- [著]城山三郎
- カテゴリ:
- ハードカバー (156頁)
- ISBN:
- 4103108177
- 発売元:
- 新潮社 (2008/01/24)
- 価格:
- ¥ 1,260 (税込)
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ありがとうございました
城山三郎氏の本を読むのはこれが初めてでした。
どこかのブログで紹介されていて、その記憶を辿って購入に到ったわけですが、
未婚の私が結婚生活の苦労が分かるはずもなく、
1冊読んだくらいでこのような事を言うのは既婚者の方々に対して失礼なのかもしれないですが、
この本を通じて私は何物にも耐え難い‘夫婦の絆’を学ばせて頂きました。
淡々と語られた結婚生活の端々にお二人が築かれた絆が垣間見え、
また、あとがきで紀子さん視点で語られる生前のお二人の絆の深さも感慨深く拝見いたしました。
‘絆’と漢字にしてしまえば一文字で終わるこの文字の意味を重さを始めて感じた気が致します。
実際、このような強い絆で結ばれる夫婦はどれほどいるのでしょうか。
永遠の別れが来るその日まで、お互いを尊重し助け合い、慈しみ合う夫婦はどれほどいるのでしょうか。
未婚の私には到底想像もつかない結婚生活ですが、この本を読んで学ばせて頂いた事が
いつか私の糧となって、お二人に負けない‘夫婦の形’を築いていきたい、
と切に思いました。
気付けば涙を流し、読んだ後には安堵にも似た溜息を思わず零しました。
そして閉じた本を前に自然と零れた言葉をもう一度言います。
「ありがとうございました」
痛いほどの愛の回想
愛するってこうゆうことなんだなぁと…。
まっすぐで
でも
落ち着いた文体が妻への思いを痛いほどに表現している
途中に出てくる『妻』と『愛』の二編の詩は
人が人を愛せることの喜びを感じさせてくれた
このような愛をそそぎこむ人生を送りたいと思う
読んでよかった
戦前生まれらしく、堅くて古風な文体。
その文体をもってしても、抑えきれない出会いと新婚時代のフワフワしたときめき。
「おかしなやつだ」と苦笑いしつつ、優しい目で描写される奥さんの日々の言葉や暮らしぶり。
何十年もの間の、特に劇的とは言えない夫婦の平凡で平和な日々。
この作品は、2007年に亡くなった城山さんの遺稿とのこと。
書き終わっていたわけではなかったようで、抜けている箇所もあるのを、編集者が構成し、第一部としています。
かなり説得力のある構成と、城山さんの抑制された語り口のお陰か、
抜けている部分も「センチメンタルになりすぎるのを恐れて、城山さんはあえて書かなかったのだろう」と思わされます。
しかし、城山さんの娘さんによる第二部を読むと、ああ、城山さんは「書かなかった」んじゃなくて、辛くて書けなかったんだ、
だから後回しになって、書かないままに奥さんのもとに行ってしまったんだ、と思わされます。
第一部の飄々とした城山さん、第二部の慟哭の中、ボロボロになって生きていた城山さん。
その対比が痛ましく、そのためさらに鮮やかに、平凡な夫婦の日々が輝いて感じられます。
そしてそれは私たちに、平凡な日々のかけがえのなさを痛切に思い出させてくれます。
城山さんが、あの世で奥さんと美しい日々を重ねていますように。
