- [著]キム・エドワーズ
- カテゴリ:
- ハードカバー (552頁)
- ISBN:
- 4140055375
- 発売元:
- 日本放送出版協会 (2008/02/26)
- 定価:
¥ 2,100 (税込)- 在庫状況:
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アメリカのTVドラマレベル
どうしてこう、アメリカ人の書く家族の物語ってサクッとみっちり四半世紀なんて年月を盛り込んじゃうんだろう。まるでシリーズもののTVドラマを見ているような感じだ。もっともその分だけしっかり読み応えもあるんだけど。事情があって生き別れた家族がさんざんな曲折を経て再会する物語、と要約してしまうと如何にも陳腐だが、鍵になるのがダウン症の娘、というのがいくらか斬新かも。生まれながらに抱えることになったさまざまな不運を何一つ知らず気に病むこともない天真爛漫なフィービの造形は如何にも可愛らしい。けれど、彼女を台風の目として周囲に吹き荒れる嵐はやはりアメリカのTVドラマレベルの、衝突と和解、自己主張と自己嫌悪の果てなき反復で少々うんざりさせられる。相互理解のプロセスに対する認識の違いのためか、言わずもがなのことまで口に出しては関係を悪化させたり、考える前に羽目を外してみたりする登場人物達の行動規範は些か理解に苦しむ。気合いの入ったハーレクイン(読んだことないけど)、という読後感は少々意地悪かも知れないが。
心地よく読めました
翻訳小説は苦手でしたが、複数の雑誌や新聞で紹介されていて、これはだいじょうぶそうと思い読みました。
ほんの数十年前まで、障害児が生まれたらすぐ施設へ送られることがよくあることだったということにショックを受けました。
デビッドの過去の家族のエピソードは悲しくて切なくて、そしてその後の結婚生活もずっと苦悩し続けているのが、たとえ、自分が行動したことが原因になっているとしても、やはり気の毒でした。
それとは正反対に妻のノラは最後まで可哀そうな被害者のような描写で、不倫を複数していても本人も少しも後ろめたさがないようなのが、腹立たしかったです。
せめて、最後のほうで、ノラが反省するような描写や、デビッドをやさしく思いやれる描写があればよかったのになと思いました。
うそ
愛する人のためにつく”うそ”は、幸せを呼ぶことができるのか。なぜ、うそをつくのか?著者は、言葉を尽くして説明する。その他、ご都合の展開も見られるが、恐らく、著者が言いたいのは、善意の”うそ”も”うそ”である。愛する人の間に、うそが介在した時、相互に、少しずつ、不信が芽生え、苦しみの元となる。相手を愛しているのに、相手からの愛情を信じられなくなる。これほど辛いことはない。うそが不幸を呼ぶ理由である。人と人が理解し、信じともに人生を進もうとする時、うそはいけない。ついてしまったうそを、取り返しのつかないことを、過ぎてしまった長い時間を、取り戻せない。辛い話である。最後は、二つの家族が、少しずつ交流をしていく。希望のある終わり方である。
えー、本当ですか!?
四つ星、五つ星と高い評価ばかりで、図書館も翻訳本には珍しく延々予約待ちをした人気本でしたが・・・わたしが読み通した理由は、ただ一つ。原作本と比べて照らし合わせたかったからです。(そして翻訳が優れていたのが星二つの理由)Goodreadsでは星、3.39。ディスカッションでは登場人物がどれも浅く、実際にはありえない、とかこのまま放り出していいものか{その回答は、いい、決してよくならないから}という意見が目立ったのに。もちろん人の感じ方はそれぞれで、実際に大変な思いで子育てされた人の意見などは、ずっしりくるものですが。それにしてもダウン症の赤ちゃん抱えて住み込みで老人の世話をし、その人がなくなったら、家ごともらうというのは、あまりに作者のご都合主義では。(あと、赤ちゃん込みで全然問題なく結婚する優しいダーリンつき)Davidが死ぬまで隠し通したのも奥さんへの愛情からというのは?{だって彼女がどう思うか考えてないんだから}浮気を重ねてちゃっかり{!?}再婚するNoraは嫌な女の代表みたいで、これで感情移入できるものかしら。Kite Runnerに続き、ベストセラー大はずれを重ね、今度はもっと値打ちのある本を読みたいと切に願うわたしは天邪鬼なのでしょうか?
