- [著]村上 春樹
- カテゴリ:
- 単行本 (602頁)
- ISBN:
- 4103534257
- 発売元:
- 新潮社 (2010/04/16)
- 価格:
- ¥ 1,995 (税込)
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無用の長物
・・嫌々というか漸くこの続編を読了出来た・・なにか使命感のようなものに
つき動かされて読んだ・・終盤に天吾の父が亡くなる場面が出てきたが、
丁度小生の実父も先達て亡くなり・・奇妙な類似を読み取ることになった・・
1巻、2巻を既に読み、その時も、続編へは、過大な期待はしない・・
と書いたのだが、やはり・・そうだった・・
確かに文章は巧い、物語性もそれなりに良く出来ているし、
ハッピーエンドで、終わるのもいいのかも知れない・・
しかし、「小説」としてみた場合、この第三巻は「不要」だったのではないか・・
それは期待している読者へのサービスだったのかもしれないし、
物語りの完結性を重視した場合、説明的な文章に終始し、「牛河」という
登場人物が、現代を生きる平凡な庶民を代表する人物として今回
必要だったのかも知れない・・が、それは小生に言わせれば、
小説の急進性を阻害する要素になり、また、この大不況を生きる我々を
何処かであざ笑うかのような、一種皮肉な要素として物語の中に提示され
不愉快な思いもしないではなかった・・丁度あたかも牛河が、読んでいる小生で
あるかのように・・・
起承転結
BOOK3。
やっと読み終わりました。
感想は、「あぁ何かもう、すげえな」です。
細部を語る言葉はなく、総体を表現することしかできません。
1Q84全てを読みとおして感じたこと。
この「1Q84」という物語は高い所から俯瞰してみると、BOOK3の時点で起承転結の「承」が終わった段階じゃないかと。
そんな気がします。
初期の作品を読みたくなった
いやーBOOK2はしんどかったけど、BOOK3はサクサク読めた。
面白かった。牛河がいい味出してた。
二人のその先を見てみたいですね。
どこで生活をして、子供をどう育てるのか。
天呉が教祖って、信じられないし。
でも、なんか風の歌を聴けや1973年のを読み返したくなりました。
やっぱり、あのころの瑞々しさが好きなんですよね。
走ることについて を読んで、私も走り始めました。
これは面白かった。
村上春樹の本はゴミだね
村上春樹なんかの本を読んで、文学を感じている人
馬鹿だな。
普段、全然、本を読んでない人なんだろうな。
もっと面白くて、日本人の良さも感じられる本が、いくらでもあるのに
村上春樹なんて、時間の無駄。
西洋かぶれの、安直な、ただの思いつきの軽薄さ。ゴミだね。
正直がっかり…。
正直、つまらなかったです。
小説を深く読めていないのかもしれませんが…、何かが起こりそうで起こらない、明らかになりそうでなかなかならない、この展開にもう最後の方はかなり嫌気がさしてました。純文学にはそういうのもありがちでしょうが、1500ページ以上使ってこの終わり方はイラッときました。
ちなみに他の村上春樹さんの作品は今まではどれも好きでした。
期待が大きすぎたせいもあるのかもしれませんが、単調な展開に、結局多くの謎を残したまま中途半端な着地点。
Book1まではわくわくしながら読んでいました。Book2で何か起こるかと思っていたら今一つ盛り上がり切らず。Book3では何か大きな展開があるかなと期待して読んだのですが、かつてないほどのスカスカ感…結局肩すかしをくらった気分です。
これで本当に終わりだとは考えたくないですね。これならBook2で終わっていた方がまだ個人的には好きでした。
Book4に期待です。
1Q84・・・永遠に続く?かも!
1も2も読んだので3も読みました
2で腑抜け状態になったので、3には期待してなかったのですが
いやぁ〜おもしろかったですよ〜
4も5も出ると思うし、期待しています
村上ファンタジーはまだまだ続く!
book4につづいても不思議じゃないけど
この本がつまらないのは、同じ事ばかりが繰り返し書いてあるからだと思う。描写じゃなくて、説明。
読者はバカだと思われているんだろうか?
