- [著]灰谷 健次郎
- カテゴリ:
- 文庫 (339頁)
- ISBN:
- 4043520018
- 発売元:
- 角川書店 (1998/03)
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理想の学校教育
今の学校教育に欠けている、子供を一番に考える教育が実現できている理想の物語だと思った。不潔な生徒、知恵遅れの生徒など、一部の生徒を無視して教育を進めるのではなく、その生徒たちがいかに学校生活になじめるか、どうしたら子供たちが人を思いやることの大切さを学ぶことができるか、といったことがびっしりとつまっていて読み応えがあった。処理場の子供たちのけなげに一生懸命生きる様子とそんな子供たちと正面から向きあう教師たちに勇気付けられた。
わたしのような人間が
この本についてあれこれとレビューを書いたってその何も伝えることは出来ない。
胸にしみる名作
胸の奥がキュンと熱くなる、本当に素晴らしい作品でした。
すいすいと文章に引き込まれて気が付けば残り頁あとわずか…
「まだ終わらないで欲しい」そんな気持ちになりました。
読後感も爽やか。子供から大人まで是非お勧めします。
星5つ×∞
僕は現在22歳で、著者の灰谷氏とは生まれた時代も違えば育った環境も当然違いますが、そういう世代の壁を軽々飛び越えて届くものがこの小説には沢山ありました。読んでいて自然と涙が落ちる場面が幾つか存在しますが、何故そんなに泣けてくるかというと、説明が難しい。きっと嬉し泣きでもなく悲し泣きでもない、人間の根幹を激しく揺さぶる何かがあり、そしてそれは僕たちに決定的に欠落している何かでもある筈です。失われたものに対する憧憬の念が、この小説の価値をより高みへと押し上げている気がしてなりません。個人的には「みな子」編が一番好きで、この部分に灰谷氏の思想の真骨頂が現れていると感じました。そして鉄三の小谷先生への告白。涙が止まらない。広い意味での芸術とは、永遠に震え続ける音叉のようなものです。僕たちがそれに触れる限りは素晴らしい響きを残していってくれます。それからこの小説に対するレビューが30件以上もあったこと、星4つ未満がなかったことを受け、この世界が生きるに足るのを再確認しました。今は故人となった灰谷氏に冥福を、この美しく真摯な小説がひとりでも多くの人に読まれることを祈ります。
教育とは・・・
灰谷氏は作家になる前は教師だったそうで、本書もその片鱗が随所に見られました。なんといっても生徒たちの人間的な魅力は他の本に追随を許さず、現実の以上にリアルで人間的であったように感じられます。子どもらしい素直な感性、未熟な心など本当に素晴らしく描かれていました。
また、教師たちも人間としての至らなさ、教師としての限界などを踏まえた上で、本当に人間らしいの一言で形容できるほどリアルで、自然で、魅力たっぷりに描かれておりました。現代の教育がこうあるべきだと押し付けるのではなく―間違いなく本書の教育実践は現代では実現できないと思いますが―、一つの人間としてのあり方を提示しているにすぎない控えめなあり方が、私には好印象でした。
これを期に、灰谷氏のほかの作品も読んでみたいと思わせるには十分すぎる魅力をもった作品です。一読の価値・・・いや二読三読の価値のある作品です。これを読まずにいた今までの人生が、勿体無い気がしてなりません。
大人になって読んでみましたか?
小学校の時、夏休みの課題図書に必ず入っていました。しかし冒頭、ハエの精密な描写に辟易して、ついぞ読みきることはないまま大人に。30歳で初めて読みました。
最初の小谷先生が、まさに昔ハエに拒否反応を示した幼い自分と重なりました。
しかしここからが違う。まさにハエにしか興味を示さない鉄三の、内面に潜む知的好奇心、情緒を育んでいくのです。
私の子供時代にも、こういう老祖父母に育てられた、どこか感情に乏しい子はいました。鉄三の祖父もきちんとした人ではあるのですが、やはり言葉をたくさんかけて育てられないと、自分を表現するすべを、研くことが難しいのかも知れない。
クライマックスの、鉄三の書いた作文を読む小谷先生。この鉄三の作文、ガチガチに育ちきった自分には読めなかったのです。それをすらすら読む小谷先生に、鉄三と取り組んだ時間の重みを感じて涙が止まらなくなりました。
メインストーリー以外にも小谷先生の夫婦関係、鉄三の暮らす環境、父兄など大人が読むといろいろ見えてくるものがたくさん盛り込まれています。ですから児童文学として有名な本作ですが、私は灰谷さん自身は本当に「子供向け」として書いたのだろうか…と疑問に思います。
子供の時に読んだという方も、是非大人になった今、再度読んでみてはいかがでしょう?子供時代に気付かなかったものが見えてくるかも知れません。
すべての子どもが宝物を持っている。
単純に凄いと感じた。そして涙を堪えられない文脈がある。
新米女性教師の小谷先生が担任する1年生のクラス、男気ある足立先生、ゴミ処理場で臨時職員として働く人々の子どもたち。やがてハエ博士と異名をとるようになる勉強の出来ない鉄三。知恵遅れの子ども。
教育って何?共同体って何?幸せって何?
