アサッテの人

  • [著]諏訪 哲史

カテゴリ:
単行本 (189頁)
ISBN:
4062142147
発売元:
講談社 (2007/07/21)
価格:
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89,378 位
評価: 3.5
2008
07/17
Thu

自分の勝手な想像とは違っていました

50.0% (1 / 2)
[No.32] posted by ph

本そのものの見た目とタイトルで、勝手に自分の中でイメージを作り上げて読み始めました。
(オモシロイ話を想像していました)
冒頭から、予想とは全く違うものであることが判明。
長い長い言葉がどんどん続き、なんともいえない違和感を覚えながら「。」は何処!? と
少々不快な気持ちで読み進めながら、これは最後まで読めないかもしれない…と不安がよぎりましたが
途中から惹き込まれ、一気に読了しました。
思春期に「存在」って何だろう。「生きる」ってどういうことだろう。などと考えた事を思い出しました。

2008
06/02
Mon

どうして?

44.4% (4 / 9)
[No.31] posted by ヨンタ

この小説がほんとに賞をいただいたのだとどうしても思えない。それも、かなり審査員の皆さんには受けが良かったらしいではないか?いったいどうして?というかんじだな。

まぁ、たしかに今までなかった小説?であるのかなとは思うけど、しかし、無理して読むほどの小説ではなかった。ほんとにみなさんはこの小説を面白いとか思ったのだろうか?

私は読むのを何度も止めては読んでを繰り返し、半年かかって読み終えた。しかも2回も読み返した・・・が、無駄だった。おそらく私とは合わなかったのだろうと自分を慰めた。

2008
03/24
Mon

どこか遠くへ

[No.30] posted by unbalance

 文章や表現の上手さというよりも言葉のもつ「音」や「響き」に焦点を当てた作品かと思います。異なる形式の文章を組み合わせることで一つの小説としている構成も実験的で面白い。ただし物語性を期待する方にはお薦めできないと思います。
 成人するまで吃音で扱える言葉の少なさに悩んだ叔父、吃音から復帰するも世にあふれる言葉の価値の軽さに悩む叔父、そして「アサッテ」な人間との邂逅を経て再び吃音の時期にもっていた一語の重みを取り戻そうと試みる叔父、妻との心地良い日常と脱却とを繰り返すことで安定する叔父、妻と死に別れやがて一語の重みに潰されていく叔父。意図的な「アサッテ」を試み、その基盤となる日常を失った時点で叔父の失踪は決まっていたのかもしれません。
 読み終わり、最初の『神経の秤』からの引用文を読むと納得がいくと思います。言葉のもつ本来の意味、一語が及ぼす影響、常に心がけているわけではありませんが、そういったものを感じたことのある方は大いに共感できるかと思います。

2008
03/15
Sat

ただ詰まらない

53.3% (8 / 15)
[No.29] posted by WACHI

言葉の規則に不快感を持っていた叔父を通して、その「秩序」を抜け出した「アサッテ」を見つめる作品。
話自体は動くものでなく、作者が淡々と叔父のことを日記などをもとに分析していくもの。

小説を読むのが楽しくて本を読んでいる人は読まないほうがいいと思います。
登場人物のキャラも弱く、物語的展開はありません。
文学を学んでいる人が研究の一環として読む本なんじゃないかと。

学の無い私は、この本を読むのが詰まらなくて苦痛でした。ブンガク的な演出なんて分かりませんので、ダラダラな文が無作為に続いているようにしか見えません。
「アサッテにも型が発生する」というのが、この本の要点ですが、このことで私はなにも感じなかったです。それがこの評価の一番の原因でないかと。

一度数ページ読んで、さらにページを捲りたいと思ったら購入すべき本だと思います。芥川賞の名前を信用して、つまりは自分にとって面白いに違いないと買ってしまうと後悔するかもしれません。
この値段なら、自分の優れていると思っている作家の文庫本が二冊買えてしまうのですから、そっちのほうが有意義でエコロジーです。

2008
03/04
Tue

規律からの逸脱でしか、世界は動かない。

75.0% (3 / 4)
[No.28] posted by ナイルリバーサイド


通勤電車でしか読んでないけど読むのに2週間かかった。長かった。
あまり覚えていることはない。
洋画で登場人物の顔が区別できないように、叔父と祖父の区別ができなかった。
哲学科出身の匂いがプンプンして、
小説家が日記を書いているのを小説にするという『ソフィーの世界』的構造から、
太字を使ったり、いろんな方法を駆使して、逸脱を計画している。

叔父の吃音が治った様子は、幼児が言語を獲得する様子のメタファーであるように思えた。
幼児は語りだす頃には既に言語を獲得しているので、獲得以前と以後を言葉で表現することはできない。
だが、吃音ならそれが治る前と後を言葉で言い表すことはできる。
ここを巧みに使っている。

