- [著]柳田 国男
- カテゴリ:
- 文庫 (268頁)
- ISBN:
- 4043083203
- 発売元:
- 角川書店 (2004/05)
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日本民俗学の古典
日本民俗学の古典として余りにも有名な作品である。文語で書かれた箇所は、今となっては読者を選んでしまうが、文句なしの名文であり、本書は優れた文学作品だとも言える。本書は、遠野の地で語り継がれてきた伝説を採集したもので、日本民俗学の端緒と言ってよい。中身自体は、単なる昔話の羅列であり、余りにも素朴で、やや退屈ですらあるが、かつての遠野の風俗や言語を巧みに伝えており、興味深い。私は本書の舞台の一つである早池峰山に登ったことがあるが、本書を読んでからこの地を訪れると、また違った風景が見えてくるに違いない。
素朴で興味深い
遠野物語と遠野物語拾遺を合わせて299話の短編集、一話平均約400字。
遠野物語は、民間信仰、栄枯盛衰、山中での出来事、妖怪、動物、行事、昔話など素朴な話が集められている。みな懐かしい感じがし、お伽やグリム童話といった説話のような説教じみた堅苦しさはない。話からは間接的に当時の人々の考え方や習俗、道徳観が伝わってくる。古今の文化の変化を考えると興味深い。民俗学の重要な史料となっている事も頷ける。
拾遺は題名のごとく残りの雑多なものという感じである。たとえば、当時(明治から昭和初期)の流説も混じっているようである。今で言う「口裂け女」「ターボじじい・ジャンピングばばあ」「こっくりさん」のようなもの。これはこれで当時の風俗を垣間見たようで面白い。あるいは、「先祖伝来の、開けると目がつぶれる箱、なるものを今の代の主人がどうしても見たくて開けたら、布が入っていただけだった。」という話では、近代化に伴い、未知に対する畏怖の消失が現れている様で興味深い。
旅愁が身にしみて感じられる「初版序文」も素晴らしき哉
1909年(明治42年)から1910年にかけて、当時30代半ばの柳田国男氏が、奥州は遠野の人・佐々木鏡石氏(当時24〜25歳)から聞いた土地の人たちの話を採集、筆記した民間伝承譚「遠野物語」。全部で119の短い言い伝えの背後に、深い山や黒い森の景色が見えるような気がした。谷川の清流のさらさらいう音や、凄い風のごおーっと唸る音が聞こえてくる気がした。
神隠しに遭った女の話や山奥の不思議な家「マヨヒガ」の話などあるなかで、格別印象に残ったのは次のふたつの話。
嫁と姑との仲が悪い家で気が変になった男の話(第11番)。「ガガはとても生かしてはおかれぬ、今日はきつと殺すべし」と言って、草刈り鎌をごしごしと磨ぎ始めるあたりからの成り行きにぞくぞくさせられた。
もうひとつは、第95番目に置かれた不思議な「石」の話。形の面白い岩などを持って帰るのを趣味にしている庭作りの得意な男(43〜44歳)が、山で遊んでいるうちに美しい大岩を見つけたところが・・・・。
ほかにも、津波で死んだ妻に遭った男の話や、ヤマハハが娘を喰らいて皮を剥ぎ、その皮をかぶって娘になりすます話などなど、昔話のエッセンスともいうべき怪異譚やら奇譚やらがいっぱい。
吉本隆明に霊感を与えた名著
あの「共同幻想論」のヒントとなった名著である。
内容は、遠野出身の人物からの聞き書きである。著者による直接取材でないところに民俗学の開拓者としての柳田の限界があるとは言えるが、方法論に対する批判は批判として、ここに収録された伝承群は遠野という「陸の孤島」に封入された特異なものとしての資料的価値以外にも、文学としての独立した価値を十分持っている。
吉本のように、ここから何を引き出せるかを考えるのもよし、古きよき日本の民俗に思いを馳せるのもあり、いろいろな読み方があるだろう。
伝説
