- [著]東野 圭吾
- カテゴリ:
- 単行本 (270頁)
- ISBN:
- 4062135264
- 発売元:
- 講談社 (2006/07/25)
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親子のつながり
ここに出てくる前原昭夫と妻:八重子、息子:直巳に対しては、いい感情は全く持てません。
誰もかれもが自分中心。わが身を守るべく、刑事に対してついた嘘には、本当に虫唾が走りました。
唯一の救いと言えば、警察に行く前に、家の中で、あのような形で昭夫が真実を明かしたことでしょう。
とはいえ、やってしまった嘘の内容が内容なだけに、壊れてしまったものがあまりに大きく、ハッピーエンドとは決して言えません。
しかし、「認知症の家族の介護」「少年犯罪」など、現代社会の問題点を見事に織り込んでおり、読んでいてわが身にも起こりうることと考えさせられましたので、評価は高めにしました。
もちろん、加賀恭一郎の洞察力の鋭さも健在。
前原一家のついている嘘は、ごく一部をすり替えただけであとはほぼ真実なため(そのごく一部が残酷なのですが)、普通の洞察力じゃ、その嘘は見抜けないと思うのですが、さすが加賀恭一郎。警視庁捜査一課のお偉いさんが一目置くだけあります。
そしてもう1つ、事件とは別にここでも加賀とその父とのエピソードが出てきます。
加賀と従兄弟関係にあたる警視庁捜査一課の松宮の登場もあり、少々イライラさせられる部分もありますが、全てが明らかになった時、なんだかんだ言っても親子のつながりを感じさせられます。
前原昭夫と直巳のような、間違った親子のつながり、昭夫とその母、政恵の、すれ違ってしまった親子のつながり、そして加賀の父と松宮のような、血のつながりはなくても存在する、親子以上のつながり、そして加賀とその父のような、一見わかりにくくても確実にある親子のつながりと、さまざまな「親子のつながり」を垣間見ることができた1冊でもありました。
赤い指の意味
この作品のいくつかのレビューに胸をえぐられるようなという
表現がされていますが、内容的には年配者のほうがより強く
感じられるかと思います。
実際、高齢者をもつ家族や被害者の立場からすればその思いは
より強いことでしょう。
それぞれの年代が抱えている現代社会の問題をあらゆる視点から
あぶり出しています。
赤い指が2回でてきますが、2回目の意味するものは重いです。
もやもやした思いの中で、加賀恭一郎の慧眼だけが冴えています。
最後は加賀の人柄も垣間見えて、納得できるラストでした。
ある年代に達したらまた読み返してみたい作品です。
納得いかない結末
今まで東野作品が好きで多数読んできましたが、この作品だけは、高齢者を世話する立場の人間として理解できないオチでした。東野さんはもしかして、お年寄りと暮らした経験がないのでしょうか。高齢者が100人いれば100人全員が認知症にだけはなりたくない、人に迷惑をかけたくない、と思っているはずです。好んで老いる人はいません。かつて浅田次郎氏の作品にも同じ話がありましたが、全体が架空でユーモアを含んでおり、それもアリかと思われました。今回東野さんの作品ではミステリーの核となる部分であり、どうしてもあり得ないと思ってしまいました。ミステリーと割り切って読めば良い作品ですが、人間ドラマとして見れば高齢者の現実にそぐわず、どこが『もう1つの愛』なのか苦しむ作品です。高齢者の家族でなくては見えない事もあるのです。
序盤は気が重くなる様な展開ですが・・・
ある家族の繋がりを表現した作品。
序盤は人間の悪いところばかりを表現した感じで気が重くなる様な展開ですが・・・・
実はこの作品、シリーズものでして、『加賀恭一郎シリーズ』です。
中盤以降はその凄腕刑事の加賀が残酷で卑劣な犯罪を犯す一家の真相を全て見抜いた上で仕掛ける、ある一つの問いかけ。必読ですね。
一気に読み切ってしまいました。そして相変わらず東野圭吾の作品はラストの1行で泣かされるんですよね。なんか切なくもあり、寂しくもなる内容でした。
「赤い指」というタイトルの意味がわかるとき
「赤い指」、このタイトルの意味が分かるとき・・あなたは思いもよらないラストを目にするだろう
短いが良くまとまっています
本作は、ひとつの殺人事件があらわにする、
わが国にどこでもありそうな一つの家族の現状、
長い年月をかけてねじれてしまい、修復不可能になった様子を、
適度な長さで印象深く描写しています。
もちろん、殺人事件は解決しますが、
読者をうならせる意外な仕掛けも何箇所か施されています。
タイトルも意味を持ってきます。
私には、結局道化としてうろうろするに過ぎない前原昭夫を憎むことができません。
誰もがいつでも彼の役割を担う可能性があるでしょう。
よく考えれば、本作で彼が一番多くの「顔」を持たされており驚かされます。
順不同ですが、会社員、夫、父、息子、兄…、ご苦労な話です。
同時に、人生の重大な問題から逃げてはいけないな、と痛感させられます。
加賀さん
加賀シリーズが好きで、ようやく読破しました。
手紙か電話でしか登場したことのない、加賀父が冒頭で出てきます。
加賀と父の、複雑な家族愛。目に見える行動だけが愛情ではない。
加賀さんの、父を想う気持ちが痛いほどに分かります。
前原(だったっけ?)一家の長男には、非常にイライラさせられました。現実に確かにああいう馬鹿息子は存在する。しかもその数は、人口の半分以上を占めてるのではないか?と思わす程。
この長男や母親の気持ちは分からないし、知りたくもない。
