- [著]司馬 遼太郎
- カテゴリ:
- 文庫 (476頁)
- ISBN:
- 4101152365
- 発売元:
- 新潮社 (1989/04)
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アメリカ文明論
昭和60年頃に読売新聞に連載された司馬遼太郎のエッセイである。
新聞社の依頼で初めて米国へ行った旅行記であるが、「司馬遼太郎のアメリカ論」になっているところが、きわだっていた。
25年前の旅行記だったので、時代遅れでつまらないのではないかとおそるおそるという感じで読みはじめたが、そんなことはなくてたいへん面白かった。
司馬遼太郎の筆力はたいしたもので、少し前の時代の映画を観ているような臨場感がある
アメリカの風景を映した映画を観ながら(観るようにして)、司馬遼太郎のアメリカ文明論を聞くのは楽しい。
日本や、アジアについては詳しいし、もちろん旅行も何度もしている司馬遼太郎であるが、ことアメリカに関してはまっさらの状態だった。
と、彼自身が書いているとおり、1回目の旅行記はおずおずとした雰囲気から始まった。
司馬遼太郎は、楽しげに軽やかに旅を重ねながらもアメリカというモノをしっかりと観察をし、旅行が終わる頃には「アメリカ文明」についてしっかりした枠組みをこしらえて、読者に見せている。
「アメリカ素描」には2回の旅行記が収録されているが、2回目の旅は司馬の仮説「アメリカ文明」を検証するスタンスで書かれているように思った。
「アメリカ文明」と打って出たところが面白い。
ええ?アメリカ文明かよ、でしょう? たかだか300年の歴史しかない国について、これを文明と定義している。
私は若い頃に森有正に夢中になっていた時代があったが、彼が欧州文明に押しつぶされそうになりながら書きあげた悲痛な欧州文明論とは対照的である。
文明の国での文化探訪
普遍性をもつ文明の一枚皮でできた人工の国アメリカに対する司馬遼太郎の文化探訪。
契約でできた人工の国アメリカに司馬がいった2年後にアメリカに法律を学びに行ったが、その時のアメリカ感はアメリカ人は歴史に憧れているという印象であったが、本書を読むとその感覚はむしろ文化に対するものではないかという事がわかった。
ただし本書でも繰り返し述べられている様にアメリカの凄さは、その文明のあり様が十年単位ぐらいで変わっていくことだ。現在のアメリカは司馬が見たものと変わっているだろうし、同時多発テロ後ではさらに変わってしまっているだろう。しかし、司馬がこころみた様にアメリカを白地図にものを考える作業はいつの時代には必要な事で、そのよき手助けになる本である。
アメリカの文明と文化をめぐる、司馬遼太郎の意欲作。
司馬遼太郎はフィクションを作る小説家であるので、彼の史学者としての専門的な能力については、その文才ほどではないというところがあるのは周知の事実である。
むしろ彼が長けていたのは、史実の隙間にフィクションの可能性を見つけ、それを再構成する能力であるように思える。
アメリカの西海岸と東海岸をたったの40日間だけ見て回った彼は、アメリカという舞台でそれを試み、それなりにアメリカの本質らしきフィクションを抉り出すことに成功している。
両海岸地域しか訪れていないために、極めて薄っぺらな本質ではあるが。
アメリカの文明と文化をめぐる、司馬遼太郎の意欲作。
一つの文明論・国家論・文化論として読むと中々興味深いだろう。
アメリカを鏡にして日本を考えさせる本
アメリカを挑戦的な男の世界だとすれば、日本は身を守ろうとする女の世界だとは、昔から多くの人が指摘してきたことだ。作家の司馬遼太郎はアメリカと日本を比較するに際して、文明と文化のいずれを主軸にするかで考え、『文明はたれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なものを指すのに対して、文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまり普遍的なものでない』という観点から、移民を受け入れる多民族国家のアメリカと、排他的な国粋主義の日本の差をアメリカで実感している。そして、『人間は体力が衰えると、カイコがマユの中に入るように自分の文化にくるみたくなる』と考察し、日本の民族主義や国粋主義の伏流について危惧する。20年以上も前に書かれたこの本は、小泉や安倍が政治の舵を握ってしまい、民族主義の狂気が燃え盛っている現在の日本に対して、その恐れを危惧した予言が的中しているという点で、いささかも新鮮味を失っていない点で感動的でさえある。多くの日本人に先人の知恵を理解するために、是非とも読むように推薦したいだけでなく、過去に読んだ人には再読することを勧めたい。
白地図に絵の具が落とされてゆく面白さ。
この本はお勧めです。日本史、東南アジアの歴史が得意と思われる著者が、アメリカという国を「わかろう」と試みた作品です。このことは前書きに書かれていて、アメリカに行ってくれといわれて困った様子からはじめられています。アメリカは白地図であると。この作品の面白さは、著者が白地図に色をつけてゆく過程を味わえる楽しさであり、知的興奮にあります。韓国移民、ベトナム移民、WASPとアメリカという広大な文明が懐に抱いている文化と比較しながらじっくりと発酵させてゆくように論じられています。前半はカルフォルニア。後半は東部に回って、フィラデルフェア、ニューヨークの黒人文化。日露戦争のポーツマス、ボストンを回り、白地図に絵が描かれてゆきます。外国にいった人が外から見たら日本が分かるといいますが、読み終えてアメリカと日本を比較してその違いが鮮明になったように思えました。アメリカと関係したお仕事をしている方にはお勧めです。20年ほど前の本ですが、原型を捉えようと試みられた作品ですので古さは感じられません。
