とか、「○○章で○○が死ぬ」とかが、あらかじめわかってしまうので要注意。
単なる子供文学としてではなく
62.5% (5 / 8)
[No.11] posted by 祭りの後
言わずもがな「赤毛のアン」である。やはり英文学は英語で読むのが一番だろう。この物語ほど全世界で万人に愛され続ける物語も珍しいだろう。少女の夢がある。その少女に託した年老いた姉弟の夢がある。それが、プリンス・エドワード島の美しい自然の中で、大切に育まれていく姿は、読者に希望と愛を与えてくれるだろう。心温まる「赤毛のアン」の世界にいつまでも浸っていたい。
親の成長
90.9% (10 / 11)
[No.10] posted by kaizen
孤児のアンが、マシューとマリラとともに成長する物語。
ある見方でみれば、どたばた喜劇のようにも見えます。
カナダの自然の風景、個性ある登場人物、心温まる物語が特徴です。。
少女が、自立心を持って、生きていこうという積極的な姿勢が心強い。
あしながおじさん、少女バレアナ(ポリアンナ)、小公女などとともに、少女文学の最高傑作だと思われます。
その中で、子供の成長に伴って、親も成長していくことが分かるお話です。
翻訳を読む場合には、翻訳の善し悪しを読み比べたことがないのでわかりません。
文化の変換は、時代によって違う可能性があるので、ある期間が過ぎたら翻訳し直すことも意味があるかもしれません。
日本語で100回くらい読んだら、英語を読んでみるのもいいかもしれません。
原文はWEBにあがっています。ダウンロードして英語で読むことができます。
英語の原文は
http://www.gutenberg.org/etext/45
文字の印刷は自分で出力するより、書籍の方が綺麗で軽いので本を利用しています。
英語のフリーの朗読は、
http://www.gutenberg.org/etext/20593
http://www.gutenberg.org/etext/19576
MP3ファイルをダウンロードして、iPodで電車の中で聞くと、ボリュームがないので聞こえにくいことがあります。
ps.
NHKのアンの朗読の番組は、全文でない点が悲しいです。
教育テレビを見て
90.5% (19 / 21)
[No.9] posted by R.G
教育テレビの「ようこそ!アンの世界へ」を見て、
松本さんの解説を聞いて興味を持ち、読んでみました。
前に読んだ時には知らなかったこと、たとえば、
色々な詩からの引用、花々に込められた意味、
人の名前の意味などを解説した訳註のページがあって、
『ダ・ヴィンチ・コード』のような記号論に満ちた奥深い小説だと分かりました。
きれいな日本語で訳されていて、アンやマリラの心理描写も、
プリンスエドワード島の風景も、読みごたえがあります。
中年のマリラがアンを育てていく間に変わっていく姿、
アンの前向きな生き方にも、感動しました。
同じ訳者で続編も読んでみようと思います。
懐かしいラジオ番組「私の本棚」
40.0% (6 / 15)
[No.8] posted by Heidi
いまから55年ほど昔、小学4年の春に小児結核にかかって、自宅療養のため、
半年間、学校を休学したことがあった。そんな毎日、昼前、多分11時ごろから
15分か30分ほど、翻訳者の村岡花子さんが、ラジオの「私の本棚」という番
組で、海外の名作を、生き生きと朗読してくれるのを聞き入るのが、何よりも楽
しかった。その中に「赤毛のアン」の話があったように記憶している。
さて、それから半世紀ほど過ぎたある日、豪州のメルボルンで、本屋の店頭に
「Anne of Green Gables」という題名の映画のビデオを見つけて、面白そうなの
で、家族と一緒に観たところ、なんと懐かしい「赤毛のアン」の話であることに
初めて気づいた。それから2、3年たって還暦を過ぎてから、初めて原書を読む
機会がやってきた。
孤児アンを養女に引き取る変わり者で(しつけの厳しい)アリラあばさんとその
(多分)兄さんで、心のやさしいマシューとのユーモラスな話が展開する。後半では、
アンがすっかり成長して、恋人と結婚後、作家になる過程で、ある戦争に巻き込まれ、
戦場に出かけた夫の行方を探しながら、従軍看護婦として、活躍する。大人になっても、
