- [著]野矢 茂樹
- カテゴリ:
- 新書 (250頁)
- ISBN:
- 4121018621
- 発売元:
- 中央公論新社 (2006/09)
- 価格:
- ¥ 777 (税込)
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国語の単元に論理学を
昔、中学の数学でも集合を扱っていたのだが、某著名数学者の一喝でカリキュラムから消えたようなことがあった(と思う)。確かに今から思うと中学生に集合論はないよなあ、とは思うのですが、そこで扱っていた逆・裏・対偶とかド・モルガンの法則などが論理学ともかぶっていたとは、不注意にもこの本を読むまで気が付きませんでした。記号で書けば簡単であろう論理の仕組みを普通の日本語で記述したことで、論理学と自然言語との関係にも注意が向くような仕掛けになっているように思えます(著者が意識しているのかどうかはわからないが)。集合を数学から外すなら、単元名を変えて国語に入れ込む必要があったのだろうなあ。
本書は「岩波ジュニア新書」あたりに収録されていてもおかしくないくらい噛み砕いて記述されています。中高生にもお勧めです。
私自身はトシのせいか面倒になったら深く考えず先へ読み進んでしまう様な有様なので、よく理解できたかというとちょっと?です。が、最後に挙げられていた書籍や著者の他の著書に進んでみようかという気になりましたので星4つです。
あなたは「論理的」ですか?
そう問われたら、何と答えるだろうか。
一般的に「論理的」であることは、ある前提を定立して、その前提から矛盾することなしに順序立てて演繹を繰り返し、明快に結論を導き出せることを思い浮かべる。
それならば、「論理」を研究する学問である論理学を学べばいいじゃん!
そう思って、一般的な論理学の教科書をめくるがあまりの記号の多さに、数時間で挫折した記憶がある。
それでもなお、論理的になりたいと志向しつづけた中で出会ったのが本書である。
「入門」と銘打っている上に、「!」までついているなんて。
そこまで言うならば、この本で入門してやろうじゃないかと思って手に取った。
本書は新書であるがゆえに、完全に縦書きである。縦書きであると、当然記号は用いにくい。
そこで筆者は徹底的に記号を使わないことにこだわった。
その結果本書は、「数学アレルギー(≒記号アレルギー)」を持ちがちな文系読者の受容に成功している。
しかしながら、この本はけっして平易なものではない、ということには注意が必要である。
否定がいかに難しいか。矛盾をいかに克服するか。人類の最大のコミュニケーションツールである言語の持つ困難さを痛切に感じた。
すらっと読める内容ではないが、語り口調でところどころに独特のユーモアを交えているので、不思議と投げ出したくなることはなかったことも本書を大きく評価できるポイントであろう。
わかりやすく書くことに努めながら、「わかったつもり」という陳腐な理解はさせない!そんな気概を感じる。
タイトルの≪!≫は、そんな気概のあらわれだろうか。
定義を書いてください。
「論理」という言葉のの定義が書いてありません。「おおざっぱに言えば、論理とは、ことばとことばの関係の一種なのです」あるいは「論理というのはことばとことばの意味上の関係です」では、定義になっていません。「論理的」という言葉も、定義を示さず、読み手を煙にまいているだけです。いろいろ例を挙げて説明してくださるのはそれはそれで結構です。しかし、出発点で、鍵となる言葉の定義を示さないで各論に入られても、ついていけません。「さて、論理学が扱うのはまさに演繹的推論です」これも唐突です。なぜそうなのか理由が示されないのでは、読み手はその先に入っていけません。一番大事なことを書いていないから星一つです。とても残念です。
ハートで感じる論理学
快著である。記号を最低限しか使用しておらず、語り口も堅苦しくなく、ユーモアたっぷりである。 論理学と自然言語とのギャップを埋めようという著者の試みは成功しているのではないだろうか。標準論理と非標準論理を「神の立場」と「人の立場」という風にあっさり割り切っているところもよい。哲学サイドから論理学を扱うと、案外論理的でなくなったりするのだが(笑)、さすがにそういう基本的な失敗はしていない。野矢の哲学的著作には違和感を覚える私だが、この本は野矢の教職者としての力量をよく表していると思う。
とても読みやすく、面白い!