司馬のみたアメリカの本質
1985年(昭和60年)の春と秋、司馬(当時63才)はアメリカ東海岸を延べ40日に渡って旅した。本書はその旅で得たアメリカの文明、文化論である。読売新聞に連載された。
いわずもがな、司馬は中国、朝鮮、日本をはじめとするアジア文明圏の「専門家」であり、西欧ことにアメリカに関する記述は(ベトナム戦争への記述を除いて)作品中に全く現れない。本作はしたがって、司馬の唯一のアメリカ考といってよい。
文明と文化というふたつの言葉の違いを、司馬は明確に分けている。文明とは機械や科学や思想といった人種、民族の壁を越えて人間に普遍的に受け入れられるもの。文化は他の民族が受け入れがたい閉鎖的な習慣のようなもの、と説明している。本書はこの視点から、アメリカにおける文明(=世界へ普及していくアメリカ的なもの)と文化(=他国民から理解しがたいアメリカ的なもの)を、道端を歩きながら見つけていく。
たとえばゲイはアメリカ的文明が窮屈になった人たちの憩いの場としての「文化」ではないか、と司馬は考える。日本では織田信長もそうであったように男色は恥ずべきことではなかった。しかし有名な鍋島藩の『葉隠』が説く衆道の作法は、アメリカのゲイとはずいぶんちがうようだ。アジア文明圏の専門家である司馬がみたアメリカは、大変興味深い。
「アメリカには抜きがたい悪癖がある、他の何一つアメリカ的条件をもたない国々に『アメリカのようになれ』と本気で勧めてまわることである。(p388)」
20年も前の論考ではあるが、いまもって新鮮な響きを感じるのは、司馬のこの指摘がアメリカという人間集団のとしての本質を言い当てているからであろう。
本書は『長安から北京へ』、『人間の集団について』、『街道をゆく〜南蛮のみち』とあわせて、司馬文明論の四部作のひとつである。あわせてお薦めしたい。
これからアメリカへ旅行する人や留学する人にも
この本が読売新聞社で連載されたのは昭和60年であるから、きっと司馬氏が米国を訪れたのは昭和59年か60年のはじめであろう。文中には同時多発テロによって一瞬にして崩壊した世界貿易センターで著者が食事をした記載があり、年月を感じさせる。
年月は経っても司馬氏の米国観は、今日でも十二分に通用するものだとは個人的に思うが、その是非はあえてここではふれない。
本書にとって読者にもたらす一番重要なものはといえば、私は米国に対する最低限の知っておくべき知識を提供してくれることだと思う。言わば、米国を訪れる際に知っておくべき礼儀としての知識だ。
そういったものを提供してくれる、本書は貴重な一冊である。
司馬は戦争が分からない、
本書で最も重要な章は「明治の心」であろうと思う、
特にP.322のポーツマス条約に反対した日比谷騒乱を次のように記述している点は特筆すべきである、司馬は書く、「江戸期の一揆は、飢えとか重税とか、形而下的なものでおこった、ところが、明治38年に、ポーツマス条約に反対した群衆は、国家的利己主義という多分に観念的なもので大興奮を発した、日本はじまっていらいの異質さといっていい」、
はたしてそうだろうか?
当時の日本の人口は4500万人ほど、日露戦争の戦死者は88429人(靖国神社の日露戦争関連御祭神の数)である、巨大な数字である、徴兵令施行から30年、当時の先進国に対して充分対抗できるまでに成長した陸海軍と全国津々浦々から出征した兵士達、彼らがその後続々と戦死して帰国する姿と迎える家族達の慟哭が司馬の頭脳にはいっさい反映されていない、国民はこの「数字」を知っているからこそ日比谷騒乱が起こったのだと解釈するのが妥当であり、けっして「観念」などが原因ではなかろう、
日露戦争の巨大さを実感できるものが誰の身近にもあります、近所の神社や忠魂碑の側などに日露戦争戦死者の慰霊碑が簡単に見つかるからです、戦死者13619人の日清戦争や同4850人の第1次世界大戦の慰霊碑が心して探さなければ見つからないこととの大きな相違点です、
明治国家が総力をあげて「国民国家」として戦ったと書いたのは司馬自身である、203高地の戦死者累増に怒った国民が乃木将軍の自宅に狼藉したと書いたのも司馬である、
司馬の巨大な想像力はある点においてはなぜか一切の思考を停止し、ある「ひとつの方向」へなびいていることを「ロシアについて」で再レビューする予定である、
アメリカの姿を見事にスケッチ!
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「文化」と「文明」の違いとは?
なかなか一言では答えられないもの。
司馬遼太郎は簡潔にこの本の中で答えている。情景が目に浮かぶ描写の中に本質を簡潔明快に表現する彼の文章を堪能できる。
先日この本をテーマにした番組がNHKで放送されていた。9.11後に製作されたものだが、その内容はほとんど本と同じ。なかなかおもしろかった。10年以上前の本でその当時筆者が感じたことを、現在改めて考えてみることができる。10年後もう一度再読したい。
