スプートニクの恋人 (講談社文庫)

  • [著]村上 春樹

カテゴリ:
ペーパーバック (318頁)
ISBN:
4062731290
発売元:
講談社 (2001/04)
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『Norwegian Wood』(原題『ノルウェイの森』)に見られる村上作品初期のストレートな魅力と、『The Wind-Up Bird Chronicle』(原題『ねじまき鳥クロニクル』)の複雑なミステリーとが絡み合うこの新作は、著者の7番目の英訳作品であり、村上春樹を堪能するには最高の代表作と言えよう。

筋は、単純だがいささか厄介だ。ひとりの大学生が恋をする―― その後何が起ころうとも一度限りと決めた恋だった―― その相手はクラスメートで、ジャック・ケルアックに心酔し、作家もどきのだらしない生活を送るばかりで、個人の責任という意識はひとかけらもない女子学生。あるとき、彼女はかなり年上の、すばらしく洗練されたビジネスウーマンに出会う。このワームホールをつきぬけた彼女は、村上の描くシュールでありながらも人間性の感じられる世界の登場人物として読者を引きつけ、今は教師となった、この恋をあきらめきれない青年を巻き込んでいく。

彼女は、日本の町からヨーロッパへ、さらにギリシャの孤島へと移動して、やがて失踪する。わずかに残された痕跡は、彼女の運命の輪郭を暗示する、コンピュータに残された奇怪なできごとの記録と、自作の小説に書かれたいくつかの挿話だけであった。青年教師は、呼びだされて彼女の捜索に加わるのだが、彼自身も不気味で強烈な幻覚を体験して、すぐに帰国する―― そして、はるかな深宇宙と、軌道を描きつづけるスプートニクのかなたから、ようやく、愛した女を心の底から理解するのである。

ラブ・ストーリーであり、失踪小説であり、探偵小説でもあり―― すべてが哲学的ミステリーに包まれた―― 突き詰めれば、人間の欲望を深く内省した作品である。

2008
08/27
Wed

絶対的な存在を2度失う者と邂逅する者の物語

50.0% (1 / 2)
[No.79] posted by New JJ-K 72

絶対的な存在を持つ3人、言い換えれば、それを失えば完全なる孤独に陥る3人の物語。

「ミュウ」は25歳の時、絶対的な存在だった芸術(音楽)から捨てられ半身を失った女性。彼女は芸術(文学)を目指す17歳年下の若きすみれから彼女の芸術への想いを無意識に奪い、決して戻ることのない失った半身を取り戻そうとする。

「すみれ」は僕から深く愛され、求められているのを知りながら(文中のセリフから判断)、絶対的な存在を小説家になることからミュウへの恋と性欲と愛を貫くことへと変じる。

「僕」は不実な恋(不倫)で自らの精神(性欲)の均衡を図りながら、苦悩と共にこの世でただ一人の絶対者すみれを愛し抜く。

やがて3人はギリシャの島での出来事から、ある帰結へと導かれる。完全なる孤独を抱えてしまった人間の恋と性欲と愛の物語。村上さんのベスト作品ではなくとも、人間が抱える根源的な孤独と理不尽な恋と性欲と愛を深く考えさせられる稀有な価値ある小説です。

ミュウはすみれと(恐らく村上さんと)共にベートーヴェンの32曲のピアノソナタを音楽史上最も重要なピアノ曲とし、Wilhem Backhausの解釈を最も適切とした感性の持ち主ですが、絶対的な存在足り得るクラシック(音楽)と小説(本)は本書の裏の重要なファクターでもあり、「僕」と同様、本と音楽を絶対的な存在とし、絶対的な他者を喪失した人は深くシンクロせざるを得ない作品です。しかしそれは、決して負ではなく正(生)へのシンクロでした。

2008
06/09
Mon

実はシンプルに、孤独な愛の物語?

50.0% (1 / 2)
[No.78] posted by bu

結局、焦点は「僕」と「すみれ」の関係だったと思う。

この2人は、夜中に突然電話をしあえるぐらいの仲であり、
ある意味、恋人同士のような関係と言ってもいいぐらいだった
しかしながら、そこに性的な関係はない。(「僕」の片想いだった。)

でも、「僕」は、その「すみれ」を
地球の周りを交わることなく飛ぶ人工衛星(スプートニク)のように見守る・・
そして、まるで保護者のような愛を注ぐ。
(他にガールフレンドを作りながらも。)

そして、「すみれ」が行方不明になった時、
その思いは、より自覚的になる。
その後の出来事の描写(「にんじん」への告白など)が、
「僕」の中で、「すみれ」が不在になった時の虚無感を鮮明にしている。

『すみれは彼女にしかできないやり方で、ぼくをこの世界につなぎとめていた』


最後「すみれ」から電話がかかってくる、という結末はHappy Endだったけど、
その後、2人が交わるかどうかは、また別の話だ。
また、「すみれ」が消えた理由については、最後までわからないけど、
それも、ある意味、どうでもいい。

不在だったものが、存在になった。
『血のあとはもうない』
『僕らは同じ世界の同じ月を見ている』


2008
05/27
Tue

絶望的な切なさから感じる安心感

75.0% (3 / 4)
[No.77] posted by mshr_s

宇宙を漂う衛星のように完全なる孤独の空間に佇みながら、
果てしなく低い確率でありながらも お互いを感じながら同じ軌道を進む・・・。
どんなに接近しても、完全なる孤独の中にいる。
そんな絶望的な切なさを感じさせながら、相手を感じることができるだけで、
何もかもが繋がっていると感じられる安心感。