論理学っておもしろい!と、素直に思わせてくれる本でした。
最たる理由は、その読みやすさです。
買って2日で、一気に読破出来ました。
内容は、全体を通しても、そこまで突っ込みません。
「でない、または、かつ、ならば、∃、∀を論理学的に定義(?)して、これが、自然演繹だ!」
こんな感じです。
しかし、その分、寄り道を加えつつ、淡々と語ることで、
論理学の面白さを、存分に説くことに、成功されております。
例を挙げると、、、
「Aまたは(Aでない)」は必ず成立するとは限らない
たとえば、太郎が勇気がある、のような内容であれば、
太郎の人生で、勇気を出すような場面というのが全く無かったら、
太郎に勇気があるかどうかは、神様にしか判断出来ない
(本文中には、もうひとつ事例が挙がっております)
特筆すべきは、論理記号を全く使わず完全に「縦書き」だけで著述したという点
野矢氏の著作にはまっていて、読むのはこれで7、8冊目。
野矢氏の本職は哲学だが論理学と数学に関する著作も多く、本書は論理学に関する著作の中では4冊目。最新刊である。
本書のもっとも特筆すべきは、論理記号を全く使わず完全に「縦書き」だけで著述したという点であろう。はじめは、
(Aではない)ではない→Aである
などと無理やり日本語で書くよりも、記号を使ったほうがスッキリするのに、と思った。
が、繰り返し読むうちに、こういう書き方でしか普通の読者に対して論理学の核心を示すことはできなかったのだ、ということを理解した。
なぜ我々は「証明」を納得するのだろう?
A=BかつB=C、ならば、A=C
は自明である。でもなぜ「自明」といえるのだろうか?
A=BとB=Cを確かめただけで、A=Cを目で見て確かめたことがなくても、それが正しいと確信できる。その心の働きはいったいどこからくるのか?経験則では決してない。論理による推論にリアリティを感じられるということそのものが、人間の心の本質に関わっているのであろう。
論理学と哲学と数学。野矢氏の頭の中ではきっと、同じ世界が別の切り口で見えているだけなのだろう。しかし筆者にはまだこれらが何故地続きのものとして議論可能なのか、モヤモヤしてスッキリしない。気持ち悪い。いつかスッキリわかるときがくると信じて読み続けるしかない。
なお、はじめての方でも決して無理な内容ではない。
が、少なくとも3回は、できれば肝心なところは声に出して読んで欲しい。そうして、もし野矢氏のいうことに少しでもリアルに感じられたなら、あたかも赤錆びた鉄板から銀色に輝く地金が見えたかのような、新鮮な驚きと感動を手に入れることができるだろう。この難しくはないが少々ややこしくて理屈っぽい厳密な本を、辛抱強く読み込んだ人に対してだけ与えられる一種の「福音」である。
日常言語から論理学が離陸する瞬間
野矢氏だからこその快著。「〜でない」「かつ」「または」「ならば」というたった4つの接続詞から、命題論理学がいかに生まれるか、その“離陸の瞬間”が丁寧に鮮やかに解説される。読者は、「そうか、論理学ってこういうことだったんだ!」と、その“本質”に触れる喜びを味わえる。本書の特徴は、いわゆる自然演繹法を、日常言語から論理学を立ち上げる平易な説明として用いたことにある。4つの接続詞の意味を考えるために、我々はどういう場合にその接続詞を使いたくなるか(=導入則)、そして、我々はどういう主張をその接続詞からさらに導くのか(=除去則)、という二点のみから考察する(p91)。
それに対して通常の論理学の教科書では、4つの接続詞の意味を「真理表」によって定義する。つまり、その接続詞で繋がれた各命題の真偽に応じて、全体の真偽がどうなるかを示し、その真偽の対応表が“その接続詞の意味なのだ”と説明される。しかし、我々はそのようにして「〜でない」「かつ」「または」「ならば」の意味を学んだのではないから、日常言語と論理学の分岐点が分からなくなる。そうではなく、離陸の地点を示すことで、逆に地上に積み残したものも分かる。その接点が排中律である。たしかに、このやり方にも一長一短がある。第5章での証明は必ずしも分かりやすくはないし、「ならば」と「否定」のみからなる公理系の提示など(182)、縦書きの文章の中に難しい話がさりげなく書き込まれてもいる。とはいえ、読者を論理学へとぐいぐい引き込む本書の魅力が、そうした短所を帳消しにする。
