- [著]白川 静
- カテゴリ:
- 文庫 (317頁)
- ISBN:
- 4122041600
- 発売元:
- 中央公論新社 (2003/01)
- 価格:
- ¥ 940 (税込)
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読み通させる力
「孔子」=「『論語』を書いた偉い人」という基礎知識だけで
読み始めたのですが、非常に楽しめました。
難しい熟語も多いので100%内容が理解できたというわけでは
なく、そういう本の場合、だんだん不満がたまってきて
投げ出してしまうことが多くて心配だったのですが、
本書は必要なところで必要な復習をしてくれる構成をとっており、
「読み通させる力」を持った書物といえます。
名著である。中国思想の奥深さを感じた。
その言葉が数多残っているとは言うものの、あくまでも誰かからの言い伝えで、自らの著作を持たず、その実像がなかなかわからない孔子。
白川先生は、非常に論理的な筆致で、孔子の出自やその思想の背景、歴史的な役割などを描き出している。
「論語」に関する解説も、いわゆる教訓としてではなく、どのように形作られてきたのか、歴史的な視点から考察している。やはり、誰がどのような境遇で発言したのかが実感できると、言葉の重みが一層伝わってくる。
中でも特に気に入ったのが、「儒教の批判者」の章である。荘周(荘子)の考えはいわゆる老荘思想といわれ、一般的には儒教のカウンターカルチャーと位置づけられているが、白川先生は、むしろ孔子の最大の理解者であった顔回の流れを汲む者だと仮説を立てている。荘周が攻撃したのは堕落した儒教であって、儒教の真の姿への回帰を目論んでいたのだと主張している。
確かに、儒教自身は封建主義の精神的な基盤として長く君臨してきたが、孔子の辿った生涯を考えると、決して体制維持のために考え出された思想ではないはずである。むしろ荘周の立場に近かったかもしれない。
韓非子にしてもそうであるが、古代中国においては思想が対立しているというよりも、種々の思想が互いに影響を与え合って存在している。それが中国思想のスケールの大きさに繋がっていると思うのであるが、白川先生はその辺りを描き出すのが非常にうまい。
難しいけど読み通したくなる本
孔子という人がどのような人物であったのか、実際はよくわかっていませんでした。ただ、日本人の座右の書として、いろんな場面で顔を出す「論語」の登場人物で、「子」と呼ばれている人だということぐらいの知識でした。
「孔子伝」を読んで、「論語」が近づいた気がします。孔子は、聖人君子として安楽に生涯をおくったのではなく、むしろ反体制活動家として理想主義をかかげ、70歳になるまで挫折を繰り返した、偉大なる敗北者・無冠の帝王だったんですね。
「論語」で語られる言葉は、よく言えば魂の言葉、悪く言えば愚痴や負け惜しみ。読むのに気が楽になりました。そして、決して上からのお説教じゃないってわかりました。
いろんな方が影響を受けてらっしゃるというのも納得します。今度僕も「論語」が自分の血肉になるまで読み込んでみたいと想うようになりました。
人間、孔子の生き様
呉智英氏の『封建主義者かく語りき』で必読の文献と紹介されていたので、手にとってみた。
本書は、孔子にまつわる5つのテーマ、すなわち、
・孔子はどのような生涯をおくったのか
・儒教はどのように成立したのか
・孔子の生きた時代の政治環境はどうだったのか
・儒教の批判者
・論語とはどのような書物なのか
について論考したものである。資料を多数引用し、切れのよい論理展開で、孔子が生きた2500年前の中国社会の実態を追って、たいへん迫力がある。
たとえば、知られている孔子の生涯は基本的には司馬遷の『史記』の記述によっているが、白川博士は、同時代の他の資料や記述を渉猟して、孔子についての史記の記述には相当の虚構が含まれている、と断じる。孔子は生まれは不詳、おそらくは巫女の私生児で、40代になって自らの教団が力をもってくるにつれ世に出た、とする。
あるいは、儒教がなぜ「儒」というのか、実はよくわかっていないそうだ。これを「儒」とは男巫が雨乞いをする形である、という解字を手がかりに、儒教は天と人とをつなぐ祭礼をベースに発展した思想であるとする。筆者は勉強が足りないのでしかとはわからないが、他の書物とは違う、かなりユニークな解釈をしているように思う。
白川博士は1910年生まれだから今年(2006年)94歳、漢字研究の第一人者で『漢字百話』など著作も多い。これまで読む機会がなく、白川博士の本はこれが初めてだったが、文章の歯切れがよく、説明も言を尽くして丁寧なので、素人にもよくわかる。専門家の論文の格調を失わず、なおかつ読んでおもしろいのである。すっかり白川ファンになってしまった。これを機に白川博士の著作を一通り読んでみたいと思う。
東洋を知る
これを読んで諸星大二郎が孔子暗黒伝を描き、さらにそれを読んだ酒見賢一が陋巷に在りを書いたのは有名な話ですが、この両作家の作品を読んだ人にはお勧めの一冊です。加地伸行氏による、あの解説からも分かるように、書かれた時代の背景を良く反映した内容となっており従来のカビ臭い考証や解釈にとらわれることなく斬新な視点から孔子の人物像に焦点を合わせています。ときおり目にする「孔子家語」からの引用をもってされる本書への批判も、良く読めばそれが如何に的外れであることかを知る事ができます。
論語を面白く読むために
巷にあふれるゴミ解説本や中学や高校の教科書のおかげで、『論語』という書物に対し、軽蔑に近い印象を抱いていた私の目を大きく見開かせてくれた本。「仁」や「礼」といった概念から恐ろしく鮮烈なイメージが広がっていく著者の描写はほとんど感動的というほかはない。国語教科書のおかげで、私たちはかなり馬鹿にされているので、『論語』、この『孔子伝』そして、フィンガレットの『孔子』を精読すれば、多少は解毒されると思う。また、漢文の書き下し文の凄まじさについては、長谷川三千子『からごころ』を参照すると、これまた勉強になって、凡庸な国語教師への敵意を募らせるに違いない。
力作の伝記だが・・
孔子の生涯について、圧倒的な論旨と文章力で迫る本で、ファンも多い本です。改めて読み返しても圧倒される思いがし、著者の真摯な態度に頭が下がるのです。ただ問題が無いとは言えません。特に第一章の孔子の生涯を述べた部分は著者の空想がかなり入っており、歴史的にはどうかと思いました。考証も注意深く読むと首をひねる箇所が多く、良く知られている第一章の「孔子は巫女の子であった。父の名も知られぬ庶生子であった。尼山に祈って生まれたというのも世の常のことではなさそうである」という文章の根拠が、三国志の魏の王粛のでっちあげた有名な偽書『孔子家語』が元になっており、説得力に乏しい気がします。
厳密な読み
本書は古代の漢字についての研究などで知られる筆者が描く孔子伝である。ここでは古代の漢字や中国の古代社会などに精通している筆者ならではの厳密な文献批判によって孔子について新しい解釈がなされている。私は高校時代に漢文である程度論語などを読んだ記憶があるのだが、漠然とだが礼儀作法にうるさい人なのだろうと思っていた。しかし、ここでの孔子はそうではない。むしろ孔子は革命家であり、その理想は現実によってもろくも打ち砕かれたのである。そして孔子の思想はさらに深みを増していくのである。こういった本書の孔子像は本書がマルクス主義の運動の激かった時期に書かれていたという点がまた印象的である。もちろん漢字等は非常に難しく、論語をしっかり読んでいないと難しい本であることは間違いないが、それでも読んでみて損はない本だと思う。
