- [著]佐藤 亜紀
- カテゴリ:
- 単行本 (277頁)
- ISBN:
- 4062140586
- 発売元:
- 講談社 (2007/05/11)
- 価格:
- ¥ 1,785 (税込)
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嫌いではない。
安心して物語世界に身を委ねることができた。
一息で読み切れたといっていい。
だが、読後感は《ただ物語を消費しただけ》といった印象である。
類似の印象は、たとえばサバチニ『スカラムーシュ』などがそうだった。
もっとも、サバチニが痛快なる大団円の冒険ロマンであるのに比べ、
こちらの物語はどこか露悪的で、ときに不快でしかないような展開をする。
嫌いではない。
質も、翻訳で読むサバチニなどよりはずっと上等だ。
だが、作品の売りがいまいちみえない。
なにを徹底的に研ぎ澄ました作品なのか、よく伝わらない。
少なくとも、突き抜けて訴えかけてくる強烈な要素はなかった。
ある種の読書家にとっては、実に手堅い作品なのではないだろうか。
しかし、まず万人向けの浅く親切なエンターテイメントといったようなものではないし、
また作品に読書中の引力以上のものを求める読者にも得られるものは少ないだろう。
ちょっとは売れたのでうれしいです。
昨年5月の発売後、7月に三刷、そして12月には五刷がでるという思いもよらない好調ぶりに加えて
年末から3月にかけて、「本の雑誌」1位やら「吉川新人賞」受賞等々とファンがのけぞる状況が展開。
(なにせ作品の数が少ない上に流通もしてないので内輪でフィーバー。)
ある程度売れたのは妙にわかりやすくなってるからかな、などと詰まらん疑念を抱きつつも
吉川章受賞の勢いでさらに大量増刷!?と小躍りしましたが、今年は4月に六刷が出たのみ。
やっぱり受賞は売上には関係ないのかなあ(芸術選奨新人賞の「天使」も同じ。)と寂しさを感じながら
もう一度冷静に読み直せば、平易な言葉を撚り合わせ高い内圧をもった文章に彫琢する「造形作家」
佐藤亜紀の真骨頂が存分に。
しかし、今まで以上の広い層に浸透したのは事実。他の作品のレビュー評価はみな4.5とか5なのに、
「ミノ」だけ3.5だったていうのが固定ファンではない読みなれていない読者に届いてる証拠。
泣かせるエンタメが主戦場でてっとり早く筋を追っかけて感動したい、
あるいは、読書を通して「人生に有益な何か」とかを求めている、という読者には、
親切度(泣きの要素)とか、いわゆる「文学的感動」はゼロの作品なので薦めないけど
「記述の強度」とか「読むことの快楽」にただただ震えたい方はぜひ読んで。
7年ぶりに増刷された「モンティニー」もぜひよろしく。
理屈で読むものではない
デビュー作からずっと読んできたが、初めて「私ってちゃんとわかっているのだろーか」という不安を抱かずに読了できた作品だ。ファンとしてこれほど幸せなことはない。読んだ後のそういう屁理屈を一切寄せ付けない。最初に2〜3ページ立ち読みしてみて(幸か不幸か、賞を受けたので書店に平積みされている)、文章の勢いにのれない方はさっさとおりた方がいい。行けると思った方は、そのまま勢いにまかせて最後まで読めば、それでいい。感情移入まではいかなくても、魅力に富んだ強情っ張りが山ほど出てきて、そのあたりが実に美味しい。
ヘタではないが名文とも思えない
ロシアの田舎地主の馬鹿息子を主人公にしたノワールぽい文学。
会話文に「」を使わず、メリハリのある描写というよりは、
淡々とした説明がダラダラと続き、
ストーリー展開は早いんだが、
主人公が糞なこともあり、
感情移入してのめりこめないツマラン文学。
第一次大戦やロシア革命の時代が好きな人にしか受けないだろう。
広大なロシアを舞台にしてるのに、
偶然の出会いが多すぎないか?
