- [著]上野 千鶴子
- [著]信田 さよ子
- カテゴリ:
- 単行本 (289頁)
- ISBN:
- 4062124130
- 発売元:
- 講談社 (2004/05/27)
- 価格:
- ¥ 1,785 (税込)
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恋愛・セックス・結婚に対するデタッチメントが女性には欠けていると主張している本。
ロマンチックラブイデオロギーに安易に寄り添う近代女性を語りつつ、2人の著者の恋愛・セックス・結婚・老後についての考察と覚悟を対談形式にまとめている本。「この男に選ばれたワタシ」が、「この男性に必要なワタシ」と考え方を変える事で、相手男性との関係において「主体性」を持とうとすることこそが、非主体的ではないのではないか?‥と疑問を投げかける。
どういう男に選ばれるかは、当該女性にとっては「ピア」における自分のポジションを決定づけるものだけに、非常に大きな関心ごとである。本当はそんな事でピア内でのポジションは決まりはしないのだが、決まる‥と感じる女性のなんと多い事かとも2人は嘆く。
男性的な価値観と行動原理がマトリックスのように錯綜する会社的・学校的社会で、女性が生きるという事はどういう事なのかを考え、悩みぬいてきたお二人なのだな‥と素朴に納得できる内容の本。
しかし、著者らが述べている場面場面の対応や考え方は、著者ら独特のものであるので、本書を読んだ人が感化されて、本書に書かれているように振舞うのは相当にキケンを伴うことは知っておくべき。
やりとりが面白い
上野千鶴子の主張も凡庸になったものだ、と思った。
それだけ(少なくとも言説的には)上野氏の望んだ世の中になったということなのだろう。
本書は対談形式だが、それぞれ相手の言うことを臆面もなく否定しつつも
話がポンポン進んでいく様が痛快である。一気に読めた。
痛快かつ「気づき」を与えてくれる対話
女性が生きていくことの難しさについて正面から向き合ってきた賢い女性同士の対話だけあって、大変読みやすく、自分も二人の会話に参加しているような感覚で読むことができた(弾丸のような会話で攻めてくる上野さんもものすごいけれど、それに怯まずにここまで率直に答える信田さんはもっとすごいと感心)。
内容は、タイトルから想像できるようなテーマとはずれたものも多く、幼少時の性的虐待や家庭内暴力など、良く言えば守備範囲が広く悪く言えば散漫になっているようにも思える。30代未婚女性をとりまく情況にテーマをしぼった方がよかったのではないだろうか。
全体に流れているのは、あらゆる通俗的な幻想から自由であれという力強いメッセージ。
「自立」「本当の私」といったものの胡散臭さを痛快なトークで一刀両断にしてくれる。
私にとっては、自分の中にあった「社会的評価への依存症」という病理を発見することができ、今後の自分の人生を歩んでいく上で大変参考になった一冊だった。
怖い現実
タイトルも怖いが、中味も怖い。でも、これが現実なのだろう。
対談で語られる空洞化した家庭生活を送っている人や、やがて不良債権化しそうな
パラサイトシングルは私の回りにも確かにいる。
しかし、私が何よりもショックを受けたのは、上野氏、信田氏のふたりともが、
「家族は幻想であり、幸せな結婚はない」というのを当然の前提として語っている
ことだ。
傍からどう見えたかは別として、私自身は精神的に満たされた、幸せな家庭で育っ
たし、現在の自分の家庭についてもそう思っている。そして、私の回りにも、同じ
ように幸せな家庭生活を送っている人は何人もいる。私たちは少数派であるかも知
れないが、そういう人たちが存在していることも知って欲しい。
基本的には、両氏の考えに同意できるのだが、なんだか深くて暗い穴底を覗きこん
でしまったような読後感だ。
人は皆、自分の時代の問題を抱えて墓場に行くのか
内容については他の評者の方々がまとめておられるので、私は別のポイントについてコメントさせてください。
p200で信田氏がアルコール依存をエタノールへの物質的依存だと規定した場面で、上野氏は「わたしは、そうは思わないです。人間はもっともっと深く言語的で、かつ社会的な生き物だと思うので」と切り返している。社会構築主義者の面目躍如(ちなみに第8章「人は、社会的存在でなければならないのか」で、上野氏はNOと答得ているが…)。他方、信田氏の方には本質主義の匂いがして、たとえばp243でのACをめぐる2人の応酬にも、両者の人間観の違いが顔をのぞかせている。また婚姻関係に対する姿勢の違いも、詰めればかなりの議論になりそう。でも残念ながら、そういう対立はここでは深められていない。
全体として、上野氏の巧みなディベート技術が印象的。たとえばp30で松田聖子の評価について対立した場面で、上野氏は「じゃあ、このへんでやめましょう。わたしは小倉千加子さんと違って芸能ネタに弱いから(笑)」と、深手を負わないうちに撤退してしまう。立場が逆だったら、上野氏はたぶん追撃し、打撃を与えていると思う。
最後に印象深かった上野氏の発言。p238でセクハラ裁判常勝の弁護士の「わたしたち、勝てる理論なら何でも使うのよ」という言葉に感動したと述べた後、p245ではさらに「学者の中には、理論は『正しいか間違っているか、どちらかだ』と言う人もいるようですが、わたしは、理論は『つごうがいいか、つごうが悪いか、どちらかだ』と思うんで」と啖呵を切っている。
