- [著]森 達也
- カテゴリ:
- 文庫 (266頁)
- ISBN:
- 4043625014
- 発売元:
- 角川書店 (2002/01)
- 価格:
- ¥ 630 (税込)
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ユーズド商品:¥ 328 より
引き戻してくれる大切な一冊
オウムの置かれている状況を撮ることで、日本人のメンタリティを焙り出す。それは当時のマスメディアや市民社会にとっては「反社会的」な行為であり、著者は制作会社から契約を解除され孤立していく。仕方なく一人で撮影を続けるうちに、安岡プロデューサーと出会う。デモテープを見た彼の言葉は感動的だ。「余計なことは言いません。こんな映像を見せられて黙殺なんかできるわけがない。これから自分がとるべき行動は一つしかない」
そして初めて二人で行った撮影現場で「転び公妨」を撮る。
なんともドラマチックな展開だ。
それにしても、当時自分は何を考えてオウム報道を見ていただろうかと自問せざるを得ない。基本的人権は何よりも守られなければならないと思っている自分だが、それを踏みにじるような識者のコメントに小気味良さを感じていたかもしれない。
過去に遡って、自分を引き戻してくれた大切な一冊。2回目を今日読了。
自分の頭で考えることの大切さと難しさに気づかされる
題名から、オウム真理教の非合法活動や非合理・反社会的な日常活動を抉り出しているのだろうか?と思い、興味本位でこの本を手に取った。しかし、この本を読んだ後は、如何に、自分がマスコミの報道に染まり思考停止していたのか、ということを強烈に思い知らされた。
この本は、オウム真理教を擁護する本でもなんでもない。極論を言うと、日本人が如何に自分の頭で考えない国民であるか、日本のマスコミが世間体のみ気にする主体性の無い自立していないメディアであるか、言い換えると公共性・客観性を標榜しつつ現実には世論(例えば、放送直後の抗議電話)や権力に追従しているだけ(事なかれ主義)の存在であるかを、ドキュメンタリーという手法を用いて抉り出すために、誰でも知っているオウム真理教の事件を題材に選んだだけである。
著者がベルリンの映画祭で、この本のドキュメンタリー「A」を上映した後の質疑応答で答えたフレーズが印象的であった。「オウムにも警察にもマスメディアにも、とにかくほとんどの日本人に共通するメンタリティーかあります。共同体に帰属することで、思考や他社に対しての想像力を停止してしまうことです。その危険さを僕は描いたつもりです。」
この日本人共通のメンタリティーは、太平洋戦争という昭和の一時期に起きた不幸な出来事においても重要な部分を占めている。最近の企業の不祥事においても典型的に観られるものである。
一方で、レビューを書きながら、オウム事件を「一部の幹部が起こした事件であり末端の信者はその被害者である」という捕らえ方が、正に日本における太平洋戦争の戦争責任論と同じ論理構成になっていることに自分自身気づき、愕然とさせられた。
加害者達のその後
日比谷線に乗り入れている線の沿線に住んでおり、「あの日」、父は「その電車」の数本前に乗り、
妹が数本後に乗る予定だったので、サリン事件は人ごとではない、私達の事件でした。
父の安否も心配でしたし、妹は血中濃度を下げてはいけない薬を病院に取りに行けず、3日苦しみました。
妹のクラスメイトのお父さんはその車両にいて、何度も社会復帰を試みたそうですが、結局無理でした。
多くの人の命を奪い、さらに多くの人の人生を滅茶苦茶にした人たちがどう暮らしているのか。
他のカスタマーさんの感想を見ていると、これは読むべきだと思いました。
それでもなぜ、彼らはオウムにとどまるのか
『東京番外地』以来森達也氏にはまって、片っ端から読み倒している。
TVディレクターの森氏は1998年、地下鉄サリン事件後のオウムを取材して、
ドキュメンタリー映画『A』を作成した。
本書は、その製作過程をつづったものである。
事件後、オウム信者たちは、世間から徹底的にたたかれ、
住民登録を拒否され、すむところすらなくした。
今回の取材テーマは「それでもなぜ、彼らはオウムにとどまるのか」である。
社会から排除される少数の人々の側からこちら側をみる、という森氏の方法は、
たとえば『放送禁止歌』でたどりついた被差別部落の人たち、
『職業欄はエスパー』の超能力者たちへのアプローチに通じるものがある。
しかし、その視線は必ずしも弱者への同情ではなく、
また差別、迫害に対して義憤にかられている、ということでもない。
社会正義とか宗教的価値観とかいったものではなく、
そういうものから逃れられない人間の営みそのものに興味の視点がある。
まさに、ドキュメンタリー作家、というほかない。
ただ本書はあくまでも「A」の製作過程の記録であって、
迫害を受けるオウム信者を森流の方法で捉え直した、というものではない。
そこは『職業欄はエスパー』などに比べるとややものたりないが、
ともあれ、機会があれば本編である映画もみてみたい。
報道職に興味のある人には特にオススメ
たぶん、森さんはこの「A」制作を通して、ご自分も属していたテレビ業界に多くの(敵とはいわないまでも)対立者をつくったのではないかしら…と思います。
ある特定の集団に対して、社会全体が突出して攻撃的になるとき、そこには何かの「思考停止」があるということが、この本を読むとよくわかります。それが「テレビ業界」という場所で語られているので、特に報道関係に興味がある人は、いちど読んでみたらいいのでは。ぜひ。
「暴露本」という形ではない抗議の仕方があるなぁ、と思わされました。
また、そうじゃなくても、「アメリカは嫌い!」「北朝鮮は怖い!」と、なんとなく思ってしまいがちな今日この頃。「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という著者の言葉は、決して、よくいわれる「安易なヒューマニズム」ではないということが、数々のエピソードから読みとれると思います。
元オウム信徒から見たら…
表層的であまりにも青臭いと思った。
理解し難いことの表面の瑣末な部分だけを捉え、そこに自己及びその属する集団との共通点をかなり強引に見出し、不必要な理解を示している著者の姿勢に違和感を覚えた。
過激派シンパよろしく、なにがしらの回春剤を得たい方、または茫漠とした不安にかられ、過多なほど社会と自分に理想を持っている方の暇潰しには良いかと思う。
ドキュメンタリーとは
森達也はドキュメンタリーの仕事を「客観的な真実を事象から切り取ることでなく、主観的な真実を事象から抽出することだ。」としている。
本書はオウム真理教を広報担当の荒木浩を追うことによって見つめている。そこには報道ではなぜか現れてこない様々な事象が、作者森の前に起こる。森はそこから事象をあくまで主観的にカメラに切り取っていく。あー、映像を観てみたい。
彼の著作はこの現実や社会の闇を本当によく切り取って我々に提示してくれる。ほんとうに良書であり、ドキュメンタリーを志す人間にとっては必読の書であります。それにしてもすごい人である。
普通のフレームの新鮮さ
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見事な補強。
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映画を見たい
著者の視点がおもしろい。オウムと権力と社会の中を独自の方法で、自分の取材を続けている。荒木広報部長を見つめながらなんで俺はこんなことをしているんだろうと、自問自答したりする。弱者というか異人の視点で、僕たちの社会を問い直す森監督に共感を覚えている