入門でこのアプローチはきついと思います。
●あまり“入門”を真に受けないようにしてください。とても興味深い趣旨に則っておりますが本当に初めて学ぶ場合は挫折する可能性が高いです。まず論理学の基本は命題自体の正しさと論理的正しさの違いを理解するということ。これを真っ先に飲み込まないととても混乱するし単なる屁理屈やパラドクスの類と勘違いしてしまいます。それにはまず縦読みの文字よりも真理表と解説を見比べてデジタルに解釈した方が非常に楽です。野矢さんの著書と本書で紹介されている「論理学をつくる」を両方読んだ私の正直な感想です。特に「〜でない」は「〜である」の対義語にあらずという趣旨のくだりは思考一般に対して豊かな発想を与えますが論理学を学び始めた人間に真っ先に投げかける問いではないと思います。こういう足踏みをさせる必要が果たしてあるのかどうか。●そして自然演繹法、これも初学者にはまずいです。公理と定理に各々の関係と概略を理解するには役立ちますがやはり命題自体の正しさと論理的な正しさについて明快な区別・判別を直感的に得るまでは至らないと思います。やはりタブローでデジタルに学ぶ方が初心者の荷は軽いし近道でしょう。タブローはまず論理的な正しさの検証法であると同時にそれを学ぶ過程で論理的な正しさの意味そして命題の正しさとの違いがどんどん浮かび上がってくる非常に便利なツールです。●というわけで初心者にはあまりお薦めいたしません。あとがきで紹介されている「論理学をつくる」の1部を一度ざっと読んだあと本書を手にとってください。これをあちらの橋渡しに上梓されたようですがむしろ向こうの1部までの内容の方がこちらよりも入門者向けです。●本当の初心者以外の方へは文句なしにお薦めです。論理学の体系について難解さを避けつつ疑義や問いが随所にちりばめられております。これが「論理学を〜」においてやむをえず脇に置かれてしまったお荷物なのです。
楽しく読めます
下にも挙がっている通り「入門」という割にはあまり深い部分まで突っ込んでいません。
本格的に論理学を学ぼうと考えている方には、もっと良い入門書があると個人的には思います。
ただ、こ難しい書き方をしておらず、ジョークを交えた例文や解説も面白いので、
「論理学とはどんな学問なのか知りたいな」くらいに思っている方には、
新書ならではの良いレベルの内容ではないでしょうか。楽しく読めます。
ことば好きにはたまらんかも
著者が書くように、この本で得た知識がというより、
その解説を理解するために使った頭の働かせ方が、論理力を鍛えてくれる。
お説ごもっとも。
ものすごい集中して読まないと、ことばがさっぱり頭に入ってこない。
論理学とはことばとことばの関係を問題にする学問であり、
そのことば自体を検証する学問ではない。
ウソとウソとをつないでも、その関係がことばとして正しければ、
論理学的にはOK!なのである。
ということは屁理屈の学問ともとれやしまいか。
いやはや、口論に強くなりそうな学問である。
ヒネた私の好物だ。
以前この著者の『論理トレーニング101題』というのを読んだ
(読むというより解くというものか)のだが、
それは横書きで記号もたくさん出ていた。
今回のこの本は新書版で、記号で解説しがちの論理学を
記号なしで縦書きにした意欲作。
ことばとことばの関係を、ことばで説明している。
読むのに時間がかかるが、おもしろい。
しかし入門としながら、論理的な思考の訓練ができていない人には
少々荷が重いかもしれない。
ということで☆4コ。
