- [著]堀井 憲一郎
- カテゴリ:
- 新書 (261頁)
- ISBN:
- 4062879476
- 発売元:
- 講談社 (2008/06/17)
- 価格:
- ¥ 777 (税込)
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江戸時代は現代の処方箋になるのか?
落語をテキストに江戸時代の生活と、それを支える思想を明らかにしていくことで、現代社会を相対化しようという試み。
「現代社会で大事にされている“個性”は、恋愛経験によってしか保証されていないのかもしれない」(p165)という指摘などは鋭い。
しかし前近代から近代を見て、病んでると批判するいうノリは、もはやありふれたものであり新味は感じられず。
「江戸時代の気分から見ると、いま、ふつうだとおもってることの多くが、実に特殊な、現代人だけにしか通用しない常識にのっとってることがわかってくる。」(あとがき)と言われても、そりゃそうでしょうねえとしか言えない。それはいつの時代だって同じことでは?
江戸時代は正しい、江戸時代に戻れ、とまで言い切るならそれはそれで面白いが、そんなことは言えるはずもなく、「ちょっと江戸の気分になってみると、少し楽になるかも」ということで、腰の引けた結論しか出ず。
細かいギャグもあまり笑えなかった。
お見事
堀井憲一郎さんというと剽軽なコラムニストというイメージがあったのですが(私はこの軽い感じが大好きです)、この本は相当の出来です。
私も大の落語好きを自認していますが、とても勝てません。江戸落語と上方落語の双方にこれだけ通じている人はそうはいないでしょう。京都出身ということもあるのでしょうね。私の知らない上方落語も数多く取り上げられていました。
江戸時代の時間感覚、距離感覚、金銭感覚、対人関係、死生観などをよく描いています。落語を聞いていて、不思議に思うことに見事に答えてくれたという感じです。
ただし、相当な落語オタクでないと、この本のよさは分からないと思います。「落語は本質的に生で聴くもの。先代の文楽をテープで聞くと、甲高い声で早口でまくしたてるのが耳につく」といった感想は、私もまったく同感です。私も文楽が本当に「名人だったのかな」と思ったのですが、生で聴いていたら、またその迫力もあったのでしょうね。
これからも“ずんずん”落語のことを書いてください。
ようやく、堀井さんらしい落語の本が出た、とうれしく思うばかり。かの談春も驚くほど、
生の落語に数多く接している人であり、限りなく日本一に近いはず。寄席、落語会を含め
年平均で1日1回を越えるレベルの方は、そうはいない。たしかに、落語会でよ〜くお見かけ
します。実際に東京日本橋から京都三条大橋まで歩いた経験を踏まえた説得力のある内容
(第二章「昼と夜とで時間はちがう」や第七章「みんな走るように歩いている」など)や、
「子ほめ」を題材にして満年齢と数え年の違いを明確に説きながら、地域社会と個人の関わり
の問題まで提起している第一章など、なかなかの筆の冴え。また、太陰暦を捨てた現代人が
惨めに思えるような第十五章「三十日には月はでない」も素晴らしい。
かつてポッドキャストで「米朝を聞いて育った」と発言していた通り、随所に米朝賛歌が
ちりばめられているところも微笑ましく、好感が持てます。米朝と枝雀、そして志ん朝の
三名人への評価は、まったく同感。本書は巻末の推奨図書や演目別のCD紹介までを含め、
(1)落語入門
(2)落語名作ガイド
(3)落語に学ぶ江戸庶民の知恵、
といった盛りだくさんな内容を含んでいます。しかも、非常に読みやすく分かりやすい。
特に若い落語ファンにお奨めします。
今日の落語に関する語り部では第一人者であろう著者の今後への期待も込めて星五つ!