生きていてたまにふと、ここでおもいきり「うんこー!」と叫んだらどうなるのだろう?
などとしょうもないことを考えることは私だけじゃないと信じたいが、誰しもあるだろう。
生まれてからずっと常識以前の様式のような社会システムに束縛され続けている。
そこから逸脱したいという本能を人間は持っている。
そういう部分を作者は、非常に端的に表してくれた。わかりやすい例はチューリップ男。
だが、作者自身も気づいているように、その逸脱もまたシステムの一部として吸収されるのである。あるいは神さまのプログラムの範疇である。

このあたりの自己や神との戦い。いわゆる普通の人はしなくてもいい。彼らは既に克服していると言ってもいい。
だが、中には障害を持ってしまい、必死に戦ってしまう人がいるのだ。
人間は自由の刑に処せられている、と言ったサルトル。
人間は意味の刑に処せられている、と言ったメルロポンティ。
こういう人たちは、戦ってしまう残念な人。

哲学のセンスとでもいうのだろうか、それがあるかないかによって
良くも悪くも作品の解釈はぜんぜん違うものになるだろう。
ただ、2年もかけて書く作品とは自分には思えなかった。
この人は、これから小説で食っていけるのだろうか。
とにかく、次回作が楽しみだ。
何かエラソーなレビューだ。スマン。

2008
02/01
Fri

読みづらいけどおもしろい

0.0% (0 / 2)
[No.27] posted by カトリーヌナナ

はっきりいって読みやすい本ではないと思います。
とくにとっかかりが分かりづらく、文もかたい表現が多いので苦手と思う人もいると思います。
私も最初は全然進まず、休憩に違う本を読んだりしました。
でも叔父さんや叔父さんの妻・朋子さんの残したという日記の引用辺りからどんどんおもしろくなります。
「ポンパ」・「タポンテュー」などの擬音が、叔父さんの気持ちがねじれの空間(アサッテ)へいってしまっている情景をうまく表現していて面白かったです。
カタカナ音で気持や情景を表現するのは共感できる部分が多々あり
チューリップ男のように切り替えがうまくできれば
アサッテの人でありながら世の中に紛れていられるのになぁと思いました。
誰にでもアサッテな部分、ポンパな時はあると思います。

2007
11/05
Mon

どこかに忘れてきた「アサッテ」

0.0% (0 / 2)
[No.26] posted by まろすこ

「アサッテ」とは文中に登場する叔父の作った言葉だが、なるほどその言葉の正確さ自体はソレとして、
「アサッテ」なる衝動に突き動かされた事のある人間は多いように感じられる。
その衝動とどう対峙していくかどうか。
これはそんなナンセンスなテーマをひどく哲学的に分解、大真面目に取り組み小説として昇華させた作品だ。
突然ポンパりたい衝動に襲われるような人間にオススメである。
(それは、え、ポンパってなに?でも身近だなあ?フムンフンフンと思ったあなた、である)

2007
11/03
Sat

ポンパった!

0.0% (0 / 3)
[No.25] posted by ariyake

素晴らしくアヴァンギャルドな作品。あるいはポンパな作品といってもいい。
この作品は作中作者をおくメタフィクションであり、その「作者」という作中人物は引用する日記の記述に影響を受け、自らの記述の「作為」に疑念を抱く。こういった記述によって「語る」とはどのようなものなのか、読者に問いかけているのではないだろうか。
「ポンパ」等の意味の欠けた、日常から逸脱したような言葉も、言葉という当たり前のように存在するものの自明性を問うているように思う。
こういった「言葉」に対する問いかけや、図面などの利用など、「小説」や「言葉」の自明性を崩す素晴らしい小説だと思う。

2007
09/29
Sat

言葉につまずいた経験を持つ人へ

76.9% (10 / 13)
[No.24] posted by すじっころ

巧い作品、ではないかもしれないが、
言葉と向き合い、言葉につまずいた経験を持つ人なら、
考えさせられる部分をあちこちに見出すことができるであろう作品。
日常の言語をすらすらと使いこなし、巧ければ巧いほどよし、とする人には、
隙だらけで思わせぶりで退屈、と受け取られるであろう、作品。

「叔父」が発するアサッテ語のようなものを、
まだ言葉がおぼつかない小さな子どもが発するのを、日常的に耳にするので、
(彼らもやがて、日常語の世界に取り込まれ、そこから出られなくなるのだろう)
「チリパッハ」や「タポンテュー」の、意味ではなく発声方法に厳格さを求める部分には、
特に深く、共感。

久しぶりに、そこそこまともな読み応えを感じた芥川賞受賞作でした。

2007
09/13
Thu

単なる逃避者

36.4% (8 / 22)
[No.23] posted by fujimo

長い間苦しめられてきた吃音癖から解放された男性が、改めてコミュニケーションの場で適切な役割を演じることの困難さ、不自由さに直面して、それを「凡庸」と名指して完全否定、逃避するという生き方を選んだ挙句、人前から姿を消したというだけの話。

この人の自制のきかなさ、幼稚さ、ネガティブさしか伝わってこず、この小説が一般に向けた価値を持つとは思えない。
一人の社会不適応者の例としては興味深かった。


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