- [著]村上 春樹
- カテゴリ:
- 文庫 (183頁)
- ISBN:
- 4062749114
- 発売元:
- 講談社 (2004/11)
- 価格:
- ¥ 420 (税込)
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中身のある宝石箱
「風の歌を聴け」が中身の無い宝石箱だとするなら、
「1973年のピンボール」は中身のある宝石箱。
キラキラとした文章は素敵であこがれます。
箱の中身は時の流れの確かさと、自分の感覚の不確かさとでも言いましょうか。
前作にも増して読む価値があると思います。
但し前作を読んでから読むべきだという気が多少はしますが。
世界喪失の歌
この作品からハッキリとリアリズムの手法を捨てている。
双子も電話修理人も現実感が無い。双子は耳の美しい女性、電話屋は羊男と雰囲気が似ている。どれも鏡には映らない主人公の空想上の人物。とくに双子はイマジナリー・フレンド(幼い子供が持つ空想的な友達。一緒にベッドで寝てくれたり遊び相手になったりする)というものだろう。村上春樹は自作の解説を、登場人物が読んでいる本で暗示することが多い。この作品では「純粋理性批判」だ。認識論上の模写説を否定し、構成説を主張した論文である。人間が五感で感じるものを正確に書けば「真実」の表現になるという写実主義の哲学的根拠が模写説だ。現代文学の旗手達はこれを捨てた。志賀直哉風の写実では、自分の生の全貌を表現できないことが分かったからだ。で、一種の構成説(やマッハのセンスデータ論やベルクソンの説)に立って小説が書かれてきた。
配電盤もピンボールも双子も、複雑になった生の現実を再構成するためのカテゴリーのようなものだ。メタファーという言葉のほうが文学上はピッタリする。何のメタファーかをここで書くのは無粋だろう。
この作品の基調は、葬送のムードだ。1973年なんて来るとは思わなかった、と主人公が言っているが、世界から意味が失われバラバラになっていく雰囲気が伝わってくる。前精神病的な雰囲気といってもよい。黄泉の国のピンボールの死体達が、次の「羊を..」の空欄に出てくる電信柱の葬儀会場を案内する手のマークに連結するのだ。「羊」ではいよいよ自己の「影」が首を吊ってしまう。
空が晴れて澄み渡る秋の午後に読みたい
初期3部作の2作目。
昼休みにペットショップで猫と遊びたくなり、スタン・ゲッツを聴きながら
仕事したくなり、家の中で配電盤を探したくなり、ペニー・レインをサビ抜きで
口ずさみたくなり、純粋理性批判が読みたくなり、夕方のゴルフ場に行きたくなり、
ピンボールがしたくなり、そして双子の女の子と暮らしたくなる、そんな話。
鼠の話しが印象的だった
「風の歌を聴け」の続編ではあるが、前作を読まなければ本作が分からないという分けではない。
文章は非常に読みやすいが非常に難解だ。僕と鼠の2人の物語が交互して書かれる。個人的には今に苦しみ抜け出そうとする鼠の話しが印象的だった。
ミントガムのような作品
「風の・・」の次に読むといいとの意見が多いですが、まったくそのとおりと感じた。
「風の・・」も「1973年の・・」も物語はシュールであるが、
私には感覚的に共感できる部分があり(あるいは錯覚かもしれないけど)、楽しく読めた。
全体的にシュールな内容なのだが、そこから何かを「感じれる人」は感じ取って欲しいと・・作者が材料を提示してくれているような気がした。
爽やかな、でもほろ苦いミントガムを噛んでいるような作品だと思う。
「きばり」がかなりほぐれたデビュー二作目
今から15年ほど前のこと。
「ノルウェイの森」に魅せられた私は、
この作家の長編小説をデビュー作から順に読み始めた。
デビュー作にして文学賞を受賞した「風の歌を聴け」の翌年に発表された
2作目の長編小説がこの「1973年のピンボール」だ。
「ノルウェイの森」の後で読んだデビュー作ではその「軽さ」に面食らったが、
「1973年の・・」では、その「ブッ飛び具合」に面食らったものだ。
登場人物はデビュー作を踏襲するものの、作品の質は全く違う。
ピンボールへの偏執、双子の姉妹との共同生活、配電盤の葬儀など、
一見何の脈略もない複数の話題が続いていく。
文体は相変わらず読みやすいものの、内容はシュールで難解だ。
それらは単に意味のない話の寄せ集めなのか?それとも深い意味があるのか?
答えは未だに見つかっていないが、
当時20代半ばの私の感性には、なぜか訴えるものがあった。
ただし、誰の感性にも訴えるかと言うと、それはありえない。
多くの人にはこのわけの判らない小説は、ゴミ同然かもしれないが、
残念ながらそれは読んでみないと判らない。
今現在冷静に振り返ってみると、
デビュー作に感じられた作者の「意地」や「きばり」が、
良い意味でほぐれてきているようにも思える。
デビュー作は、そこかしこに独特の表現を散りばめながら、
全体として「普通の青春小説」として成り立つようにも努めていた。
そのデビュー作が評価されて安心したのか、
二作目は「作家本来のやりたいこと」が、より強烈に表現されている。
偏愛している作品
デビュー作 風の歌をきけ と 大作 羊をめぐる冒険の合間の作品で わりと地味とという
評価が多い。
話としては双子の登場、ピンボールを巡る 幾分シュールな展開もあり その後の村上春樹の世界を
強く予感させる作品だ。いくつかの挿話は 結局答えが出てこないまま終わっていく。その辺のもどかしさも 既に村上らしい仕立てになっている。
但し叙情性に満ちている。特に 冒頭の井戸掘りの話からはじまり 最後は11月の雨で終わる本作は いたるところに水のイメージに満ち溢れている。その鮮烈さも捨てがたい魅力だ。
そうして これが重要だと思うが 前期村上春樹の一大命題である「直子」という女性が 本作には登場している。その悲劇性は既に ノルウェイの森の「直子」を予告するものになっている。
三部作の真中は 何でも難しいわけだが 個人的には 極めて好きな作品だ。
この殺伐感
「風の歌を聴け」から三年たった所謂初期の三部作の第二作である。主人公「僕」の変化を楽しむことがこの小説の面白さであろう。ピンボールへの向かい方は何かとても象徴的なものだ。文章全体に漂う殺伐感はまさに主人公の心情風景なのであろう。
村上春樹という作家の小説を読むと、この程度のことなら自分もかけるのではないかと錯覚を覚えてしまうが、これがなかなか手強くて、再読してみるとそこに書かれていることの深さを感じずにはいれない。日常を描くようでいて、まったくの物語をつくリ出しているところに気付いていきたい。
羊をめぐる冒険へ
シリーズ第二弾。
風の歌よりちょっとボリュームアップ。
羊をめぐる冒険から読んでしまったので、これからという方はぜひ
風の歌を聴けのあとに読んでいただきたい。
*作品紹介には三部作とあるが2007年現在は四部作。
1.風の歌を聴け2.1973年のピンボール3.羊をめぐる冒険4.ダンス.ダンス.ダンス
他の作品に比べると・・・
村上氏の他の作品と比較してしまうとどうしても見劣りしてしまった。巧みな文章力は初期の作品と言えど健在だが、文章の構成や、登場人物の心理描写に甘さを感じた。
しかし同じ初期の作品でも『風の歌を聴け』の方が断然楽しめたのはなぜだろうか。私は構成や心理描写の点で難があると感じたが、それは他の読者にとってはそうでないのかもしれない。読む人によっても違う捉え方ができるのも、村上氏の小説―私は特に他の作品においてそう思うが―の魅力なんだと思う。