それでもラストに期待して、がんばってがんばって3冊読み終わった後に残ったのは、「もうこの本を読まなくてもいいんだ」という解放感でした。
村上春樹さんの短篇は、大好きです。
『1984』を読むと
読むまえに、『1984』を再読した。
比較することに意味があるかどうかはわからないが、おかげで面白く読めた。両者の最大の共通点は豊かな想像力だろうか。
ところで、村上春樹氏の小説を読むときは、細かいつじつまあわせや説明を一切期待しないようにしている。途中が面白ければ、読者を安心させる結末がなくていい、と割り切って読めば、すごく面白い作品だと思う。
また同氏の小説にはかならず「喪失」と「復讐」が描かれるから、今回はだれがなにを失い、どう復讐するかに注目するのも、ひとつの読み方かもしれない。
準<ひきこもり>の書いた<セカイ系>の物語
オウム真理教の暴力性の根源は、根本教義にある「他者との共感共苦を断って心を安定させよ」という「聖無頓着」の教え、原始仏教の名を借りたニヒリズム思想にあります。村上春樹さんはそのことがまるで分かっていないのだと思います。この小説を一言で言えば、孤独に生きている普通の男性主人公とヒロインとが、<セカイ>を代表して、オウム真理教をモデルにしたとおぼしき「さきがけ」というカルト教団を操っている悪の根源、「リトル・ピープル」という名のラヴクラフト的な「邪神」たちと戦う、というものです。準「ひきこもり」的な作家が書いた<セカイ系>の物語と言ってもいいでしょう。この物語に決定的に欠落しているのは、<孤独>と<セカイ>との間の具体的な<人と人とのつながり>です。この本が大ベストセラーになったということは、そうした準「ひきこもり」的な生活をしている読者が、現代日本にそれだけたくさんいるということでしょう。現代日本の本を読むような人たちのそうした社会意識を知るための資料として読めば、有意義な本です。しかし、サブカルチャーによるオウム真理教事件の総括としては、浦沢直樹のマンガ『20世紀少年』の方がはるかに優れていると思います。
『1Q84』では、閉塞感の中でセカイ救済を夢見る青年少女風の精神状況、つまりはアニメ=サブカル風のイメージ世界が利用され、物語がその中で完結してしまっているということです。
純愛ファンタジー
かなり酷評されている方が多いが、私としては素直に面白かった。村上作品の中では、最もわかりやすい部類にはいるのではないかと思う。
多くの方が違和感を感じているのは、リトルピープルや空気さなぎの存在ではないかと思う。何かのメタファーとして考えようとすると理解に苦しむかも知れないが、1Q84の世界に存在しているものだと、そのまま受け入れてしまえば気にならなくなってくる。あくまでも、これはファンタジーなのだ。
過激な性描写や、男性都合で描かれた女性、などという批判もされているようだが、私は全く感じなかった。
逆に、幼児期に性的虐待を受けたために男性遍歴を重ねる女性の心理や、愛されずに育った人間の決して満たされることのない精神的枯渇など、心理描写が秀逸だと感じた。
ただ、あまりにもロマンチックな天吾と青豆の純愛や、白雪姫と七人の小人のようなふかえりとリトルピープルなどは、完全にファンタジーだと思って読まないと、ついていけなくなるかもしれない。
エンディングはほぼ、白馬に乗った王子とお姫様の道行きである。
初期の村上春樹はアウトサイダーらしく、独りよがりで衒学的な文体が鼻についたが、最近は社会にコミットしていこうという真摯な姿勢が感じられて好感が持てる。
「ねじまき鳥」辺りから、ユング心理学の影響を感じるが、今回も、集合的無意識はキーワードだったのではないかと思う。
自分としては、こういう荒唐無稽さはとても面白く、内田百けんのような味わいを感じている。人によってはかなり拒絶反応を起こすかも知れないが・・・。