伝説は日本のどこにもあったはずである。何故、遠野が選ばれたのか。 岩手の奥の方は、今でも、違う時代を封入している感がある。明治であれば、江戸時代以前の名残があったであろう。それだけに、伝説が真実味を持って迫って来たことは想像に難くない。 当時の人の天衣無縫な発想を、柳田國男の簡潔にして鮮やかな筆致が伝えてくれる。 私は岩手の出身であるが、ひいき目ではないと思う。 拾遺の中に、三光楼という遊郭に通った男の屋号が三光楼になった、という話がある。普通では考えられないことである。しかし、遠野市出身のあでやかなる女性、三光楼さんは私の憧れの人であった。遠野にも、この珍しい苗字の家は2、3軒しかないということであったが、実在するのである。三光楼さんが言った。「六角牛山に3回雪が降ると遠野の町にも雪が降る」と。通し番号299話までのこの本の、第300話として書き込まれている。
「平地人を戦慄せしめよ」
柳田国男が35歳のとき(明治43年、1910年)に発表した衝撃作。もっとも、発表当時は、あまりに内容が異色だったため、世の中からほとんど無視されたらしい。
すなわち、内容は、平地に住む人(平地人)のことではなく、山に住む人(山神山人)のことに終始する。しかし、柳田氏は、これを「目前の出来事」だ、という。そして、「現在の事実」なのだから、それだけで立派な存在理由がある、と。
さらに、「目前の出来事」「現在の事実」にもかかわらず、人の耳に経ることは多くなく、人の口と筆とを倩う(やとう)ことがはなはだわずかだ。「目前の出来事」「現在の事実」を無視しようとするそれらの人々は、「外国に在る人々(献辞)」のようだ。そして、願わくは、それら「外国に在る人々」「平地人」を戦慄せしめよ、と(序文)。
本書は、遠野物語の他、昭和10年(1935年)に増補版本がだされたおりに追加された「遠野物語拾遺」を、あわせ収録する。
戦前で最も美しい日本語
三島由紀夫も絶賛した、まさしく一部のすきもない旧仮名遣いの名文である。(文語体聖書もなかなか良いが)
特に「寒戸の婆」の描写は、鬼気迫るものがあり、「霊」というものが身近であった時代がしのばれる。「性」にまつわる民話が一つもないことが惜しまれるが、柳田の何が書かせなかったのであろうか。「南方熊楠」とは対照的な戦前の巨人である。
懐かしい日本の風景
怪談・神秘好きの人にお勧めの本です。昔の日本が持つ独得の雰囲気がよく現れていると思います。私はこういうのが好きなのでどんどん読めましたが、前半(遠野物語本編)は歴史的仮名遣いで書かれているので、古典にあまり縁のない方や、国語の苦手な方には読み進めにくいかもしれません。ですが、後半は「日本むかしばなし」的な感じの現代語で書かれているので色々な人におすすめです。
願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ
民俗学は明治時代、農務局官僚の著者が作り出した学問である。研究の対象は、前近代の日本の一般の人々の暮らしである。
例えば、西洋美術史をひもとけば、絵画の被写体はその時代において描くに値するものであった。それがキリストであり、宮廷の皇帝の肖像であった。風景画や街の人々が描写の対象になるのは、近世になってからである。庶民の生活風景など美術家にとっては存在しない如きものであった。
同様の事が民俗学にも言える。柳田氏が目を向けるまでは前近代の庶民の暮らは、学門の対象の価値として認識されない。国家の近代化によって初めて、柳田氏は前近代の日本を客観的に研究の対象として見ることができたのである。
そして柳田氏を中心として国内の民俗研究のネットワークが形成され、民俗学は市民権を得るに至る。
遠野物語は民俗学の黎明期の柳田氏の作品であるが、遠野に伝わる伝承を地元の佐々木氏からインタービューして完成されたもので、内容は学問というよりは平凡な民話の集成である。
”国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。”
一読、平凡な本書の序文の本文は柳田氏の非常民への関心を示すと共に、民俗学の魅惑を凝縮している。この戦慄から民俗学は学問として息吹を得たのだと思う。
