- [著]大崎 善生
- カテゴリ:
- 文庫 (352頁)
- ISBN:
- 4062737388
- 発売元:
- 講談社 (2003/05)
- 価格:
- ¥ 620 (税込)
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通勤バスの中で激泣きした
通勤バスの中で読んでいて涙が止まらなくなって困った。
子供の頃。歌手になりたかったり、作家になりたかったり、会社員なら社長になりたかったりする。しかし、多くの人は人生のどこかで、才能や努力の限界点を悟り、それ以上の努力をしても、目標に届かないことを自覚するときがくる。子供時代の夢をかなえる人なんて、ほとんどいない。
問題は、どこで見切りをつけるかだ。プロの将棋指しを目指すということは、目標がとても限定されているだけに、達成できなかったときの無惨な状態は、とんでもない挫折なのであろう。自分自身の存在意義を全部否定されることになるからだ。これは、普通の社会人と比較にならないほどの挫折かもしれない。
筆者は、天才だけをぎっしりと集めたプロ将棋の養成機関の世界で、彼が、無惨に淘汰されてゆく過程とその後を、30年の歳月を経て追跡した。このルポを書きたいがために、将棋雑誌編集長を辞して、無職となって、ずっと気になっていた同郷の将棋の天才少年の人生を、追うのだ。
いわば、書き手もこのルポに命を賭けているので、この本がつまらないはずがない。ぎりぎりのところで攻め続けてゆく、とてつもない緊張感は、まるで将棋の勝負そのものだ。
彼が追跡した天才少年は、プロの養成機関である『奨励会』に入会するが、プロにはなれなかった。彼の将棋に人生の全部を注いでくれた母に、そのことを告げる日がやってきた。癌で死期が迫る母親に、それを告げる彼。
この告白の場面で、俺はバスの中で泣いた。
それからの彼がどう生きているのか。小説なら、その場面で終わりだろうが、現実は、その後も続く。
『奨励会』をやめてからの破滅的なその後の彼の人生。彼のことを、俺は笑えるだろうか。プロ棋士になれなかった彼の才能を、天才の中では輝くことができなかった彼の人生を、無惨なり!と断言できるだろうか。
そんなことは決してできない。
この筆者には、夭折した超天才棋士・村山聖八段を描いたルポ『聖(さとし)の青春 (講談社文庫)』もある。こちらの方も、病魔に没した一流棋士を描いた優れた作品なのだが、個人的な情念を込めた『将棋の子』は、読後に異様な高揚感をもたらす神憑かりなできばえのノンフィクションなのである。
夢破れて去る姿に胸があつくなる
「がんばってもうまくいかなかったら、努力が無駄になるな」と思って、おもいきりがんばれないことってないでしょうか?そんな方をじんわり勇気付けてくれるのが「将棋の子」。
プロ棋士になるためには、10代で奨励会という組織に入り、将棋を学びます。プロになれれば棋士としの人生を歩むことができる。なれなければ、20代後半で将棋以外は知らない人として社会に放り出されてしまう。全力を尽くしても成功を手に入れられるかわからない。後先のことを考えず将棋1つに打ち込むからこそ、その反動で、プロになれなかった時道を外してしまう人も多い。「将棋の子」はプロになれなかった人の人生に焦点を当てます。
全力でひとつのものに打ち込む経験は、たとえその道で成功できなくても、その後の人生において大きな自信になる。かけた時間と気持ちの分だけ自信は深いものになる。猪木の名言「この道を行けばどうなるものか・・・迷わず進め、行けばわかるさ」、とはまさにその通りだと思います。
スポーツドキュメンタリーでよくありそうな話と思われる方もいるでしょう。スポーツはさわやかでかっこいい。異性にもてることも多い。将棋は注目されることも、もてることもない。そんな地味な競技に打ち込む若者には、スポーツ選手にない純粋さがある。だれのためでもなく、自分のためだけに将棋をさす。純粋にがんばり、でも思いかなわず、将棋の世界を去る、そんな姿に勇気付けられました。
愛は奪わないのかもしれない
あふれんばかりの暖かさ
他者への優しき視線
決して憐憫ではなく、自己愛とも違う
共感とはこういう気持ちなのではないかと思います。
素晴らしい、本当に素晴らしい作品です。
拙文を見ていただいた方には、、
是非この気持ちを、共感してもらえれば嬉しいです。
プロになった者 なれなかった者
将棋の世界は過酷です
26歳までに四段になれなかったものは退会します
プロになった者となれなかった者の差はないと言えます
あるのは運でしょうか
成田英二の話がメインです
彼は北海道では無敵でした
上京してプロをめざしますが三段になったところで停滞します
結局はプロにはなれずに北海道に戻ります
学歴も無ければ資格も無い
成田は社会のどん底に落ちます
しかしそこから這い上がって来ます
作者の大崎善生の視線が暖かい
プロになれなくても応援する人がいるというだけで救われます
自分の人生であっても
一体人はどれだけ自分の力で、意思で、生きていけるものなのだろうか?
