- [著]ウィリアム シェイクスピア
- [原著]William Shakespeare
- [翻訳]河合 祥一郎
- カテゴリ:
- 文庫 (234頁)
- ISBN:
- 4042106145
- 発売元:
- 角川書店 (2003/05)
- 価格:
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一振りの香水の香りが あたりを漂う
高校時代の一夏に演劇をやった事がある。文化祭の一環に演劇コンクールというものがあり それの練習で夏休みを費やしたわけだ。僕の行っていた高校はかような行事が大変盛んで 授業より行事で存在感のある人が尊敬されていた。
そんな夏に 演劇コンクールのために 新潮文庫でまとめてシェイクスピアを読んだ。何か役に立つと 15歳の僕が考えたのだろう。
今考えると 15歳にシェイクスピアはちょっと荷が重かったと思う。口ではシェイクスピアが描き出した「人間の苦悩」というような話をしていたが 所詮たいした苦悩などしてきていない高校生の生意気だけであった。それはそれで青春時代のエピソードとして 今でも僕のどこかに残っている。
シェイクスピアというと まずは本作ということになると思う。ハムレットは読んだことがなくてもハムレットという名前は皆が知っている。「ハムレットの心境」とは今でも良く使われるではないか。
「To be , or Not to be. That is the question」という言葉は 映画「荒野の決闘」でドクホリディが朗読した場面での有名だ。
そうして それがシェイクスピアの凄みである。シェイクスピアの一つのセリフが出てきた瞬間に その映画、その舞台、その場面が がらりと雰囲気が変る様は良く見られる。俗な言い方をすると一瞬にして香気がただようとでも表現すれば良いかと思う。その雰囲気は 一振りの香水にも似ている。
「To be , or Not to be. That is the question」。そう それは誰にとっても 何時になっても問題なのだ。
クレメンタイン=オフィーリア、チワワ=ガートルード
ジョン・フォードの『荒野の決闘(いとしのクレメンタイン)』という映画を見ると、フォード監督は清純派よりもチワワのような「魔性の女」タイプのほうが好きなのでは?と思ってしまう。ただ、西部劇を見に来るような客というのは逆の嗜好である可能性が高い。その辺のジレンマがあの映画に出てたような気がする。ラストに「クレメンタインという”名前”は好きです」という台詞があるのは一種の皮肉かと思った。
『ハムレット』を読んで同じようなことを感じた。
シェイクスピアの作品。
シェイクスピアの作品はテーマが3つに分けられるそうだ。
それは、命、女、金(かね)。それぞれの意味は、何のために生きるか?という事で、
「命」は自分自身のために生きること。
「女」は他人(家族・恋人を含む)のために生きること。
「金」は地位や名誉・・人間以外の物品などを手にするために生きることである。
例えばこのハムレットは「命」に属する作品で、「女」はロミオとジュリエット、「金」はジュリアスシーザー、リチャード3世、マクベスなどが代表的な作品。
ハムレットの中にも「女」「金」の要素は存在するが、主人公ハムレットはそんなものには目もくれず、自分自身の宿命を背負って死ぬ。シェイクスピアの哲学は現代にも生きている。
読むべきか読まざるべきか
もちろん、読むべき。
福田恒存氏の翻訳が素晴らしい。
読み比べたわけではないが、この水準に達するのは至難の業と思われる。
臣下たちの凛々しさ、ハムレットの台詞のカッコよさ、言葉遊びの面白さなど、いろいろな要素を生かし、実に充実している。
福田氏自身の解題、さらに中村保男氏の解説と、全てが揃っている。
浅野勝美氏の表紙絵もとても雰囲気がある(なんと『皆川博子作品精華』の装画もこの方とのこと)。
伝わる情熱
私は福田先生の訳のシェイクスピアしか読んだことがないので他の翻訳のものと比較することはできませんが、非常に読みやすく、しかし格調高さをもった訳だと感じました。読んでいる一つ一つの台詞につけられた身振り手振りが眼に浮かんでくるようです。ハムレットは悲劇ですが、これを書いたときのシェイクスピアの情熱が伝わってくるようでした。他のシェイクスピアの作品や他の翻訳を読んでみたくなる良い作品かと思います。
さてハムレットは狂気にとりつかれているか否かですが、私の考えでは半々かと思います。人間の心のうちに矛盾した二つの考えがあり、その間を揺れ動くというのは自然なものです。憎しみ、恨みというものは往々にして人を狂気へと誘うものであり、しかしハムレット自身は、諸所の台詞からも伺えるように、筋の通った理性的な王子であると考えられます。それ故に彼は確かに復讐を成し遂げ、しかし意図せぬ悲劇のうちに命を落としてしまったのだと思います。
余談ですが、つい笑ってしまった箇所があります。95ページの加減をたずねた王に対するハムレットの返答です。それまで彼のおかしな発言のなかにも筋が通っていましたが、これだけは本当に意味のわからない言葉が見事に並んでいたのでつい吹き出してしまいました。「カメレオンよろしく〜」って王でなくても意味がわかりません。その前の場面で「気ちがいにならねばならぬ」と言っていたことにそって、本当に狂った演技というのがでています。
To be,or not to be
本作はW・シェイクスピアによる四大悲劇の中でも最も有名な作品。
デンマーク王子であるハムレットによる復讐と苦悩を描く。
劇作家であるシェイクスピアの作品は、小説というより舞台の台本である。
本文の全てが台詞から成っており、心理や背景の描写がほとんど無い。
一般的な小説に用いられる一人称、あるいは三人称に慣れている私にとって、
最初は非常に読み辛かったものの、慣れてくるとこれはこれでなかなか面白い。
台詞によってのみ表現される登場人物の心理や感情。
その為、冒頭では登場人物の善悪の設定を掴むことは困難だが、
読み進むにあたってそれらは徐々に氷解してゆく。
しかし全てが氷解する訳ではない。
私にとっては本作でも謎が残る。
ハムレットは何を思ってボローニアスを屠ったのか?