こういう立場はポストモダン的な相対主義に直結するわけだが、ケンカ道場の道場主ならともかく、仮にも社会「科学」を看板に掲げる大学教授がいまどき不用意に口にしていい言葉ではない。世代を感じさせて、上野氏が時代に追い越されつつあることを示していると思う、悪いけど…
爽快な斬りッ
『負け犬の遠吠え』でクローズアップされている30代女性についての示唆に富む指摘が良かった。
特に、30代女性の母親が娘を股裂きにしているという指摘。つまり、一方では娘に「仕事、仕事」と強要し、娘が総合職でばりばり働くことを望む。これは母親が昔男性と同等に仕事が出来ず、経済力がなかったことに対するコンプレックスからきている。要するに娘を「自分の人生の第二走者として走らせ」ようとうするのである。
また一方では娘に「ちゃんとした人と結婚してちゃんとした子供を産んで……」と主婦の役割をも強要する。これは母親が自分の人生を否定されたくないから、また自分の基調低音となる価値観に未だ乗っているからだという。
全く以って同感である。いるわいるわ、そういう親が。そして当の娘は、股裂きになりながらも強かに、計算高く親を「利用」している図式……。
その他にも思い当たる指摘と鋭い「斬りッ!」が満載の対談集。同調できる人なら、スカッと爽やかな読み応えを得られるだろう。
まあ、相変わらず身もふたもないわねえ
上野千鶴子氏ですから、もう、結婚制度も悩める女性も、すべて一刀両断です。気持ち良いぐらいにすっぱり言い切るんですが、だから、どうしたらいいかは自分で考えるしかないんですね。非正規雇用、非婚の30代女性は社会の中で不良債権化していくとか言ってるし。
対談なので、分かりやすいし、けっこう信田氏と上野氏の考え方の違う部分は楽しいです。P58あたりのヴィトンのバッグを巡るやり取りなんか、笑えてしまう。同様に丈夫だからって一澤帆布のカバンにしろと言われてもねえ。
「自立」という言葉は胡散くさい、とか、「『好きなこと』を仕事にする」は幻想であり、それを村上龍は「13歳のハローワーク」で煽っている、とかなかなか示唆に富む言葉が多いので、現在を生きる女性は必読です。特に30代未婚女性として、なかなか考えさせられる内容でした。真面目に人生設計考えないとなあ、と思わせられます。
わかりやすい
対談なので読みやすく、著者はいつも同じことを言っているので内容もわかりやすい。たしかにそうだなと思いました。でも、愛されない女はここまで悲惨か、と思っちゃう。
「もどかしさ」の語る深い真実
DVなどを専門とするカウンセラー信田と上野との対談。個々の症例と格闘する信田の「実感」に対して、上野がマクロな視点からそれを言語化しようとするが、いつもながら絶妙な感覚でクールに突き放す上野の議論が冴えわたる。他者に支配されることも他者を支配することも嫌う、上野の潔癖なシングル感覚はどこまでも一貫して爽やかだ。性器の独占使用権を他者に与えるというカントの結婚の定義に立ち戻り、こんな愚かな契約をする若者が「どうしても理解できない」と彼女は言う(p110)。森瑤子のような名声も地位もある女性が、DV被害者であることを隠し続けて夫と離婚しないことや、結婚非婚を問わず「本当の私」を求めて彷徨う三十台女の「甘さ」が、彼女にはもどかしくてたまらない。この「もどかしさ」が本書の主題である。
上野の潔癖さに深い共感を覚えつつも、一点だけ気になることがある。それは、個人へのアドバイスを課題とするカウンセリングの論理に引きずられて、彼女がマクロの視点を生かし切っていないことである。ベックやバウマン等の社会学者が明らかにしたように、現代の先進国における個人は、旧来の階級、階層、集団、親の職業、家族などへの帰属から自己のアイデンティティを自動的に与えられることはもはや困難であり、個人は「自分の人生をゼロから自分で設計する」ことを求められる。パラサイトはヨーロッパでも進展しており日本だけではない。「本当の私が分らない」という不全感は、上野の言うようにネオリベラリズムの陥穽なのではなく、もっと深い必然性のある現象である。その点を押さえないと、若者を「甘い!」と一喝する中年オヤジのお説教と似てしまう。それは上野の本意ではないだろう。
借りて読みましたが
会社の知り合いから借りた本で、酒井順子の『負け犬の遠吠え』も小倉千加子の『結婚の条件』も読んでいたので、同じ流れの本かと思い、早速この週末に読みましたが、この本は上野千鶴子さんと信田さよ子さんの対談集なんですね。対談集はかみ合っていないと悲惨ですが、この本はお互いがリスペクトし合っているだけに「忌憚なく語り合った」という感じで、非常に面白かったです。
全部で8章に分かれており、二人とも硬派の学者・実践家だから内容も『負け犬の遠吠え』などとは違った硬派のもので、一章読み終えては間をおいて次を読む、というふうにジックリ読みました。タイトルと対談内容は、まったく乖離しています。版元の講談社としてはベストセラーとなった『負け犬の遠吠え』の勢いに乗ってこの本も、と思ったのかもしれないけど、それはちょっとさもしい。帯のコピーもさもしい。この本にふさわしくないです。
「竹田青嗣は気持ち悪い」とか、いろいろと面白い話も出てきて、充分に満足。ただ自腹で買ったかどうか。多分、買わなかっただろう思います。でも上野千鶴子さんと信田さよ子さんのファンは、是非、購入しなければ、とは思います。
