- [著]竹内 薫
- カテゴリ:
- 新書 (254頁)
- ISBN:
- 4334033415
- 発売元:
- 光文社 (2006/02/16)
- 価格:
- ¥ 735 (税込)
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体がコチコチだと気づいた
科学は絶対で普遍的な真理にみえるが、どんなに盤石にみえる仮説も覆されることがある。そのことを科学史から様々に例示し、科学が絶対ではなく一つの仮説にすぎないとする。科学は仮説であり、限りなく白であっても真理にはなれないし、逆に限りなく黒に近い仮説でも、一つの仮説として「肯定的に」みるべきと著者はいう。
しかし思うに、「黒い」独断的傾向の強い仮説と、多くの科学者が実験を通じて導いた「白い」仮説の重みは自ずと違ってくるのでは。両者を公平に「肯定的」にとらえるのは難しいと思う。いくら科学は仮説にすぎないといっても、やはり独断的な仮説と科学的仮説の両者が並んでいる場合、反射的に科学的仮説に手を伸ばしてしまう(このこと自体、この時代のパラダイムに染まっているの証左かもしれないが)。
頭では、黒い仮説にも鷹揚な態度でいたいと思うのだが、やはり時代に優勢な思考方式にあわないものは、体が拒絶するようだ。頭が固いというより体が時代の空気でコチコチなのだ。天空には適用できないとしてガリレイの望遠鏡を退けた頑固ジジイ連中と、私は本質的に同じ誤りに陥っているのかもしれない。
著者曰く、「蠢く仮説の不安定さを嫌う人々は、自分のまわりを『白い仮説』ばかりで塗り固めようとします。そして、ルーチンな毎日に埋没していき、グレーゾーンにはいっさい目を向けようとしなくなります。(中略)仮説でしかない世界を確定したものとみなすのは、単なるごまかしにすぎません。それは精神の『死』を意味するといっても過言ではありません。」(P.235〜P.236)
この言葉は時々思い出して自分を戒めたいところだ。
恐るべし、思い込み
売れているみたいだったので、買ってみた。はじめに「飛行機はなぜとぶのか?」からはじまり、そういえば、大学の物理で習ったベルヌーイの定理かなんかじゃなかったかと思っていたけど、実際はウソで、専門家による渦理論も微妙に問題が残るらしい。すっかり、騙されてました。改めて、思い込みの恐ろしさを認識した。
知的に見えたい見栄っっぱりに
科学史と現代の物理学理論をさらっと紹介した本。子どものころ「科学とは再現可能なもの」と習ったが、実はそうでもないという考え方があることもわかってよかった。ただし、突っ込んだものはない「入門の入門」なので興味が湧いた向きは本格的な本を読めということだろう。
「相対性理論とは特急列車が普通列車を追い越したとき逆走して見える、アレのことだよ」なんて飲み屋のネタにはいいかもしれない。
エンターテインメントとして
最近、科学本がマイブームなので手に取った一冊。
少なくとも僕レベル(小学生で理科が好きだったレベル)の科学に対する知的好奇心を満たすことはできる内容であることは間違いない。とても楽しめた。ただ頭が柔らかくなるかは疑問である。
そもそもこの世界に確かなものなんてないということは誰もが無意識のうちに理解していることなのではないだろうか。一般的でいう「頭が固くなる」というのは常識を疑わないからではなく、焦りや余裕のなさによるものだろう。
そしてこの本を読んで頭が固くなるということも十分考えうる。つまり、「世の中は仮説だ!」という考えに縛られるということである。その考えからどこに向かえるのだろうか。
僕の思う柔らかさとはこの本を読み「そうなのかもしれないが、どうでもいいや」「そういう考え方もあるね」と純粋に楽しめることではないかな、と思う。
いずれにしろ、知的設計や悪魔の詩などの事例には大変興味を引かれ、勉強になった。科学少年に戻りたい文系の方はぜひ。
物の見方をリセットする。
今まで「科学」とは、世の中の物事・現象のカラクリを証明するための学問として捉えていましたが、実は「科学」って本当はかなりあやふな怪しい部分があることを教えてくれる本でした。また、「科学」を疑うことから、日常の生活の中での常識として行っている事や、考えている事に関しても、「もしかして・・・」という疑問をもつ習慣を身につけさせてくれます。多くの情報が溢れている世の中で何が正しいのかを見極めることは非常に大切なことではないでしょうか。
「仮説の科学」というタイトルなら、こんなに売れなかったでしょうね