これよりはドイツものの、
皆川博子 の『死の泉』 の方がまだまし。
ひたすらな暴力
ロシア革命期,革命の奔流とは全く無関係なところで,アナーキーな暴力に明け暮れた「ぼく」たち。やりたいだけの暴力を振るい,敵対グループなどに捕まったら強姦などの暴力を振るわれながら生きていく姿は,なんともつらく,戦争や革命の持つ「恐ろしい」側面をうまく描き出していたように思う。
「ぼく」は,次のように思う。
《人間を人間の格好にさせておくものが何か,ぼくは時々考えることがあった。(中略)ぼくはまだ人間であるかのように扱われ,だから人間であるかのように振舞った。それをひとつずつ剥ぎ取られ,最後のひとつを自分で引き剥がした後も,ぼくは人間のふりをして立っていた。数え切れないくらいの略奪と数を数えることさえしなくなった人殺しの後も,人を殺して身ぐるみを剥ぎ,機銃と手榴弾で襲って報酬を得ることを覚えても,ぼくはまだ人間のような顔をしていることができた。》(269〜270頁)
しかし,仲間から離れ,独りっきりになった「ぼく」は,「人間の格好をしていない」(270頁)何者かになってしまった。
重苦しくて,嫌な話だけど,佐藤亜紀の作った壮大な(虚構の)叙事詩に浸ってみるのも,悪くないのではなかろうか。
かなり微妙・・・。
モチーフ自体はは興味深いものではあった。
が、一見深く人間を抉っているように見えてその実は表層をスプーンですくった程度で終わってしまっている。ありきたりであり、特筆すべき点もない。
さらに文体の読みにくさは酷いの一言である。これは文章が上手いとか下手とかのレベルではない。作者は本当に読者の目を意識しているのであろうか。もしも難解な語を使うのが良いとでも考えているのであれば、小説家としての作者の資質を疑わざるを得ない。
人間が昆虫のように見えてしまう
ロシア革命の混沌を、架空の農村を舞台に描いた。ヴァーシャは、出会うものすべてを殺してしまう。友人も、気にくわない知り合いも、悪人も、ずっと行動を共にしてきた仲間も…。修羅であり、ミノタウロスだ。損得ではない。論理でもない。スイッチが入り、泣きながら殺してしまう。
人が生きるというのはどういうことなのか。人が集まって社会ができる。国ができる。それは立派なことでもなんでもなく、カエルが交尾を求めてひしめき合うように、ただそんな風にスイッチがはいってしまうだけなのだ。
暇だったら読めばいい
よく書けているとは思うが、世間で言われているほど面白く無かった。
特に舞台をロシアにする必要性も感じられなかったし、正直なところピカレスクものとしても、まったく物足りない。
残念ながら、暫く経ったら、この本の内容など何も覚えていないだろう。
面白くなかった
佐藤亜紀さんの本を読んだのはこれが初めてです。挫折。
ずっと主人公の一人称で、メリハリがなく読むのが辛いです。
⇒同じ、一人の一生を固定された視点で追う文章ならば
「疾走(重松清)」の方が(これはオチが非常に残念な作品ですが)
スピード感があって一気に読めました。
主人公のニヒルさも共感できずに苦痛に感じました。
⇒勉強はしないけれど本は読んでて、賢くニヒルな少年という
陳腐なモデルに飽き飽きしてしまいました。
後半では色々犯罪に手を染める人生のようですが、
同じアウトロー「ゲルマニウムの夜(花村萬月)」のほうが迫力があります。
共感も出来ないまま「人間を人間たらしめているものは何か」と問われても、
ただのポップスの歌詞にしかみえませんでした。
文章が分かりにくい
⇒カギカッコが一切なく読みづらいです。
脇に登場した端役にもライトをあて、その人生を照らすというのはいいと思いますが、
話が冗長になりすぎてよくわかりませんでした。
同じように端役にスポットライトを当てる作品ならば
「悪人(吉田修一)」の方が優れていると思いました。
(これはテーマの分かりすぎるところにすこし問題のある作品ですが)
独特の翻訳小説のような面白さが、受ける人には受けるのだと思います。
テンポがあえば引きずり込まれるように読めるかもしれません。
書評を色々なサイトで見、
べた褒めしかないのがあまりに気になったので筆をとりました。
前半の語りのすごさ
物語は、社会や周囲の人間を軽蔑しきったヴァシリの視点から一人称でシニカルに語られていきます。
そして、当然ヴァシリは、自分の行動を正当化しようとします。
しかし、その一方で、作者は主人公のナイーブさを一人称の語りのなかにそっと忍びこませています。
たとえば、恋人テチヤーナに対する描写の箇所。
だからテチヤーナは、十八で、はちきれんばかりに健康で、(中略)信じられないくらい無邪気だった。抱きしめると一抱えもあって、裏返すと広い背中が馬の毛並みのように輝いて、肌は柔らかいというより針で突いたらはじけそうで、こんがり焦げた焼き菓子のような匂いがした。
ここなんていわゆる19世紀ヨーロッパの大衆小説の典型的な修辞で、恥ずかしくなるような紋切り型の連続です。かつて『皆殺しブックレビュー』で、作者がデビッド・ロッジの評論を紹介していましたが、底意地の悪さはまさにロッジ的です。
ある女性評論家が、この主人公と作者は似ていると言っていましたが、それは間違っているような気がします。
作者のほうが主人公より二枚も三枚も上手です(というより、物語と登場人物の操り具合がすさまじい)。
その後、ヴァシリのヘタレっぷりは、どんどん顕在化していきますが、前半部分の最後で、ついに信頼していたシチェルパートフという資本家に7ページに渡って罵倒されまくることで、彼のダメさ加減は、読者の前にすべてさらけだされます。
と、このように、シニカルでニヒリストであるはずのヴァシリのヘタレさが徐々に明らかになっていくというかなり難易度の高いベクトルが、前半部分の修辞と行間には巧妙に織り込まれています。しかも一人称視点であるにもかかわらず…。これだけとってみても「ミノタウロス」は傑作だと思います。