今は亡き愛妻との思い出の日々…/城山三郎、最後のラブレターに涙
■作家・城山三郎は、2000年に最愛の妻・容子さんを亡くした。その7年後07年3月、城山は79歳で他界する。本書は晩年の城山が、亡き妻との思い出の日々を綴った回想記である。当初ためらっていた城山は、亡くなる半年ほど前から書き始めたという。
■昭和26年、一橋大学の学生だった城山は、たまたま実家のある名古屋にいた。近所の図書館に行き、予定外の休館だったのでたたずんでいると、そこに爽やかな妖精のようなお嬢さんが現われ、「あら、どうして今日お休みなんでしょう」という。それが二人の出会いだった。城山はほのかな恋心を抱き手紙のやり取りなどもするが、彼女の父親の反対があり、絶交状を手渡される。だが数年後二人は奇跡のような再会をし、恋は成就し結婚に至るのである。城山26歳、容子さん22歳だった。
■本書には、城山がペン1本で食べてゆく決意をする場面や、下積み時代の苦悩も描かれており、興味深かった。
■城山は旅先や講演先でのひょうきんな容子さんの行動を微笑ましく書く。その視線は深い愛情に裏打ちされている。
■そして、がんになった容子さんを抱きしめ「大丈夫だ。俺がついてる」というくだりと、最期を看取る場面は、やはり胸に迫るものがあった。きっと今頃二人は天国で、本書の刊行を喜んでいるだろう。
浄化された愛の物語
私の人生は他人から見れば順風満帆にみえるであろうし、実際、世間で見聞する数々の不幸を思えば、私は自身を不幸だなどと言えるはずがない。それでもこの作品を読んで、なぜ私に幸福感が欠けているのかを考えざるを得なかった。私は自分の人生を悔いてはいない。やり直せるとしても、これ以上は望んではいけないと思う(もう沢山だとも思う)。それでも本書に描かれた人生には、些か羨望の念を抱く。
常に緊張を強いられた生活に慣れてしまい、安逸ということを知らずに長年を過ごすと、それが習い性になる。おかげで仕事は進むし、稼ぎは増えないまでも何とか食べていける。しかし、私はいつも何か「しなければならないこと」「考えなければならないこと」をしているのであり、たとえ娯楽といえる行為であっても、私にとってそれはノルマとなる。いつまでにこの本を読みたい、この曲を聴き覚えたい、この映画を今この2時間のうちに見ておきたい・・・。性分として自業自得でもあるが、安息を許されない緊張感がそうさせているともいえる。なぜなら、小さい時の私はそうではなかったから。
初恋の相手がソウルメイトだった、という奇跡のような出会いを経て結ばれた夫婦。幸福であったろう結婚生活。伴侶の死の哀切の中にも、おそらく幸福はある。先立つ者は愛する伴侶の死を見ずに済み、あとを追う者は自身の死を伴侶への再会の希望とすることができるからである。実際には決して平坦ではなかったはずの作者の人生。しかし、港をもつ人は幸いであると私は思う。
夫婦にはそれぞれの歴史がある
50億人の中で唯一「おい」と呼べる存在
ん〜 なるほど
奥が深すぎるのか、なんだか分からない1冊でした。夫婦仲は良かったと言うことですね。喧嘩もしていなかったそうで 何よりです。どの夫婦にも歴史があるわけで特別なものではないようでした。
妻を失った夫の生き様!