科学好きでも、仮説に関して論じた著作を元々何冊も読んでいるという人は世の中には少ないだろう。ましてや、BlueBacksやNewtonすら普段あまり読まない世の中の多くの人にとって、本書は読みやすく、わかりやすい、という意味で、とっかかりとしては良いのではないか。反証可能であることが科学的に扱うことができる対象であることかどうか見極める時の重要なポイントひとつという点だけでも、参考になるという方は多いと思われる。普段、多くの人が興味を持っていなかった分野に関心をひきつけることに成功したという点については、本書を高く評価したい。
ただ、仮説の分類に踏み込んで詳しく説明してはいない。また、ところどころ著者独自の見解が幅を利かせ過ぎていて、読者に対して誤まった理解を植えつける可能性がある。よって、科学の本としては十分な内容とはいえない。この点が残念である。
タイトルの付け方は上手い。本書がベストセラーになった大きな理由のひとつが、タイトルであることは疑いない。結果として、科学に普段関心のない人たちも読んでいるのだから、これはこれでよいのではないか。
仮説に対する読者の関心をより高めるためには、有名な「世界5分前仮説」も、ぜひ取り上げるべきだった。
100%仮説が正しい
著者は科学哲学をちゃんと勉強していないように思われる。
どんな現象に対する説明も科学においては100%仮説であり、真理ではない。
「なんでもかんでも信じるな」という一般的なメッセージと、「仮説」という
科学においては比較的しっかりと規定されている言葉をごちゃ混ぜにして書く
べきではないと思う。
星1つにしたが、誤りやすい点を探しながら読むのであれば、星3つくらいか。
ちょっとリラックスしたい時に読むと良い?
科学は99.9%は仮説であり、今は成り立っていることが明日成り立つとはいえない。1つの事例から導かれた1つの説は、ある事情から成立しなくなる可能性がある。という話。
過去、宇宙に関することの事例では、「宇宙は神が創ったのだから完全である」などという仮説が主流だった。そのようなことも含めて、今我々が信じている科学は、明日はどうなるのかわからないというのだ。つまり、科学も宗教であるのだ。多くの人は、科学は筋が通っているから信じているが、それすら危ういものだという主張は、読者を不安にさせてしまう。
だけど、結論にあるように「相手の立場になってものごとを考える」ことが大切だということでしょう。
「こう考えれば辻褄があう」とか「あいつはこういう奴だ」とか、いろいろ皆さん考えることがあるけど、「他の人はそうじゃないかも知れないから少し気をつけよう」。
「全てのことが疑わしい」よりは「そういうこともあるかも」くらいの気持ちが大切なのかも知れません。
気楽に読めたので、リラックスしたいときに読むと良いかと思います。
物足りなさ一杯。
「飛行機はなぜ飛ぶのか? 実はよくわかっていない」というプロローグで
始まっていたのでトンデモ本かと思っていたら、「ガリレオの望遠鏡」「コペル
ニクスの地動説」「エーテル宇宙」「冥王星の惑星定義」「アインシュタインの
宇宙論」「ホーキングの宇宙論」「超ひも理論」と科学史を摘み食い。
疑似科学を否定するようでいて、一部肯定するように読める部分もあり、読ん
でいて不安。
読みやすかったが、物足りなさ一杯。
社会構成主義の紹介本
最初の、飛行機が飛ぶ原理がわかっていない、というつかみはうまい。ところが話を進めていくと段々論調にぶれが出てきて真に受けるのは躊躇せざるを得ない。
この本が主張している「科学理論は99.9%は仮説」という(実際には全ての理論は仮説であると主張しているが)思想は学問的には「社会構成主義」と呼ばれるもので、この世に全てある理論は本当とに正しいか否かとは別に、単に「社会で正しいと合意された」ものである。ゆえに全て仮説であり、実際には正しい科学など時代や社会情勢によって改変される、というものである。
それが、実際に社会で合意されて決められるもの、(例えば惑星の定義だとか紙幣を貨幣として認める)当然通用だろう。但し、自然科学の分野にまで社会構成主義的に理論の真実性が決定されているというのは無理である。実際には自然科学の分野では実験や観測結果の解釈を動かせない部分が多すぎる。(ちなみに著者が例に挙げている実験の恣意性については追加実験が他の研究機関で何度も行われるため、これだけでノーベル賞がもらえたというのは無理)つまり科学理論には社会的合意によって決定できない部分が多すぎるため、社会構成主義的にあたかもどんな理論でも融通無碍に形成できるかのように書くのは行き過ぎだと思う。
最後のホーキングの反実在論の話も眉唾ものである。彼が数学的実在だけを信じ、他の物質などは実在しているか否か不明だといった記述(彼が本当にこのような発言をしたか私は確かめていない。)はばかげている。実際に物質があるか否か確かめるのは簡単なことで、高層ビルの上から飛び降りてみればよい。この類の観念論的実在論者はそれを拒否できる権利はないはずであるが。
