- [著]アドルフ・ヒトラー
- カテゴリ:
- 文庫 (418頁)
- ISBN:
- 4043224028
- 発売元:
- 角川書店 (1973/10)
- 価格:
- ¥ 740 (税込)
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ユーズド商品:¥ 231 より
読んでみると面白い
結構面白かった。
論理的だとは思わないが、それなりに一貫性がある。
議会制民主主義、教育、目的と手段の混同に対する批判には共感できた。
「ヒトラーの本だから」などという理由で黙殺しようとするのは馬鹿げていると思う。これを読んだからといってファシストになるわけではない。
翻訳がイマイチ
この本の内容は大変素晴らしく良いもののはずなのに、翻訳された日本語の使い方、ひらがな・漢字の使い方が酷くてもったいない。前書きに、日本語に無いニュアンスがあるとか書いてあったけど、この翻訳技術はそれ以前の話しだと思う。日本語の文章能力の無い人に翻訳して欲しくなかった。ちゃんと普通に日本語文章能力のある人にもう一度翻訳し直して欲しい。この翻訳のせいでこの本の評価が下がりそうで悔しい。
民主主義的議会政治
今日,世界で民主主義的議会政治を行っていない国はほとんど無い。歴史的に勝利した政治体系であり、それを拒んでいる国がどのような目に遭っているのかを考えればすばらしい政治体系に見える。国民一人一人の意見をふまえ議員を選び,みんなで政治を行う.つまりはそういう政治体系だが果たして問題は無いのか?
以下にヒトラーの民主主義的議会政治批判を記載する
<民主主義的議会政治の最大の問題は「個々人の責任の欠如」だ。議会が何かを決定する。その結果が非常にとんでもないかとになっても・・・誰もそれに対して責任を取らず、誰も責任を問われることがない。一体破綻した後でも、罪のある政府が総辞職すれば、これで何らかの責任を取ったといえるのか。あるいは連立を変更したり、そればかりでなく議会を解散すればそれでいいのか?一体全体、多数の優柔不断な人間にいつか責任を負わすことができるだろうか?すべての責任は人に結びついていないのだろうか?もっぱら多数の人間の意志と好みによって成り立ち、そして遂行されるような行動に対して、政府の指導的人間に責任を負わせることが出来るのだろうか?
今日の民主主義的議会政治の目的は、賢人による会議を形成することではなく、むしろ精神的に従属しているゼロに等しい群れを寄せ集めることにある。これに対立しているのがして「行動に対してすべての責任を完全に引き受ける指導者を自由に選ぶ」真のゲルマン的民主主義である。そこに多数決はなく、ただ自己に対して能力と生命を賭けるただ一人の決定がある。>
果たしてこの意見に反論は可能なのだろうか?狂気の独裁者として葬られたヒトラーだが、彼を独裁者にしたのは国民の意思である。一体真実はどちらにあるのだろうか?
魂から見た近代主義の結果・必然
ヒトラーが自身の人生と民族の正義・歴史(魂)を力強く語った作品。
国家社会主義が崩れ、社会主義が崩れ、正義の資本主義が生き残った。
本当だろうか。国家社会主義はフロイトのいう理性(超自我)に根付い
た倫理的・道徳的なものである。すべてのユダヤ的エゴイズム・本能
の暴走を廃す。社会主義は内破した。資本主義も内破、もしくは魂(
歴史の重みを持つ善悪基準)をテクノロジーと核により抑えつつ独裁を
続けていくだけであろう。国家社会主義は軍事に敗れたのであって魂に
敗れたのではない。事実、当時ナチズムは近代主義国家すべてにおいて
跋扈した。国民の魂に基づく熱狂的な支持がナチズムを育てたのである
。ただ熱狂なかでたまたま政権を取ったのがドイツ・イタリア・スペイン、
そして日本であっただけのことである。ナチズムはユダヤ的近代主
義の必然である。当時、天才と呼ばれた文学者、哲学者、法学者、経済
学者、法学者、医学者の錚々たるメンバー(マルティン・ハイデガーや
カール・シュミットなど)がナチズムに賛同したのもうなづける。
ここに真理がある。現代はただ封じ込まれているだけである。
ただ中東の勇者だけが戦っている。それだけで終わるはずはない。
歴史は再び動き出す。
戦争を知らない私たち世代こそ読むべき本
ヒトラーは天才であった。勿論善い意味ではなく。
突飛な理論(※理論、とは到底呼べない)や多岐に渡る誇張(※個人的な話について)満載なのにも関わらず、
当時、あれだけの多くの人間を支配した思想であることには変わりない。
私は今、ヒトラーを「悪」という先入観を持って読んでいた為、その通りと賛同することは全く無いけれども、
当時のドイツ国民が彼の思想に染まってしまったのも、むべなるかな、という気持ちです。
不謹慎ですが、ヒトラーの誇張などは後ろの語句注で解説されているものですぐ判るのですが、
都合の悪い事を隠したり(些細ですが)するトコロなんかはちょっと可笑しかったです。
政治的手腕と人間性は別物
私は高校生の時にこの本を読みました。
なぜ、ユダヤ人大量虐殺のような残虐な事が国を挙げて推進されたのか、不思議でならなかったからです。
やたら分厚いだけで聡明と思えない理論、下手くそな文章だと思い、びっくりしました。
正直、うんざりしました。
貧しく恵まれていない環境、辛酸をなめつつ支配者として君臨することだけを望み、苦労ゆえに人間性がひねくれたのだなぁと思いました。
彼の成功の秘訣は、自分の売りこみ方が非常に上手いことです。
自分をアピールする為なら、いかなる手段も選ばない、頂点だけを目指した狂った猛烈営業マンといったところでしょうか。
現代のように情報が蔓延していない時代に、民衆に自分の存在を、いかに強烈に焼き付けるかに関して、かなり計算しつくしていました。
経済政策に成功し、民衆の信頼を勝ち取った後は「ハイル!ヒトラー」と、誰もがヒトラーを盲信し、彼の言う事全てを鵜呑みにし、彼の腐敗した人間性までも受け入れ、ドイツ国民は、自国に冷酷非道な汚点を残しました。
政治的手腕と人間性は別物であり、一人の人間が権力を握り、全てを統治することは危険きわまりなく、結果として恐怖政治という状態になってしまうのだと思います。
実際の歴史上に起こった、またこれからも似たような事が起こり得る教訓として、重要な本だと思います。
彼の理性とは?
ヒットラーは今となっては非道な独裁者である、と一言で片付けられることが多いですが、当時は「それなりに」ドイツ国民の支持はあったわけです(ある程度、雇用創出に成功したからではありますが)。もちろん、歴史的にヒットラーのしたことは恐れられるべきで、否定されるべきです。それに、もう一度、大規模な世界大戦が起きること、核戦争が始まることを望んで欲しくはありません。ですが、このヒットラーの著書を読むことは無駄ではありません(ネオナチ的に彼の考えを鵜呑みにすることだけは気をつけなければなりませんが)。ヒットラーは我々と同じ人間なのです。この著書は一人の人間の考えが述べられているだけで、他の人間が彼のような考えを持つ可能性は否定できません。さらに、あの恐怖の体制の基がこの本に集約されているように感じます。そして、日本の今の政治について関心のある方はぜひ、この本の「自衛隊」について述べられている箇所を読んでみてください。そして、批判的に、いま、彼から(ある意味で)学べることを考察してください。
我がレビュー
まず字が小さくて読みにくかったです
この人の半生が綴ってあり当時の時代背景がうかがえます
油断すると洗脳されてしまいますよ