被害者の女の子が、ただただ可哀想でした。
母親がずっとぼけたふりをしていたのは、無理があると言えばありますが、その気持ちは何となく分かる気がします。
自首してくれて良かった。涙を流してくれて良かった。
崩壊した、悲しい家族のお話でした。
読後に見る題名の切なさは・・・。
いつか映画かドラマになるのではないでしょうか。
読んでいて映像が頭に浮かんでくるような作品でしたから。
とにかくとても面白かったです。実質二日で読めました。
この読みやすさなのに、読み終わった後に残る余韻や感情が深いのが東野作品の好きなところなんですが、その中でもこの作品はズドンときました。
ストーリーは中学生が起こした幼女殺人事件を巡って展開される家族や刑事の話、というありがちな内容ですが、このありきたりな筋に枝がいっぱいついているところが、この小説の素晴さです。
家庭を顧みない父親、子供ばかりを見続ける母親、呆けた祖母、引きこもりがちな息子、複雑な父息子の関係、痛い過去、介護の問題、夫婦、親、家族。
中学生が起こした幼女殺人事件という最近はニュースで聞いてもそんなに驚かなくなってきたありがちな事件、その背景にこれだけ多くのものをつけたこの作品が描いたものは、今の社会そのもののような気がしました。
現代社会の抱える老人介護や少年犯罪や家庭崩壊などの闇の部分は、それぞれが単独で存在しているような感覚でいましたが、実際はそれが一括なんだなと思いました。だからこそ複雑で難しい。
最後に東野圭吾さんが示した解決の糸口がとても心に残りました。
自分が親の介護という役目を負う時、決して忘れないようにしようと思い、ある言葉をメモに取りました。
家族の意味を問い直す力作―加賀恭一郎が直面したものは果たして何か?
本書は、直木賞受賞後の最初の作品であり、第60作品目という記念碑的位置づけにあるそうだ。『赤い指』という謎めいたタイトルは読者にその意味すら想像させない。赤い表紙に白い手が描かれている装丁は、なんだが本書のタイトルとは逆で面白い。インパクトのある装丁だ。「書き下ろし」の長編小説だが、短時間で読了した。しかし本書の内容が読者に突きつけるテーマは重厚であり濃密である。一言でいえば、「家族」の意味やあり方を真っ向から扱った力作である。
東野作品はそれなりに読んでいるし、彼の作風も私なりに理解し始めているところであるが、これまで読んできた作品のなかでも、本書はとくに「心を揺さぶる」衝撃的なものであった。詳しい内容を記載するわけにはいかないが、趣向は『レイクサイド』(文春文庫)に似通っている印象があった。とはいえ本書は、ファンにはお馴染みの加賀恭一郎が登場し、しかも彼自身の家族の内実が(一端ではあるが)明らかにされるということで、読み応えが違う。加賀と彼の父親との関係は、『美味しんぼ』における海原雄山と山岡志郎のそれを想起させるところがあるが、二人にしか分からない「見えない意思疎通」とでもいうべきものが存在したに違いない。彼らには余計な「言葉」は不要だったのだろう。余韻を残す見事なエンディングはそれを如実に物語っている。
中学生の少年が幼い少女を殺害するという陰鬱な事件(しかも殺害動機それ自体が意味不明)の真相を解明してゆく加賀刑事が直面したものは何であったか。自らの「家庭」と重ね合わせたのか、それとも今は亡き「母親の面影」を胸のうちで密かに偲んでいたのであろうか。いずれにせよ本書からは、刑事としての加賀恭一郎というよりは、不器用だが熱い血の通った人間的魅力を十分に秘めた人間としての加賀恭一郎の生き様がビシビシと伝わってくる。これからの加賀の動向に注視する読者は私だけではあるまい。
湘南ダディは読みました。
この作者、時々どうしようもなく救われない小説を発表します。「白夜行」(集英社文庫)、「さまよう刃」(朝日新聞)などもそうでした。本作品もさわやかで、幸せな読後感をお求めの方にはおすすめできません。
学校でいじめに会い、ゲームに引きこもる少年が少女を家に呼び込んで殺害する。夫との関係は義母を計算づくで引き取ったころから冷え切ってしまっている妻は息子を溺愛しており、事件を何とか隠蔽するよう始末を夫に頼む。この前原昭男の家庭のなんとも重苦しいたたずまいが、いやになるほど見事に描かれています。こんな大事を引き起こしたのに二階の自室に閉じこもったまま降りてこない息子、息子をかばい夫が二階に上がっていくことを許さない妻、結局妻のいうままになってしまう昭男、これらとは全く関りを持たぬように生きている昭男の老母。
この家庭で交わされる会話がまたスゴイのです。
「あんなふうになったのはおまえがあまやかすからだ」
「あたしのせいだっていうの」八重子は目を剥いた。
「おまえが何でもいいなりになるから、堪え性ってものがまるでなくなったんじゃないか」
「よくいうわね、あなたなんか何もしないで、面倒なことからはいつだって逃げるくせに」
「大体あなたはいつもこうなんだから。あの女の時もそうよ」
と、男としてはやりきれないやり取りが延々と続きます。 あまりに暗いままではと作者が読者サービスをしたわけではないでしょうが、冷え切った家庭のディーテールをこれほど克明に描写したのもこの結末のためかとおもわせるすこしホッとするオチも最後に用意されています。
まことにお見事で一気によませますが、前原一家のこの後、家はどうなるのか、夫婦の関係は、少年法で裁かれてやがて社会にもどってくる息子の将来は、事件の解決役となった老母はなどと考えると重苦しい読後感が残るのです。
やっぱりサスペンスはアメリカものがいいナァー。