落語の時代の生き方
落語で描かれている近代以前の世界を噺家風に解説しながら、現代人の暮らし方のヘンさを指摘していく本です(だから変えるべきだ、とは著者はあまり強くは言いませんが)。多種多様な落語の筋書きやセリフや、現代の落語家の見識を紹介しつつ講釈が行われますので、落語好きにはむろん非常に楽しいですが、けれど初心者でもまあ、そこそこ楽しめるのではないでしょうか。世界観から入る落語入門、って感じで、です。
総じて言えば、「死」から遠ざかり自分の「個性」をやたらと大事にする現代人の感性の相対化、というスタンスが一貫してあるんじゃないかと思いました。誰もが生きることに精一杯だった時代、死んだ人のことはどんどん忘れていかないと、生きていくのが大変でした。かつては、正月にみな同時に一つづつ年をとり、個人の誕生日なんてどうでもよかったのです。名前は個人のものではなく、共同体における当人の役割を指し示すものだし、その共同体を上手く経営していくためには、時に誰かが「いけにえ」にならないといけませんでした。結婚は個人の意思でするのではなく、世間でまともに暮らすためにとりあえずする必要があったし、恋愛は金と暇があるごくごく一部の人間のみが趣味で行うものでした。左利きだからといって、左利き用の刀など用意されていません。とにかく、大勢のルールには盲目的に従うのがスジだった。それはそれは厳しい生活だったでしょうが、「個性的」に生き「恋愛」してなきゃ豊かな人生を送っていないように思われがちな現代も、これはこれで厳しいものです。
その他、江戸時代の金銭感覚や、「歩く」ことの意味、相撲の見世物性やイカサマすれすれの見世物の魅力、そして月の文化の素晴らしさや酒の飲み方の今昔など、色々と勉強になって、よかったです。落語で「勉強」するというのは、何か違うような気もしますが。
今年のベスト10上位決定!
うん、これは今年読んだ本のなかでもなかなか感心した一冊。(今年のベストテン上位決定!)
まあ感心したというか、オレが普段からなんとなく思っていることをちゃんと言葉にしてくれている快感というかなんというか。
着想自体がまず非凡ですし、結構本質的な問題をこういう風にちょっとおちゃらけて書くというのは才能がある証拠。
しかも、たぶんもっとも寄席や落語会に足を運んでいる人間のひとりだし(と、ホリイ本人が週刊文春に書いていた)、実際、東海道五十三次を歩いてみたりと、なかなか説得力あり。
落語にはなしを限定すると、このヒトはぼくより二つ年下なんですが、仁鶴で落語の面白さを知り、米朝で落語を勉強(?)し、枝雀が大好きといったあたりがぼくの体験とすごくシンクロしていて、センスが合うというか、このヒトの噺家に対する評価等、参考になることが多いですね。
とりあえず、一番ワロタのは『算段の平兵衛』の項の「それにしてもなぜ桂文珍は桂米朝ネタをそのまんま演じてCDにしてるんだろう。何枚も聞いたのだが、何の意味があるのか私にはよくわからない。」というくだり。(文珍ファンのヒトがいたらごめんなさい)
うれしかったのは、『代書屋』の項の「いま、ライブで見ないといけない噺家は、東西を通して桂春団治にとどめをさすとおもう。見てると惚れます。」というくだり。
落語を題材にした文明批評の力作
落語を題材にした文明批評。「死んだやつのことは忘れる」「相撲は巨大人の見世物」「恋愛は趣味でしかない」……。さまざまな落語を引用しながら、「落語の世界」の価値観を抽出し、逆に「死者は忘れてはなら」ず、「相撲はスポーツ」で「恋愛は人生に不可欠」だと考える現代社会の奇妙さをあぶりだしている。
著者自身が「知ってる人にとってはすごくあたりまえのことを、懸命に説明しつづけたばかりだなあ」と書いているように、これらの指摘はさほど珍しいものではないかもしれない。学問的に厳密なことを言えば、落語だって江戸から明治まで成立時期が様々なのだから統一した価値観を抽出できるのかといった批判も可能かもしれない。だが堀井氏の軽妙な文章が読んでいて心地よく、すごく面白かった。講談社のPR誌への連載時から読んでいたが、新たに細かい活字でびっしり組まれたブックガイドと落語CDガイドが付いた。手抜きの新書本があふれているのに、著者がすごく力を入れていることがわかって好ましい。