5人の25年間を共有してしまう大作
544ページの物語に25年の歳月が織り込まれていて、
読み終わった後本当にその年月を共用したような思いにふけってしまった。
1964年医師デイヴィッドがとっさにした判断により、
デイヴィッドはもちろんその妻ノラ、息子のポール、
双子の妹フィービーと、育てるキャロライン。
別々に育てられる兄妹の25年間が、5人の人生を通じて生きることの刹那さも伴って流れてゆく。
大事な人を大切に思う気持ちが空回りして、人生が思うようにいかない。
デイヴィッドの胸の内は、読者である私には分かるだけに、
彼の言葉足らずの行動で周囲の人が傷ついていくのを見てるのは考えさせられた。
ノラが息子ポールに行った言葉「人生にはつねに制約がつきまとう。そこを切り拓いてこそ、あなたは独り立ちできるの」は、この物語のテーマにも思う。
切り拓く人生は、問題に真剣に向きあわねばならない苦痛を伴う。
そこから5人が掴んだものは、この本を強く輝かせている。
こういう設定はあり得るのだろうか。
1960年代の半ば、双子の我が子を取り上げた整形外科医。片一方は、男の子。もう一方は、ダウン症の女の子。ダウン症の子の将来の合併症の多さやら、育てる大変さや、妻の負担などを考えて、この医師は、生まれたばかりの我が子を、妻には死んだと語り、施設へ送り込もうとする。いろいろな偶然が重なり、施設に送り届けるはずだったナースのキャサリンが、この子を、シングルマザーとして育てていく。当時は、ダウンの子は施設に預けるのが、普通だったようで、、。
孤独だったキャサリンは、この子を普通学級に入れるためやら、、いろいろと戦って、育てていくなかで、素晴らしい伴侶やら、友人やらを得ていく。一方、この子を捨てた医師は、一件幸せそうな家庭を築くけれど、この秘密のために、妻や子とも壁を作ってしまい、次第に孤独に、、。
ちょっと前のアメリカの障害児に対する考え方も興味深いのです。こういう”暗黒時代”もあって、今のようになったんだと、感慨深いです。日本もだいぶおおらかになりましたけど。日本は、よくも悪くもアメリカを追っているので。
また、この二人の人生の対比というのも面白いです。けっして二人とも失敗だったわけじゃないのですが。
ただし、こういう設定って、できる訳?っていう疑問がわいたので、4。
ものすごくおもしろかった!!
私の息子は障害児。
だから、NHKの情報誌「ステラ」での書評で
ダウン症の子どもをとりまくお話だということを読み、
興味をもって買い求めました。
でも、話の内容自体がものすごく面白い!!
個人的には「ハリーポッターと賢者の石」以来ののめりこみようで、
かなり分厚い本なのに一気に読んでしまいました。
健常児の息子とダウン症の娘の二卵性双生児を
我が手でとりあげた医師。
妻を悲しませたくない一心で「娘は亡くなった」と嘘をつき
唯一事情を知る看護婦に「施設に預けてくれ」と娘を託した医師。
20年以上にわたるふたつの家族の物語が
数年おきにに交互に描かれていく展開。
傍目には医師の家族として何不自由ない暮らしを送り続けるなかで
妻や息子には決して言えない秘密、
そして捨てた娘への罪悪感が
見えない壁となり心を隔ててゆき
まるで真綿で首をしめるがごとくに
じわりじわりと家族の絆をさいなんでいく。
そしてもうひとつの家族、
障害児を抱えたシングルマザーとして奮闘しながらも
着実に地に足をつけて幸せを切り開こうとする看護婦。
その周りで暖かく家族を支えていく人々。
これ、アメリカでは映像化が決定しているようですが
日本でも、是非映像化してほしいです!
物語自体のドラマティックな力量もさることながら
「障害をもって生まれてくることは本人にも家族にも決して忌まわしいことではない」
「障害があっても、本人もまわりも楽しい生活を送ることができるのだ」
というメッセージも感じられました。
もしこの医師が娘を手放さなかったらどうなっていたんだろう?
いろんなことを想像しながら読めました。
本の帯のなかに、「NYタイムズ紙読者取材より」として
「読み始めると、ページを繰る手が止まらない。読み終えると、友達みんなに薦めたくなる」
とありましたがほんとうにそんな気持ちです。
早速ダウン症のお子さんを持つお友達にも教えてあげました。
障害児に関係なく、ストーリーとしてほんとうに面白いので、
是非誰にでも読んでほしいと思います。