川に身を投げたオフィーリアを本当に苦しめたのは何であったか?
そしてハムレットは本当にオフィーリアを想っていたのか?
私の読み方が浅いのか、それとも舞台そのものを観る必要があるのだろうか。
ハムレットの苦悩
ハムレットの苦悩を読者自身が背負って読んでいる気持ちになる。
なぜこうなってしまったのか、なぜこう思うのか・・・。
あれは父なのか、はたまた悪魔なのか・・・。
読んでみないとわからない苦悩が、感じたことのない気持ちが
鮮明に描かれていると感じました。
是非、読んでいただきたいと思います。
怪物のようなテキスト
デンマークの皇太子ハムレット。父の訃報を聞き、急遽留学先から戻ると、そこには自分を差し置いて王位についた叔父とその叔父との再婚を決めた母が待っていた。ハムレットは、母の婚礼の晩に父親の亡霊に会い、現王に殺された模様や無念の心境を聞かされる。それ以後、ハムレットは鬱々と復讐を考え、恋人オフィーリアやその父の重臣ポロニウスなど周囲にあたりちらし、困惑させる。そしてハムレットの狂気は、やがて王家のもの全員を悲劇へと導いていく・・・。
シェイクスピア生前版と死後版とテキストが複数あるだけでなく、古今東西さまざまな研究の対象になってきたためか、検索してもテキスト読解のノウハウや、版の違いについての文章ばかりで、私はハムレットを読んでこういうふうに感じた、こういうところに感動した、という素直な感想になかなかお目にかかれないのは、テキストの有名税みたいなものなのでしょうか? 読みかたによって複数の解釈が可能で、どういうふうに読み込んでも、まだまだ拡がりがある、という奥行きの深さをもつものが、古典と呼ばれるのであれば、「ハムレット」はその筆頭格でしょう。
私自身は、亡霊は本当に出たのか、というところが気になりました。本当は、叔父は父王を殺していないのではないか? 亡霊はもしかしたら、ハムレットの内なる声のようなものが、顕在化しただけのものではないか? つまりハムレットによるただの妄想なのではないのか? 残りの登場人物こそがまともで、狂気の底にいるのは、ハムレットなのではないか? そんな視点でも読めてしまい、筋も通る、逆にもちろん、父王は叔父に殺された、という視点でも解釈できる。一例にすぎませんが、そんな柔軟さが何百年の長きにわたって、この戯曲が議論の対象であり続けている理由でしょう。怪物のようなテキストです。
良い
「ハムレット」が世界で始めて上演された時、絶対王政下で社会は、
現実的に近代化されていった。スペインでは無敵艦隊が沈没し、
セルバンテスがドンキホーテを書き、フランスではパスカルがパンセを書いてる。
ぼーっとしてはいられない。一人の人間はその人生において「様々な局面」に
直面しなければならない。できることなら、最良の結果で次々とこなして。
生甲斐を持ちたい。何をやって良いかわからない。
何でも出来るのだが、何も出来ない。宿命を探しているのだが。
福田恒存氏が言っているように、シェイクスピアは近代の本質をそのまま表している。
特にハムレットはそうだ。この本の解説のみならず、福田氏の本には度々引用される。
ちなみに当然ですが、そんなこと考えずともシェイクスピアは幾らでも楽しめます。
「ハムレット」に限らずシェイクスピア作品が読みにくい時は、
格好良い言い回しだけ拾うように読んでいけば、良いのです。
それがシェイクスピアの魅力であると思います。
「貴族のたしなみ、学者の言葉、武人の腕前、
この美しい国の期待である薔薇の花、
流行の鏡、礼儀の手本、
みんなが仰いだ方なのに、あんなに浅間しくおなりになって」
なんて声に出して読みたくなれば、こっちのものです。
丁寧な註つき
『ハムレット』に限らずシェイクスピアの英語はとても難しい。基本的に詩劇だから、韻律を合わせるために語順がごっちゃになったりするし、昔の英語だから現代英語では見慣れない単語が多く出てくる。見慣れた単語でも意味が違っていたりすることも多い。このエディションはそういう読みにくさを解消するために、各ページの下に註をつけていて、難しい語句を現代英語になおしてくれているからとても読みやすい。学術論文には向かないが普通に楽しみたい人におすすめ。
