- [著]菅谷 明子
- カテゴリ:
- 新書 (234頁)
- ISBN:
- 4004306809
- 発売元:
- 岩波書店 (2000/08)
- 価格:
- ¥ 819 (税込)
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朝日新聞と慰安婦問題
現在、国際社会では「日本国は国策として女性を強制連行し性奴隷とした」という話が常識となっている。
そうなった最大の原因は、朝日新聞の「政府・軍による強制連行」の嘘話の大宣伝である。
その朝日新聞は現在、
「官憲による強制連行があったかどうかは枝葉であり、問題の本質から目をそらそうとしている」
と言っている。
人間ここまで汚くなれるのだろうか?
ならば朝日の記者は世界中に飛んで「実は政府・軍による強制連行の証拠は一切無いんだ」と誤解を解くべきだろう。
それが責任のとり方じゃないのか?
朝日の記者にだって少しは良心があるのだろう?
メディアリテラシー教育はわかるが、肝心のメディアリテラシーはわからない
この本は、ひたすら世界の教育現場でのメディアリテラシー教育を追っているだけです。
これからメディアリテラシーを教えなければならない情報の先生にはいいかもしれませんが。
メディアリテラシー自体について知りたい人は、「議論のウソ(小笠原喜康)」や「テレビ報道の正しい見方(草野厚)」、「「社会調査」のウソ(谷岡一郎)」などを読むべきでしょう。
メディアから多大な影響を受ける時代に、メディアからの自由とその活用方法を指南
自作自演との言葉があるが、メディアから大量に垂れ流される、そして一過性の新奇さを求めているような報道から自由でいるには、現代は困難な時代です。
そんな肥大したメディアの時代の必需品が、メディアリテラシーです。
メディアリテラシーは、「免疫力」にもなり、「善用」にも効果がある。
高等学校における「必修科目未履修問題」の際に、世界史と情報が大学受験との関係で取りざたされたが、学校においてはメディアリテラシー教育が始まっている。
本書は、手際よく学校から離れた社会人に、メディアリテラシーの基本的な考え方を世界の現場を紹介しながら、容易な理解に導きます。
単なるメディア悪者論ではないバランスのとれた一冊です。
「批判的」なメディアとの接し方
マスメディアに氾濫する情報の波をどうやって処理するかを、様々な事例を通じて紹介されている一冊。
残念ながら日本でのメディアリテラシー教育の普及はまだまだ発展途上なので、諸外国での事例が中心になるが、日本でもこれらの教育の普及が不可欠になっていることは間違いない。この本に記載されている概念やサンプルを参考にして、各個人がマスメディアとの関わり方について考えるきっかけになれば良い。
様々な情報を鵜呑みにせずに、先ずは「批判的」に捉えることが、社会の成熟の為に必要な要素だと思う。
メディアとの付き合い方を考える場合の基本書
メディアリテラシーとは、メディアで流されている情報がどのようにし
て作られているかを自分で想像できるような能力のことです。事実と意
見の違い、テレビ製作などの過程で情報がある程度恣意的に選別され
ていること、などは大変基本的なことであり、メディアを一方的に批判
することはリテラシーではありません。
本書では、メディアリテラシーの教育の場での実践などが著者の取材に
基づいて再構成されています。学生の教育現場やメディアの番組評価団
体など、私たちが日常的に馴染みあるようなテレビなどのマスメディア
を相対化するような視点が強調されています。まあ、この本をどう読む
か、それこそリテラシーを問われているといえるかもしれません。
新書としては・・・
本書は筆者の実際の取材、体験から、論述されたものであった。内容は、イギリス、アメリカ、カナダにおける学校でのメディア教育を中心に、様々な現代のメディア(写真、インターネット、音楽など)の製作のプロセスを探る、といった具体的な事柄に触れられていた。
新書としての完成度から言えば、かなり高いように感じた。筆者が言うように5年分の取材を一冊にまとめるというのは、かなり困難に感じたからである。内容も現実の取材からのもの、という点から信頼に足るものであり、メディアリテラシーを学ぶには読みやすく、おもしろさも感じた。
しかし、旅行記のような写真や、論述はいかがなものでろうか。その分、取り入れる事の出来た情報はあったのではないか。また、英語のカタカナ表記が多い事が読みにくくさせていたようにも思えた。
筆者とともに学んでいく、そんな書き口です。
私自身テレビをほとんど見ず、かなり情報の恣意性を意識していたつもりなのに「情報」に関して苦い経験をし、情報を扱う
一員として、それでは、とかなり期待してこの本を読みました。
「情報に対してどのように教育をしていったらいいか?」について追究した作品です。
この本は世間に見られるようなハウツー本ではありません。日本の状況などは全く触れず(気持ちいいほど触れません)、
北米やヨーロッパでの情報教育についてルポ形式で描写していきます。筆者も学びながらルポしているので、
いろいろな立場から偏らずに世界の学校での情報教育の有り様を伝えてくれます。ルポタージュは、とかくルポする人のバイアスが
かかってしまいがちですが、この本はとても安心できる書き方をしてくれていると思います。
情報教育を学校教育の正式なカリキュラムとしているところもあれば、そんなの勉強するくらいなら基礎教科を勉強しろ!
みたいな流れもある。情報を単純に批判するのではなく自分でビデオなんかを作りながら情報の出来てゆく様を知ろう、
そんな教育も行われている。そんな様子を丁寧に、本当に丁寧に追ってくれています。いい意味で裏切られた丁寧さでした。
外国の情報教育の様子を知ることで、自分自身の姿勢を微調整できる、そんな穏当な影響を与えてくれる本だと思います。
私自身、情報が出来ていく過程についてまだ考えが及んでいなかったな、と気づかされました。
「情報」について著す本として、よく気をつけて情報を扱っていると言えるのではないでしょうか。
理想と現実
民主主義の可能性に常日頃、限界と絶望を感じる筆者には
本書の前向きなパワーにあまり説得されなかった。
新書としては、優れた点を手際よくまとめるのがよいので
あろうし、その点では有益なガイドブックである。
だが、メディアリテラシーの限界についても記述した方が
深みのある書物になったように思えてならない。その方が、
市民運動ってむなしいと思っている人に、もう一度行動して
みようかなと説得する効果があったと思う。
情報氾濫社会から自分を守る唯一の方法:メディア・リテラシー
テレビ、雑誌、新聞、インターネットなど、さまざまな情報が氾濫し、情報に翻弄されてしまうことが多々あります。そのとき、どのように情報を正しく読み解くかということがメディア・リテラシーの核となる考えです。
「メディア・リテラシー-世界の現場から」は、この考えを分かりやすく説明し、メディア・リテラシーが何か包括的に知りたい方にとっては、簡単な入門書として、最適だと思います。
この本は 日本の知のありかた そのものを 考えさせる!
情報の氾濫する 今の時代に長い間 必要だと考えていた ことが明示されており刺激的。 日本では 西欧で完成された知の体系を なるべく はやく吸収して それを利用するという点に 教育・学問の 目的の重心が あったといえる。
それゆえメディアを批判するものの結果的には 信頼できる 出版社や知識人に ほぼ全面的に知的に依存する傾向が 続いている。 media literacy を 身につけ 養うことは 情報操作に対処できるだけではなく 日本の知的全体主義 を 変えることも 期待でき 小中学生でも 情報操作の可能性をまなぶなら いじめに安易に参加すること も 防げるのでは。
