- [著]中沢 新一
- カテゴリ:
- 単行本 (252頁)
- ISBN:
- 4062128519
- 発売元:
- 講談社 (2005/06/01)
- 価格:
- ¥ 1,890 (税込)
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感動します
東京の古層に眠る縄文の記憶。久しぶりに読み終えるのが
惜しい本と出会いました。
東京を支えるエネルギーを今でもこのように引き出せるの
が驚きです。本書を読んで感じるところがある人とない人
の両極端が存在すると思いますが、私によっては素晴らしい
本でした。
東京って湿地だったんだ。
思想家と言う肩書きを持つ著者が
縄文時代の古地図と現在の地図を重ねた
独自の地図を元に東京を歩きその感想を書いたこの本。
色々な発見と共に、思想家という人は
なんと創造力の豊かな人たちなのだろうと驚いた。
大地と平地が入り組んだ街、東京。
この本は
東京は徳川家康が入植する前はただの荒果てた土地だったと、
昔の日本史で習った事を
思い出させてくれた。
今は、アスファルトに囲まれた都市だけれども、
小さいながら昔ながらの風景を残していて
それは案外近くにあるって事に気がついた。
江戸、東京。
この二つの文化は繋がっていないように見えて
実際は繋がっていて、
それも深い関係がある。
現在の東京都庁のあるあたりの十二社物語は
本当にダイナミックで今度、訪れようと思うほど、
東京の歴史の深さを再認識できた。
東京の現在と過去をめぐる、中沢新一の渾身の一冊
出てくるのは「渋谷」、「新宿」、「六本木」、「善福寺川」、「神田川」、「芝公園」等の馴染みのある、何気なく使っている地名ばかりなのに、その持つ意味と背景に愕然とさせられる。例えば、以下のような疑問(普通、疑問とは思ってないが)に、答えを与えてくれる。もちろん、彼の解釈と洞察は入っているけど。
何故、渋谷の神泉は「神泉」という名前なのに、ラブホテルが並ぶいかがわしい場所なのか?また、何故、新宿の歌舞伎町は「歌舞伎町」という名前で、新宿に発生したのか?何故、「銀座」は「銀」の「座」という名前なのか?何故、麻布に「金魚坂」があるのか?
何故、明治神宮は、天皇の故郷である京都ではなく、代々木に作られたのか。何故、青山界隈にデザイナーやファッション関係者が住み着くのか?何故、隣町である銀座と新橋は、こんなにも雰囲気と集まる客層が違うのか?
東京の新しい一面を見せてくれる本。文章は若干難しいけど、東京を「つまらない街」と思う方にも、「大好き」な方にも、とてもお勧め。
但し、中沢新一は変態ではないかと思う記述が随所に出てくるので、☆は4つのみ。
ふと、昔に思いをはせる
初めて手にとったときは、本の世界に同調できず、
本棚へ眠らせておきました。しかし、時を経て
手にとると、自分に受け入れるだけの余裕ができたのか、
最初の拒絶感が嘘のように、楽しみながら読み終えることが出来ました。
たぶん受け入れることができなかったのは、
ベースは考古学なのに、妙に文章がキザだから。
ただ、これくらい飾って書かないと、内容は
真面目に書いてしまうと非常に硬くて、とっつきにくく
なるだろうし、面白みも半減してしまうかもしれないので、まぁしょうがないかなと。
いつか、同書の地図を片手に東京を散策してみたいです。
そんな、思いを抱かせる1冊。
地層の違いが街の雰囲気を決めるという新説
地下に潜れば地表世界の真実が見えるという趣旨の表題である。尤も私の語感では局地的な地面を言う時にはEarthよりGroundというと思うのだが。
巻末に上質紙の東京の地図がある。昔から高台だった「洪積台地」と、低湿地だった「沖積低地」とに二分されており、その違いが現在の地表のあり方に大きく影響しているというのが本書の主張である。沖積低地はかって海で、洪積台地が複雑な「岬」を形成していたとの記述になっているが、海だけでなく海面より高い位置に河川が形成した堆積層も(文字はおかしいが)沖積層である。低湿地に突き出た洪積台地を「岬」と表現したと解釈しよう。
著者は感受性の異常に強い人に違いない。「地下鉄は性を連想させる」「森は死霊の領域」「富士山は強く死のイメージを連想させる」「浅草寺は都市の中の洞窟」「皇居の森は都心にありながら都会の境界をなすメビウスの輪」など、共感できる人には恐らく素晴らしい啓示であろうが、感受性の鈍い凡人には付いていけない所がある。
「週刊現代」に1年余連載された記事をまとめたのが本書とエピログで知って、それならと本書が少し判った気がした。また、沖積低地に今も残る「野生の思考」と、洪積台地に現在も見られる資本主義的な「現代の思考」の対比を指摘したかったという筆者の心情もエピログで理解した。
本書に天啓を感じる人も居るだろうと思いつつも、表題と一部の書評からユニークな科学を愚かにも期待した科学と論理に毒された私には、共感し難い本だった。
インチキ臭い本!