十分楽しめる本である。
松本侑子さんに感謝
70.6% (12 / 17)
[No.7] posted by mikasan
40歳をすぎましたが、赤毛のアンについては、全くの無知でした。読んだこともなく、単なる児童文学だと思っていました。英語のラジオ番組で、訳者の松本さんが、この本の中にはシェイクスピアの引用や、聖書からの引用がたくさんあると語っていて、興味を持ちました。また、アンがスコットランド系であることが推測されることや、宗教、政治等、大人が読んでしかるべき内容の本であるということも知りました。松本さんのラジオ番組を聴かなかったら、私がアンに出会うことはなかったと思います。
ダークサイド・オヴ・赤毛のアン
36.1% (13 / 36)
[No.6] posted by メグ・ローラン
私は36歳の独身男性だが『赤毛のアン』が大好きだ。赤毛のアンをよく知らない男性は、この小説を乙女チックな少女(かわいこぶりっこ)が乙女チックなことをする他愛もない話だと思っているかもしれない。確かにそういう面がないとはいえない。しかし、赤毛のアンを丹念に読めば、そこにかなりの毒が含まれていることに気づくだろう。ここで私は、そのような毒といえる部分を紹介したい。私にとって赤毛のアンを読むとはとりもなおさずそのような毒を読むことにほかならない。
1.アンはよく言い訳をし、自己の利益を守ろうとする。養母のマリラがアンの寝室が散らかりすぎていることを叱り、「寝室は、眠るためにあるんだよ」と言うと、アンは「まあ、マリラ、夢を見るためでもあるわ。美しいものに囲まれた寝室の方が、いい夢が見られるでしょう?」と抗弁する。
2.アンは悪口の達人である。同級生の男の子ムーディー・スパージョンについて「だって、間の抜けたおかしな顔なんだもの。丸まるした大きな顔に小さな青い目がついていて、便箋の折かえしたみたいな耳が、真横につき出ているのよ」とか「男に生まれればよかったと思うこともあるけど、ムーディー・スパージョンを見ると、やっぱり女の子でよかった、それもムーディーの妹じゃなくてよかったと思います」と評している。
3.アンはロマンチックが大好きであり、危機的状況においても、ロマンチックに酔いしれることができる。親友のダイアナの妹が病気になって死にかけているとき、アンは救援に向かうのだが、その途中「このなりゆきにロマンチックなものを感じないではいられなかったし、そのロマンスを心の同類とまた分かち合う甘美なときめきを覚えずにはいられなかった」り、「何もかもが神秘的で美しいこの景色の中を、かすめるように走っていく喜びに、アンは浸った」りしている。
何度でも読み返したい
51.9% (14 / 27)
[No.5] posted by sarala
アニメで、村岡花子さん訳の翻訳版で、子供の頃慣れ親しんだアンを、一層身近に、いとおしく感じたのは、私が大人になったからか、それともアンの話した言葉(英語)で読んだからだろうか。
時々難解な単語や言い回しは出てくるが、英語はそんなに難しくない。それでいて 読み応えがあるのは、表現力の豊かさ、文章の端々に表れるユーモアセンスなど、さすがのモンゴメリーの文章力によるものなのだろう。
そそっかしくて、いつも失敗ばかりしていて、自分のルックスに激しいコンプレックスがあって、夢見がちなアンに少女時代の自分の姿を重ねているのは、私だけではないだろう。恋をしている時、卒業を前にした時、社会に出た後、結婚してから、など 人生の様々な局面で読み返すと、その時々で違った味わいを楽しめるはず。マリラやリンド婦人の厳しい言葉にも共感できるようになるし、「そうさのう」が口癖の無口なマシュウが哲人のようにさえ見えてくる。
お店に行けば何でも手に入る現代に生きる私たちには、パンもケーキもパイも(それも何種類も)自分で作り(しかも冷蔵庫もない時代に)、手作りの洋服を何度も繕っては大切に着るような生活もとても新鮮。「砂糖漬け」「いちご酒」って英語でこうやって言うのね などと感心しつつ、食欲を刺激されながら読むのも楽しい。
翻訳版に親しんだ人なら、英語で読みながらも、要所要所で翻訳版で使われていた単語、言い回しなどが甦ってくるはず。英語で読みながらも、同時に改めて村岡花子さんの翻訳の奥深さを再認識出来る興味深い体験でもあった。