30年前の作品に触れて考える。現在と比較することが適切がどうかわからない。しかし、科学技術なる思想はおそらく大きな進歩を遂げていると認識されているのだろう。そんな中、人間同士がお互いを認めるという行為も同様に進歩をしたのであろうか。
本書がフィクションなのか、ノンフィクションなのかは知らない。だが、人間の生き方の本質が書かれていることに間違いはないと思う。
自分が通った小学校にも「特殊学級」という知的障害者(この障害者と言う言葉は昔から嫌いだ)の通うクラスがあった。それが普通であった。卒業アルバムにも同じように写真が載っている。全ての子どもが「宝物」を持っている、その宝物を子供が見つける手助けをするのが親や教師、そして社会なのだろう。
こんな当たり前の事を中年オヤジは忘れかけていた事に気が付いた。
感動
灰谷 健次郎さんの作品を今まで一度も読んできたことがなかった。
読んで衝撃を受けた。
こんなに深く人間のことが書けるなんて。
こんなに愛情深い先生がいるなんて。
読み終えてしまうのがおしいほどだった。
昭和49年、自分の生まれた年に出版された本。
32年経った今、とても新鮮な気持ちで読めた。
友人に薦めるとほとんどが小学生の時に読んだ、と。
こんな難しい本、小学生で読めるのにはビックリだけど、内心思う。
子どもを育てている親の今読んだら、また違う「兎の眼」じゃないかと。
幸いにして32歳で読むことができた。
感謝です。
読んだあと、たくさんのことを感じました
この本の登場人物達は、正直な人ほど、苦労している人ほど、そんでもってあったかい人ほど(心や顔が)きれいだなあ、と感じさせてくれました。なかでも足立先生がやっぱり一番素敵だと思います。終わりのほうで子どもたちに打ち明けた話がくっきり心に残っています。
「先生だけやない。いまの人はみんな人間の命を食べて生きている。戦争で死んだ人の命をたべて生きている。戦争に反対して殺された人の命をたべて生きている。平気で命をたべている人がいる。苦しそうに命をたべている人もいる。」
予想することしかできないけれど、苦しそうに命をたべているひとというのは、生で戦争を見たひとのことではないのでしょうか。だとしたら、私は平気でたべている側の人間です。
戦争のことは本やテレビや映画の中でしか知りません。この目で見たことはありません。せめて、自分が命を食べながら生きていることを忘れることだけはないようにしようと思いました。
灰谷作品の原点
2006年11月に逝去された、故灰谷健次郎氏の文壇デビュー作。
1997年の神戸連続児童殺傷事件の報道姿勢に対して新潮社からの版権引き上げなど、政治的な立ち位置は賛否両論あろうが、本作について言えば、日本における児童文学の金字塔であると断言できる。
なにより私自身が小学校4年生で本作に触れて以来、30年余何度読み返したかわからないが、そのたびに心が洗われる。もうほぼ一言一句を覚えており、ここで来るというのはわかっていても涙がにじんでくる。
私に学校の先生になることをあきらめさせた作品であり、大きく人生が変わった。とても子供に対してここまで向き合えないなとあきらめた覚えがある。
ここまで良い人ばかりいないし、先生も良い先生、悪い先生があまりにステロタイプな区分になっている。そのような点は批判の対象になりえるだろうが30年読み続けて今まだ色あせない。これは本物だと感じても、間違いではないと思う