週刊誌に連載されていただけに、万人受けするインチキ臭い本である。この程度の法螺をぶちまかせておけば、大衆、特に億単位の東京人は慶ぶだろうという中沢の計算高さが伺える本である。しかし、もし本気で中沢が自分の本で語っていることが十分、学問的、批評的射程をもっていると信じているとすれば、もう中沢は救いがたい多摩川大学教授だということになる。美大だったけ? こんなイイカゲンナ本を書くのは、もうやめにして、もっと地道な思考と卓抜な想像力を鍛えなければ、著者中沢も読者の中沢ファンも馴れ合い莫迦集団になるだけである。
縄文海進期の地形から現代の東京を眺める
本書には「縄文地図」という変った付録がついている。縄文海進期にも陸地だった洪積層を黄土色、海になっていた沖積層を青色に塗りわけ、その上に古墳・神社・寺院などの位置を重ねたものだ。これによれば当時の東京は、海と陸が複雑な入れ子状になっていて、縄文人が聖なる場所と感じたという「岬」状の地形が多かったこと、そして現代も開発の影響を受けにくい神社や寺の多くが、縄文地図上の岬や半島の突端に位置していることがわかる。つまり東京の街並みは、今も地形の変化に霊性を感じていた縄文人の影響を受け続けているのだ。江戸時代の東京について語る本はたくさんあるが、東京の独自性は、縄文時代の地形にあるという著者の直観には恐れいった。
私の学生時代に「岬めぐり」という唄が流行っていたが、日本人が「…岬」を観光するのが好きなのも、岬状の地形に霊性を感じた遠い縄文時代の記憶がなせるわざなのかもしれない。また本書は、総論を述べた最初の章以外は東京を地区別に区切って章立てし、著者自身が歩いて見聞した事柄を記していく紀行文の体裁をとっているので、新たな視点からみた東京ガイドブックとしても役に立つ。自分なりの東京散歩をしたい人に本書を推薦したい。
面白かったです
地形と歴史。
これが本書のテーマです。
牽強付会の気配もありますが、
むしろ一種のエンターテイメントとして楽しめます。
古墳と地形の関係は、考古学のメインテーマだけれど、
それを地層を基礎に語っていく視点は初めて読みました。
面白く楽しめました。
付録の地図(巻末)は想像力をかき立てられます。
東京がまったく新しいファンタジーの源泉になるかのようです。
東京の「深層」を透視する「ミラクル・フィールドワーク」
数年来読んだ本の中ではかなりのヒット作だ。
氏の叔父は、稀代の歴史学者、網野善彦 (故人)である。網野は、歴史学どころか日本の民俗学、文化人類学、果ては哲学にまで多大な功績を及ぼす大きな存在で、真の意味の学究的フィールドワーカーであった。
中沢本人の学究というのも、これまた度外れており、まかり間違うと「カルト」シンパとして排除されかねない危ういスタンスをさえ敢えて身に引き受ける潔さを持っている。これは、叔父、網野譲りの資質であろうか。
氏自身が、チベット仏教を現地で学び、「ポア」―「脱魂」の修行を体験していること。 さらには、その体験とフランス構造主義を関連づけて論じつつ、時代状況にも積極的に発言をし続けていることを見ても明らかだ。
さて、本書だが、縄文時代の地図をもって現代の東京を「逆照射」する―という画期的な企画である。この街の見えない構造―地下を流動するエネルギーと神話的精神の「深層」を探る「旅」だ。
このマップを片手に、東京の散歩を続けていると、その重要なスポットのあらかたが、「死」のテーマに関係をもっていることが鮮明になってくる。太古の聖地であった古い神社仏閣、古墳などの遺構が「死」のテーマとかかわりがあるのは当たり前だとしても、盛り場―歓楽街の成り立ちや東京タワーなどの放送塔や有名なホテルが建つ場所などが、何故に「死」のテーマにつきまとわれているのだろうか―そうした謎に迫っている。
例えば「新宿」の成り立ちである。紀州熊野と義経伝説。そして「奥州藤原王朝」、鉱山−金属採掘技術、山伏−山岳信仰、妖術(当時の「ハイテク」)などと深くかかわっていた節があること…等々。
表面上は見えないそれぞれの土地の「深層」を探り、その地にまつわる「地霊」を敬うこと―その意義を、深い意味で捉えるべきであろう。
この本は、実に意義深い先見的な試みである。 一読をお勧めしたい。