本書を読むと、ふとそんな事を考えさせられる。
将棋史上最強と云われる「羽生世代」に飲み込まれ、夢破れていったあまたの奨励会会員達・・・彼らが「羽生世代」とぶつかってしまったのは、自らの意思などでは無論なく、ただのめぐり合わせにしか過ぎないのだ。しかしそれが人生を左右してしまう。
同じような事は将棋界以外にも、例えば野球の「松坂世代」の影で日の目を見ずに埋もれてしまった選手もいるはずである。我々の日常でも受験や就職、そして出世等々、似た様なシュチエーションはあるだろう。
夢破れ、将棋を捨てる者、将棋の世界に別の形で係わる者、そして落ちて行く者・・・しかしどの登場人物にも、著者の視線は温かい。
「こっち将棋大好きだもん。羽生と戦ったのはこっちの誇りだよ」主人公・成田のこの言葉には、涙が出て仕方がなかった。
人生って怖いものですな。
むぉ。大崎節。
将棋は全くわからんけど、でも全然熱中した。
一途に夢を目指してた人がその夢を諦めねばならない境遇に陥る、
それがどゆことなのか・・・
一部でしかないんだろけどそれを感じ、
それは初めて感じる部類の苦しみ・痛みで。
登場人物全員の必死さがなんとも言い難い。
読んで良かた。
生きるって怖い。
何度読んでも感動させられる書です
この本を読むのは三回目になります。
何度読んでも大崎善生さんの奨励会員への温かい眼差しが感じられ、その壮絶な闘いの後に敗れて去っていった若者達の悔しい思いや挫折感に胸が痛みます。奨励会員は皆、神童・天才と呼ばれ、選ばれた者であったわけですが、その天才同士がしのぎを削る中で、運と不運の紙一重の差によって選別されていく過酷さは、また勝負の厳しさ、非情さを読者に嫌がおうでも突きつけてきます。
当方も将棋世界や将棋マガジンを愛読し、参段の認定を頂きましたので、この奨励会の厳しさは知識として知っています。ただ、小さい頃からの夢を年齢制限によって諦めることを余儀なくされた若者達のその後の姿は知る術もなく、本書はそういった影の部分に光を当て、彼らのガンバリや生き様を通して、人間の素晴らしさを問うている書物だとも言えましょう。厳しい悲惨な状況を描いたノンフィクションですが、著者の温かい視点が読者へ救いを与えています。
挫折したとは言え、奨励会にいた、ハブゼンと闘った、ということを誇りに感じながら、ドロップアウトしていた成田英二が次なる目標に向けて立ち上がっていくのもまた将棋でした。成田のエピソードもそうですが、「将棋の子」というタイトルは秀逸で、彼らの一人一人はまさしく「将棋の」申し「子」であったわけです。エピローグには救いが感じられました。
『聖と青春』も涙無くては読めない物語ですが、この『将棋の子』も同様です。名著と言えましょう。
泣けてしょうがない
いや、すいません。レビューじゃないです。
子供たちの一人一人に対する大崎氏の愛情が感じられて、同じ気持ちになってしまい1章ごとに涙があふれてしょうがありません。
勢いで、「聖(さとし)の青春」も速攻で購入しました。
こっちも泣けました。妻があきれてます。
申し訳ない。
プロの将棋棋士を目指して
平成13年度 第23回 講談社ノンフィクション賞受賞作
大崎さんの作品は村山聖さんを描いた『聖の青春』以来
2作目となります。
この本は、面白くはありません。
成田英二さんを中心に奨励会を退会した数人のことが
書かれています。
将棋が大好きな著者・大崎さんから見れば夢を追いかける
成田さんは、選ばれた人間です。
奨励会を退会するとき連盟から一組の駒が送られるそうです。
羽生さんに 0勝4敗・・・成田さんのvs羽生戦の戦績です。
退会後、成田さんに再会した大崎さんは彼にとって羽生さんは
誇りであることを知ります。
成田さんが常に肌身離さず持っているもの・・・それは
連盟からもらった将棋の駒と森昌子のブロマイド
彼の人生に勇気と力をあたえているものです。
この本には、あるひとつの人生が書かれています。
家族がみな彼を応援し故郷・北海道を捨て
将棋のプロを夢見て挫折していった現実が描かれています。
それでも、成田英二さんは
将棋をしてきて良かったと言います。
この本を読み終えて、読んでよかったと思っています。
盤上の戦士たち
一気に読了。ショッキングな内容でした。棋士になるということが、ここまで大変なことだとは知りませんでした。音楽家や画家になることも同じように大変なことでしょうが、彼らはその技術を切り売りすれば、まあつぶしがきかないわけでもない(もちろんその気になりさえすればの話ですが)。 ところが、将棋をさす、という事は、何かを生産する、ということにはつながらないので、まさに挫折した人間には一般の世界への門はほとんど開かれていないわけです。しかも、義務教育を終えた時点で、プロになるために許された時間はわずか10年。高校にも行かず、世間の事は何も学ばずに打ち込んできても、その努力が報われる確率の方が低い−。それでも彼らは挑戦する。本当にすごいなあと思いました。
私たちが普段テレビなどで目にするのは、この苦しみを経てプロになった人たちの姿−和服を着てもの静かに座っている−だけなので、その影で繰り広げられている人間のドラマを教えてくれるこういう記録は貴重です。 大崎氏は小説も書く人なので、本書の中に出てくるたくさんの棋士達のエピソードが、まるで自分が体験したかのように、その心理描写まで詳しく書かれています。ノンフィクションとして、こういうのはいいのかどうか分かりませんが、臨場感はすごいものがありました。
