- [著]ミッチ・アルボム
- [翻訳]小田島 則子
- [翻訳]小田島 恒志
- カテゴリ:
- 単行本 (221頁)
- ISBN:
- 4140054654
- 発売元:
- NHK出版 (2004/11/21)
- 価格:
- ¥ 1,470 (税込)
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無駄な人生なんてない
人生を生きていく上での教えを、死んだ主人公を通して私たちに教えてくれる本です。ただフィクションですので、モリー先生との火曜日のような大きな力は感じません。想像は事実を超えられないのでしょう。読み終わったあとの感動を期待していたのですが、感動はできませんでした。
ただ、「無駄な人生はない」「犠牲も人生の一部だ」「いなくていい人間なんていない」など人間が生きていく上での支えとなる言葉書かれており、今問題があって落ち込んでいる人にはいい支えになるかもしれません。
翻訳の問題では。。。
ここで、この本の評価が大きく分かれているので疑問に思いながら購入し読んでみました。
勿論、作品の中身で評価してる人も多いと思うんですが、私の個人的見解は…。
「翻訳が酷すぎる」です。技術関係の本の翻訳ならこれで良いのかも知れませんが、
きっと原作者のミッチ・アルボムがこの現実を知ったら、悲しむに違いない。
発行所を見てちょっと納得ですが…。
人間が気づかない本質まで見せてくれる作品
とにかく素晴らしい、と感じました。読んだ時期が随分前になるので、
詳しく思い出す事は出来ませんが…。
これほど感銘を受けた作品は中々ないです。
人と人の、深い所での繋がり、人生の意味を考えさせられる小説です。
アメリカで大ヒットした理由も分かる気がします。
感動を与えてくれて、ありがとう。作者にお礼をいいたいと思います。
無意味に自分の人生を貶めてはいけない
物語として面白いかどうかはさて置き、作中あちらこちらにちりばめられた言葉の数々が光る。「人生で唯一無駄なことがあるとしたら、それは自分は孤独だと思う瞬間だけ」
無駄な人生など1人として在り得ない。そこから始まる人生訓は、「自分の与えられた人生を幸せと思え」とか「人の役に立っているのなら、冴えない人生も充実していると感じろ」などと押し付けているのではない。世界中にある、一見何の関わりもない其々の人生が、実は全て一つの物語として連鎖し合っているのだと認識した時、自分は誰の世話にもなっていないとか、誰にも迷惑をかけていないと思うことは欺瞞であると気付くし、逆に誰からも気にかけてもらえないとか、独りぼっちだと感じるのは、無意味な自己憐憫だと諌められるのである。
同じ著者の作品『モリー先生との火曜日』の中で、最後は砕け散る自分の末路を怖れ悲しむ波に向かって、別の波が言う「何がそんなに悲しいんだ?お前は波なんかじゃない。海の一部分なんだよ」の台詞に全てが集約されているように思う。
人が生きる意味って
確かに主人公は子供たちの安全を守っていたし、その人生には意味があったと思います。でも、それって幸福なんでしょうか。
例えば「廃れた遊園地で遊具の整備をし続けるのがあなたの生きる意味だ」とか言われて、全ての人が納得できるんでしょうか?意味はあるのかもしれませんが、幸福な人生とは言い難いと思います。
この本で伝えたいのがあくまで「人生の意味」であって、「幸福な人生」は別というなら仕方ないですが、やっぱり納得できません。
「生きる意味がある」って、人から客観的に「ムダでない」と言われることではなくて、自分で自分の人生に納得できることじゃないでしょうか?主人公が自分の人生に納得した様子があまりなかったので、少し残念です。
自分の人生をつまらないと思っていた主人公が、天国での出来事を通して最終的に「ああ、俺の人生って充実していたんだな」って納得して初めて、「自分が生きる意味」が伝わると思います。
そうしてみると、この本は伝えたいことがいまいちわかりづらい・・・かも。
本当の意味
どちらかと言えば、そりゃ少し暗い話かもしれません。
でも、主人公が出会う「五人」の人々の言葉がとても深くて、
良いのではないかと思います。
著者ミッチ・アルボムさんの本は、どれもお勧めですよ!!
深く考えてみたい人にお勧め。
本当に大ヒットしたのか?
アメリカでは映画化するほど大ヒットしたらしいが、
私にはこの本のどこがそんなに面白いかまったくわからない。
話の所々で【今日はエディの誕生日】と言うのが入ってくるが、
本編にはまるで関係なし。
本編の方も主人公エディの生涯の節目節目をだらだらと追っていくのみ
で「ふ~ん、で?」みたいな感想しか残らない。
結局、作者が言いたかったことは「一人の人間の些細なことでも他の人間には大きく影響したりする。それが良い影響でも悪い影響でも。つまり無駄な人生なんてひとつもない」ってことなんでしょうね?
エディ
最終的にエディは元の世界に帰っていきますが、それは本当に戦争のためなのだろうか。ムダな人生を無駄だと判断することは、それは芳賀性をみなしてしまうのと同じではないだろうか?それを教えてくれる天国への道をつづっているのだと思います
人生の意味を教えてくれる
決して自分の人生を幸福だとは思っていなかった。生きている意味さえないと思っていた。しかしエディは、自分が生きてきた意味を知ることになる。人は生きているのではない。人はいろいろな人たちによって生かされているのだ。「天国の五人」はそれをエディに伝えていく。そして、彼がいろいろな人たちの思いを知ったとき・・・。
「ムダな人生なんてひとつもない。」
この作品を読む人はきっとそのことに気づき、感動するだろう。
やはり生きているうちに
親子間の断絶があり、戦争で負傷し、願った職にもつけず、終わってみれば「負け犬」の人生だったという観点から
「実はこうだったのだ」という挽回のストーリーが始まります。
出だしはとても楽しい。中盤に入ると苦しくなってくる。
遊園地のメンテナンスという仕事は「子供の安全を守る」という大義名分があります。
しかし職業によってはそういったものが見えない場合があります。
もしエディが遊園地の掃除夫だったら?
子供たちの笑顔のためという理屈以前に、公共の場所でごみを投げ捨てないくらいの
マナーを教えることが、将来子供のためにもなるでしょう。
父親が残した心の傷も、生きているうちに、まだ若くて体が動くうちに伝えておいてくれれば、
エディの人生はもっと違っていたのではないでしょうか。
生きているうちは、どうしても知りえずに終わるということが人生では起こりますが、
死後、それを知って癒されるのか。
全く不条理に幼いうちに事故で死んだような場合、どんな五人が待っているのか。
「人生は自分一人のものではない」と言いたいのでしょう。しかし生きているうちにこそ知って価値あるメッセージという気がします。