うーん
この本の問題点は、なんでもかんでも縄文時代の地勢(洪積層と沖積層、陸と海)をもとに説明しようとするところだろう。たとえば城や寺社は縄文時代には岬にあたる場所だった、といった「事実」を持ち出し、そこから想像の範囲を広げていく(古代人にとって岬(海に突き出た陸地の突端)がいかなる意味をもっていたかなど)といった具合である。だがそこでなぜ縄文を持ち出すべきなのか、なぜそれらが建てられた当時の時代(建造当時の地勢)を問題にしないのか、その理由がわからない。城や寺社について言えば、それらが建てられたとき、既に海はそこから退いていた。海があった頃には陸と海(海底)に分かれていた土地は、より高い陸地(台地)とより低い陸地(低地)に変わっていたわけである。そして当時の人々は台地にあたる土地、さらに言えば台地が低地の中に突き出ている土地(盛り上がりの部分)に城や寺社を建てたのだった。それならば、人間にとって周囲より土地が高くなっているところ((低地と比較しての)台地、盛り上がっているところ)はどのような意味を持っているのか、盛り上がった土地がより低い土地の中に突き出てきているところの人間にとっての意味はいかなるものか、またそのような土地に城(守られるべきところ、武力と政治の中心地)や寺社(聖なる場所)を造るとは人間にとってどういうことか、ということが問題となるはずである。しかしこの本では最初に問われるべきそれらはほとんど無視され、すぐに縄文時代の地勢が(陸と海、乾地と湿地が)持ち出され、それによって何でも説明されてしまうのである(仮に人間にとって台地(の低地に突き出たところ)には特別な意味があり、だから台地に重要な建物が建てられたと仮定すると、それらの建造物の位置取りがもともとは縄文時代の陸地のきわにあたるところだったとしても、それはその台地が縄文時代には(水位が高かったので)海に突き出た陸地という状態になっていたというだけのことにすぎず、あくまでもそれらの建造物が建てられたのはそこが台地(周囲の土地よりも盛り上がっているところ)だったからこそなのだとも考えられるはずなのだが、この本の著者はそのようには考えない)。台地と低地(人が城なり寺社なりを建てたときそこにあった地勢、人が住み続けてきた地勢)の意味は度外視され、陸と海・洪積層と沖積層(城なり寺社なりを建てる遥か以前の地勢、人がそこに住む遥か以前の地勢(低地は縄文時代には海だったので住めなかった))の意味ばかりが重視されているわけなのだ。人が面と向かいあって来た土地のありかた(台地と低地)の意味(意識的なものであれ無意識的なものであれ)は無視しながら、それ以前の土地のありかた(陸と海)ばかり持ち出し、土地の「無意識」などと言い立てるなど、とても人と土地についての徹底した考察とは思われない(つまり「土地の無意識」を問題にしたいならば、建造時より遥か以前の地勢(陸と海)を持ち出す前に、建造当時の地勢(台地と低地)それ自体の無意識的意味を論ずるべきではないか、ということである)。なぜ彼は「(縄文時代の)岬にあたる場所はずっと聖地だった」とばかり言い、「聖なる建造物(寺社など)はどれも台地が突き出ている場所に建てられた」とは言わないのだろう? 仮に「遠い昔の陸と海の記憶が人の無意識の奥底に刻まれていて、それが人の心や営みを左右し続けている」のであるとするなら、それと同じかそれ以上に「目の前にあり、ありふれているように思える“今(建造物の建造当時であれ、まさにこの今であれ)”の土地のあり方(台地と低地)の自覚されない無意識的意味が人の無意識の奥底に絶えず働きかけ、人の心や営みを左右し続けている」とも言えるはずであるにも関わらずである。どうしても縄文時代を現代と結び付けて考えるのならば、縄文時代だけに限らず、その時代その時代における、土地の生成・人と土地との関わり・人にとっての土地(のありかた)の持つ意味・人の営み(の持つ意味)・居住地域の変遷・居住のありかたの変遷・過去(の痕跡・残存)との関わりかたといったことを重層的に調査し考察する必要があるはずである。縄文時代はあくまでも土地と歴史の重層的ありさまを構成する一部であり、この本のように特権的な扱いをされるのは奇妙なのではないだろうか。