私は城山三郎氏の文章があまり好きではない。体言止めや古い口調の文章が苦手である。この本も、その文章で綴られていたが、内容があまりに素晴らしく、★5つとせざるを得ない。人間、城山三郎氏が、奥様を愛されていた様子、切々と伝わってきました。最後の娘さんのあとがきも、感動させられました。
本書が湛える底光り
休日に2時間程度で読みおえた。最後は泣いてしまって困りながら。
この本は二部構成である。第一部は 城山三郎が書いた 奥様との出会いと死別であり 第二部は 城山三郎の娘さんが書いた 城山三郎の死だ。
第一部を読んでいて 強く思い出したのは アラーキーの写真集「センチメンタルな旅、冬の旅」である。アラーキーの写真集は 奥様の陽子さんとの新婚旅行と 陽子さんの癌との闘病と其の死を扱った作品だ。
その写真集と この「そうか もう君はいないのか」は 驚くほど似ている。アラーキーの白黒の写真集が小説のようでもあるし 一方 城山が極めて抑制した文章で書き上げた本書が白黒の写真集のようでもあるのかもしれない。
泣いてしまったのは 第二部の娘さんの井上紀子さんが書かれた部分だ。ここで見えてくる城山三郎は 彼自身が描いた淡々とした男ではない。最愛の妻を亡くして嗚咽しつづけた夫である。
そんな第二部を読んだ上で 改めて 第一部を読んでみると 淡々とした文章の底にかすかに見える激情が浮かび上がってくるかのような思いがする。
この二部の構成が 本書を比類の無い作品に仕上げている。
死を哀しむのは 動物でも人間だけなのかもしれない。そんな「哀しみ」は時として耐えがたく その人を滅ぼしてしまうこともあろう。但し そんな「哀しみ」という感情を得たことで 僕らだけが感じうるものもあるのではないかと思う。本書が湛える一種の「底光り」は そんな「哀しみ」を感じうるものだけにしか見えないのではないか。
そんな事も思いながら 読了した。
湘南ダディは読みました。
本作が遺作となってしまいました。海軍に自ら志願して幹部候補生として終戦をむかえた城山さんらしく、凛とした佇まいの中に奥様に対する深い愛惜の気持ちが忍ばれる好篇です。俗っぽい涙腺刺激型の亡妻記ではなく、奥様との出会いから晩年お子様達が独立して二人だけの生活になるまでの日々が、まるで城山さん自身が思い出すことを楽しんでおられるように穏やかな口調で語られます。
前向きで、ユーモアに富み、年をめされても子供のように無邪気な奥様とのその折々の思い出が淡々と述べられていき、遂に奥様が肝臓癌を告知された日に至ります。その時、あえて陽気を装い癌の替え歌を歌いながら帰宅した奥様を「大丈夫だ、おれがついている」と城山さんは胸に抱きしめてあげます。長年愛情深く連れ添ったご夫婦がお互いを優しく気遣う気持ちが偲ばれる感動的な一節です。米国から出張などと言い訳をしながら面会に駆けつけたご子息に、不自由な体をベッドから滑り落とす様にして立たれた奥様は城山さんとご子息に海軍式挙手の礼をしてやがて身罷ります。
城山さんの執筆はこの3人の別れの日が実質的に終わりとなり、城山さん自身が不帰の方となられ、本書ではその後お嬢様が奥様なき後の城山さんの7年を綴っておられます。城山さんのそれまでの文章の中には涙とか号泣という言葉は一切ないのですが、このお嬢様の手記を拝見すると奥様を失った城山さんの悲しみの大きさを知り胸がふたがれる想いにとらわれます。
城山さんは茅ヶ崎にお住まいでしたが、ご自宅の他に駅前のマンションを仕事場としておられました。奥様がなくなった後、城山さんはご自宅に一切帰ろうとなさらず、仕事場で寝起きをされていたとのことです。奥様との思い出が隅々まで残っているご自宅へお帰りになるのがあの剛毅な城山さんにもお辛かったのでしょう。仕事場にはお気に入りのお二人のツーショットの写真がひっそりと飾ってあったそうです。
亡き奥様への深き愛と感謝の回想記
肝臓癌を患い先立たれた奥様への城山さんの愛と感謝に溢れた回想記です。
父が64歳で癌で他界したこともあり、子の視点で城山さんの言葉を追い、奥様への深い愛と感謝、そして、先立たれた後の大きな喪失感を感じるにつけ、心を強く打たれました。
奥様を図書館で始めて見た時に「天から妖精が落ちてきた」と一目惚れするも、当時高校生の奥様の父の反対でその初恋が終わり、数年後、一橋大学卒業後に地元に教員として戻られてダンスホールで偶然の再会を果たすという運命の糸で結ばれていたお二人のご冥福を心からお祈り致します。
今後、自分の人生で行き詰まりを覚えた時には、その名著「落日燃ゆ」や「指揮官達の特攻」を読み返し、心の座標軸をあるべき所へリセットしていきたいと思います。
