- [著]辺見 庸
- カテゴリ:
- 文庫 (278頁)
- ISBN:
- 4062752506
- 発売元:
- 講談社 (2005/11)
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意識の戦争(実時間に潜む悪への抵抗)に参戦できるか?
他著と同様に本書の著者の感性と言説に強く惹き付けられます。船井幸雄氏は副島隆彦氏との共著で現在の日本は戦争突入前の1930年代と相似だと指摘しましたが、それ以前に本著で辺見氏は
「時代と向き合う我々の目がどうも30年代に似ているのではないか。目が気だるい日常の内側に深く埋まってしまって視力を失い、他者のまなざしが持てなくなってしまった。その為に日常がいつの間にか孕んでしまった危機を見通すことができなくなってはいないか。そうした意味での危機感の無さ、実時間にあって変化を感得し感知することへの鈍さということにおいて、30年代と似ているのではないか」と述べており、正に炯眼です。
2002〜2004年に掲載された原稿から本書は成りますが、今でも色褪せていません。以下の著者の言葉に感じ入るものがあれば、ぜひご一読下さい。
・日本と朝鮮半島との歴史を考える時、各列強の植民地史の中でもその支配の徹底ぶり、文化、言語、人権の破壊規模は猛烈で特殊です。だからこそ、「負の史料」としてこれらを真剣に学ばない手はない。惨憺たる過去を正視し、しっかりと学ぶこと。それが実時間の「いま」のまやかしを見抜く糸口にもなる。
・内閣官房やマスメディアの合作により形成された公憤は、9・11やアフガン報復攻撃、イラクへの大掛かりな攻撃準備といった戦争モードの中で、この国の政治、思想、安全保障上の常識を一気に変える梃子に使われていきます。本来なら時間的に四半世紀はかかるだろうこの国の総反動化を、拉致問題を利用してたった1年ほどで達成したみたいなものです。
・米国は建国以来200回以上の対外出兵を繰り返し、数限りない他国の政権転覆工作に関わり、原爆投下を含むそれら歴史的軍事行動のどれについても国家的反省をしたことのない国で、米国こそが最大級の「ならずもの国家」なのです。しかしながら、人間とは錯覚の生き物なのですね。弱さよりも強さに理性を見てしまう。
「反対車線」の論理―嫌悪と憧憬と
私が10代後半から20代前半の頃、このような書物に邂逅したなら、本書にも登場する高橋和巳や吉本隆明などの著作と並んで、夜を徹して貪るように読んだかもしれない。しかし、どっぷりと“現実”に浸っている今、『抵抗論』等の作品を一瞥すれば、初めに「オイオイあんた、いい年して、なに青っぽいこと言っているんだよ。いつまで反対車線を走っているんだね」といった感懐が沸々と湧いてくる。
ただ、その“青っぽさ”が辺見庸の真骨頂であろうし、辺見のような文筆家と私のような生活者との、まさに分水嶺であろう。そして、機動隊に投げつけるコンクリート片を文字に変え、角材をペンに持ち替えたような辺見の才識には、ある意味で私は羨望や嫉妬、さらには懐旧の念さえ感じてしまう。多分、辺見と同年配の「団塊の世代」前後の人間も、嫌悪と憧憬のない交ぜとなった奇妙な感情に取りつかれるかもしれない。
さて、「抵抗三部作」の掉尾を飾る本書では、「新しい『マルスの歌』」(本文)に対する忌避の姿勢などについて、私は共感を覚える。また、当書では、辺見の国家観や憲法観なども披瀝している。先ず、国家観に関しては、私は佐伯啓思氏の所論に共鳴しており、大いに異論のあるところだが、ここでの反駁は避けたい。次に、現行憲法に対するスタンスであるけれども、単純な区分けをすれば、辺見は「護憲」の立場にある。
この憲法と自衛隊派兵の関連で触れておきたいのは、例えば、防衛「庁」の「省」昇格の件である。全く片腹痛しであって、外交も安全保障も米国に丸投げしているこの国に、「防衛(国防)省」(ついでに外務省)なんぞ必要あるまい。このまま対米隷従路線を堅持するならば、米国から与えられた現行憲法で十分であり、この文脈で私も「護憲」に与する。現行憲法の改正問題は、日本が真に「自立」するとき論議すれば良いのだ。