かけ離れた感情がうまく表現された小説でした。
読み終わったあと、放心状態になりました。

2008
04/23
Wed

現実を突き抜けろ

42.9% (3 / 7)
[No.76] posted by いぶし銀

読む前ただの恋愛小説だと思った。
違う。私自身に現実を超えた自己認識への疑問を問う作品となった。
でもジャンルわけなんてばからしくさせてくれる傑作。

新しい文体への挑戦だとか難しいことはわからない。
でもこの作品が多かれ少なかれ衝撃的であることは間違いがないと思う。

2008
04/15
Tue

まるで煙のように

50.0% (1 / 2)
[No.75] posted by 小口栞

キーワードは幾つか存在する。象徴と記号、不在、喪失など。ぼくとすみれとミュウ、だれもが喪失を抱えて生きている。本当に失ってしまったものは、何にも代替できない。オブラートに包むことはできても、ただ飲み込んで生きていくだけだ。喪失の味はじわじわと甘く広がる。
すみれが姿を<煙のよう>に消してから、物語は盛り上がりをみせる。とことん不在の意味を考えさせられた後、ふっと、<煙のように>現れる。これは現実なのか夢なのか、パッピーエンドなのかさえ、どうでもいいような心持ちになる。

2008
02/20
Wed

程よく現実的で程よく幻想的。僕に合う本。

66.7% (2 / 3)
[No.74] posted by jinya

 読んだら何となく得した気になった。描写に清潔感があり、程よく現実的で程よく幻想的なのが自分にあう。
 それにしても、すみれが消えていった世界が気になる。どこへ行ったのか?一度「ぼく」もその世界らしき空間に足を踏み入れるシーンがある。これが非常に幻想的でイメージを沸き立たせる。

2007
12/24
Mon

失われたもの、その代わりに帰ってきたもの

25.0% (1 / 4)
[No.73] posted by むくたろう

この小説は最後にすみれが帰ってきたという意味ではハッピーエンドなのだと思う。けれどもその代わりにミュウを失わなければならなかったという意味では捉え方は複雑になってしまう。個人的には悲しい終わり方だと感じた。天秤の一方が上がるためには一方は下がらなければならないのか?ただし主人公の「ぼく」はミュウの姿を脳裏に焼き付けてこれからも生きていく。そしてすみれの中にミュウは残る。この二人であればミュウを受け止めて生きていける。それがせめてもの救いだと思う。

2007
12/04
Tue

悲しく、悲しく、心がつまる

80.0% (4 / 5)
[No.72] posted by 稲刈り唄

孤独さが悲しくて仕方が無かった。この作品は現実の世界を描いていない。人間の生きている世界から、観念的な部分だけを取り出して物語にしたもの。そう思わないと、自分の中の片恋がむき出しになって、つらいのだ。けれど、意図的に目を背けて見ないようにしている感情のひとつを思い出させてくれて、今呼吸することの幅を確かに広げてくれる、優れた作品だと思う。

2007
06/17
Sun

類型的に思えるが、やっぱり読んでしまう

42.9% (3 / 7)
[No.71] posted by まる・ち

 また「村上春樹ワールド」にやって来た。新しい「スプートニクの恋人」ライドに乗った。
 日常的な何気ない風景の中を「ぼく」を乗せたライドはゆっくりと走り出した。小さなエピソードを重ねて、「ぼく」と友人、そして友人と対比するような人物が紹介される。友人は女性で、「ぼく」は確信に満ちた彼女の話の聞き役であって、あくまで良い友人だ。パスタを作って食べたり、ビールを飲む、何気ない日常と、たまに思い詰める友人の話しが語られる。友人と対比するかのごとく「ぼく」をめぐる性的な描写も登場する。またシーン毎に「村上春樹的比喩」が付いているのも特徴的だ。この比喩に遭遇するたびに、村上春樹ワールドに来ている自分が意識される。ライドはいくつかのエピソードを抜けて、ある「出来事」へと辿り着く。それは唐突なのだが、これまでのストーリーの中で密かだが確信を持って予感されていた。何か禍々しさを備え、いつものように死の匂いを感じさせる、そんな「出来事」である。ライドのスピードが増して、友人が待つはずの見知らぬ場所に「ぼく」は導かれる。それはほとんど宿命的であって「ぼく」は拒否することができない。
 見知らぬ場所に辿り着いた「ぼく」は友人の消息を知ろうとするが、その思いは叶わない。ただ見知らぬ土地で緩慢な日常ばかりが積み重なる。ある時、見失った友人との霊的な接触もあるが、それもつかの間、無力なままに時が過ぎていく。最後に「ぼく」は「出来事」から開放されて元の場所に戻っていく。「出来事」は解決していないが、大きな喪失感を抱え、それに慣れていってしまう自分に気づく。
 類型化してしまえば、典型的な村上春樹作品ではある。しかし僕は、このワールドに新しいライドが出来るたびに、確認のために乗り込むに違いない。

2007
06/06
Wed

単純にいい

54.5% (6 / 11)
[No.70] posted by IORI

村上春樹さんの本を読むのは「ノルウェイの森」に次いで2作目ですがノルウェイではこの村上さんは非常にナルシズムの強い人なんだなとおもった。このスプートニクでもそれは思いましたね。それは海外の小説や音楽、そしてしぐさ。そんなことから(今さらいうのも変ですが)物語の登場人物は日本人を中心として登場しますが、主人公のすみれにしても「ぼく」にしてもミュウにしても完全に外国人って感じ。それはノルウェイもそうだったのだが。だから本当にピュアな若い女性作家が書くみたいなのとでは180度違う恋愛小説です。村上さんの表現の仕方は非常に比喩的で頭を振り絞らなくてはならないですが、その表現の仕方も至って真面目に感じさせてしまうコトが素晴らしいです。


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