- [著]村上 春樹
- カテゴリ:
- 文庫 (293頁)
- ISBN:
- 406274869X
- 発売元:
- 講談社 (2004/09/15)
- 価格:
- ¥ 540 (税込)
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心が動きました
心が動きました。
純愛の物語と言うよりも、喪失の物語と言えると思います。
物語を通じて緑の存在が救いです。
緑の生命力が、主人公・僕の生きる力になっていると思います。
本当に大きな喪失は、時間と共に解決していくしかない。
どんなに心にポッカリと穴が開いても、記憶はいつか遠ざかっていきます。
記憶が遠ざかっていく事実におののきながらも、人は生きていける。
ポッカリと開いた穴に飲み込まれないように支えてくれる存在がいてくれること。
こんなに素敵なことはないと思います。
80年代からの不良文学
80年代発売当時「ハードカバー」にて購入したが、
捨て本と化した。程度の低い本である。若年層の精神レベルを
馬鹿にしたような不遜な本である。
本書は本当に「恋愛小説」なのだろうか?
ノルウェイの森は はたして 恋愛小説なのだろうか?
本書のコピーは「100%の恋愛小説です」というものだ。このコピー自体も村上が作ったことは有名だ。僕らはは 本書を恋愛小説として認識し、恋愛小説として読んだわけだが 一歩引いてみて いったい本書は本当に恋愛小説なのか 今ではよく分からない。
今振り返ってみると 本書では本当に人が死んでいく。死んでいく理由も恋愛が原因では全くない。一人一人が 自分の中に「地獄」を抱え、その「地獄」の為に滅んでいく話だと言っても良い。
そのような中で 生きている間は肩を寄せ合って生きていく姿には今なお感銘を受けるが 果たして その姿が「恋愛」なのだろうかと考えてしまうからだ。
本書であまた語られる「恋愛」の中で 一番 生気があるのは おそらく「僕」と「緑」との恋愛だろう。本書の中で唯一「死の匂いがしない」登場人物は緑だが 彼女と「僕」との恋愛は生き生きしている。
但し 村上は その「恋愛」ですら 最後の場面で 結末を放り出している。その結末と 本書の冒頭の飛行機の場面を重ねると 既に 不吉な雰囲気が色濃いのだ。
本当に 本書は「恋愛小説」なのだろうか?もし そうだとしたら それでは「恋愛小説」とはいったい 何なのだろうか?
フランス人監督が日本で映画化
するらしいですね。多くの春樹ファンは嫌がるでしょうが僕は期待しています。
僕は(このレビューを書いている今)十代ですが、村上春樹にはノルウェイから入りました。この本が「ただの恋愛小説」なら星五つつけるわけがないわけで、いわゆる「恋愛」を扱った小説ではあるけれど、その主題は別のところに置かれているように思います。もちろん恋愛の本質は捉えられていて、「恋愛というのは人間の感情でしかなく、そこには教養こそあれ幸せは存在し得ない」という姿勢を提示しています。しかし、この小説が素晴らしい理由はそれだけではなく、あくまで「娯楽小説」である点、ではないかと。主人公である「僕」は現実には絶対に存在しないタイプの人間として描かれているし、周りの人々も一般社会から見れば変な人ばかりで、ファンタジーとしての「ノルウェイの森」を際立たせています。
あまりに若いうちに読んで世界観に共鳴し過ぎるのもマズイし、かといって年をとってから読むにはクサ過ぎる、そんな小説。小説を小説として考えられる人には面白い作品なのでオススメです。
どこがいいのかわかりません
どこがいいのかわかりません。
話の展開は御都合主義ですし、構成力の無さには呆れます。
村上氏のいつもの文章のきらめきもありません。
いったい何が言いたかったのか、
とにかく読むだけ時間の無駄だと思います。
軽薄な世相につきつけるホンモノのラブストーリー
ブームはとうの昔に過ぎ去ったいま、この名作を読んだ。
読み終えた翌日の朝、息を吸うたびに、この本の世界に引き込まれるのを感じた。
矛盾だらけの世の中で、誠実さを貫き通すのは難しい。
そんな中で、主人公のワタナベ君は孤独を選び、親友たちは死を選んだ。
その彼らが恋愛する。その愛の形は不器用だ。
でも、とてつもなく「切ない」そして「うつくしい」。
ハデハデしい描写は一切ない。文章だってケレンミない。
でも、生きることの辛さ、生き抜くことの大切さを、静かに深く訴えかけるのだ。
いまは軽薄な世の中だ。改行だらけスカスカの恋愛小説が好まれている。
メディアミックスとかなんとかで、売れればいいという発想が蔓延している。
そんな世相にあって、「これはホンモノ。ホンモノはすごい!」と叫びたくなる一冊。
PS.ヒロインの緑が魅力的。いままで読んだ本の中で一番惹かれる女性だ。
描写が好き
買って、届いたその日に読んじゃいました。
途中まで読みながら「この印象、どこかで記憶がある…。そうだ、東京ラブストーリーの読後感に似てるな?」と
思いながら読んでいましたが、最後はそうじゃなかった。
フィクションなんだから、直子さんが理想的な美しい肉体に変貌したり、後にも先にも一回きりしかその気になれ
なかったり、直子さんの両親がこともあろうに娘二人に先立たれたり、あり得ないような突飛さがあっても、それ
は仕方がない。この物語の上では重要なポイントなんだなあ、ギリギリセーフ!という感じ。
でも、結末を焦るでもなく、必要なプロセスを丁寧に踏んで(時々結末近くで妙に焦っている小説に出会うことが
ある)、そこへ到達しましたか、納得、で読み終えることができました。
それと、青春時代ならではの物の見え方、考え方が、とても丁寧に描写されているところが気に入りました。
精練。
前半と異なり、主人公の行動が漸く道理に近付く。
馥郁とした青春の臭みと、情景と、その描写が精緻になり、目視し辛い部分が巧みに示されて来る。
ストーリー自体は何てことのないものなのだが、全体を通して、主人公の内情も、周辺の装置も、作者の表現もが、段々と素敵なものへ研かれて行っている感がある。
上巻だけで倦み諦めず、下巻まで読む方が、何倍も好い。
描写の外の暗黒
上巻のレヴューにも書いたが、この作品は「60年代の青春」の感性、倫理、理想から離れることを拒絶した人間の物語だと思う。ワタナベくんよりも直子のほうが村上春樹に近い人物なのではないか。
とにかく「上手い」の一語に尽きる小説だ。精妙に編まれていながら、縫い痕がすこしも見えない。とくに「小林緑」というキャラクターの描写はすばらしい。彼女の破天荒な生気が作品を活気付けている。
ただリアリズム風の手法には限界もあると思う。中村真一郎がかつて「ボヴァリー夫人はなぜ最後にああいう行為をしたか。それはフローベールの認識の外の暗黒に原因がある。それを解くには埴谷雄高の「虚体」概念の方が有効かもしれない。」と語ったが、この作品にも同じことが言える。直子の苦しみと最後の決断は、リアリズム風の手法では描ききれない。
いや正確にはこの作品は写実主義というよりも「失われた時を求めて」と同じく、深い内面を追想して行く物語なのだが、それでも直子の根本的な性格と動機、キズキという少年の性格(ライ麦畑の少年に似ているようにもみえる)と直子との関係などは最後まで不明確なのだ。
桜の腐臭
この作品を読み終わって思ったことは、主人公の
苦しみを自分がすべて受け取ったら即死してしまうだろう
ということだった。
