- [著]森川 嘉一郎
- カテゴリ:
- 単行本 (271頁)
- ISBN:
- 4344002873
- 発売元:
- 幻冬舎 (2003/02)
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個室空間が意匠に
官主導の西新宿、民主導の渋谷池袋台場、そして個(趣味)主導でまちが変化している秋葉原。オタクの趣味の構造が秋葉原という街そのものを変えていると指摘し、サティアン建築やジャンボジェットを引き合いに出しながら興味深く主張している。建築意匠論専門であるだけに、秋葉原建築の窓の小ささを持ち出してきたあたりは面白い。また、社会性を保つために上位文化に染まろうとする現代若者と、防衛的態度をとって征服してやろうとするオタクというのは、的を捉えていると思った。
だが、航空機と軍用機あたりの議論をはじめ、客観的データがないために論拠に乏しい部分が散見された。また、オタクの心理構造についての説明もほしかった気がする。
クロスフィールド・つくばエクスプレスが完成した現在の秋葉原を、筆者はどう読みオタクはどう思っているか? また中野や池袋もオタクの聖地化していることに対して筆者はどう考えるか? このあたりも続編があれば希望したい。
なんで秋葉原ってオタクの街に変わりつつあるの?
秋葉原が電気街から何故にオタク趣味の街へシフトし始めているのか?
なかなか簡単には説明出来ない現象を作者は面白く述べているように感じました。
特に私はデザインに大きな興味をもてました。
サティアンという建物の姿は、マインドコントロールやメディアに重要性を置いたオウムの戦略。これは、割とオタクの空間というものに似ていることや、小学生の絵が施される200億円のジャンボジェットは公共空間にアニメ絵の美少女の絵が溢れ個室空間の延長へと変貌しているというのもうなずけさせられた。
中央集権から個人化へと移ってさらに個人化が非社会化へと技術感の変化が、人格=空間=都市 を結びつけるカギになっている。
2004年のベネチア・ビエナーレ建築展の日本館に行ってきましたが、他の国を圧倒する展示でした。 恐るべし森川氏
建築とオタクで一粒で二度おいしい
オタク論かつ都市論だがオタクの核心であるセクシュアリティに積極的に触れている。
後半の建築論は、建築史を大づかみするとっかかりにもなる。特に建築の本質を1970年の日本万国博覧会の大屋根と太陽の塔の組み合わせで説明するくだりは非常に興味深く読んだ。
巻頭の写真では、著者の指摘する秋葉原と渋谷という街ごとに異なる体型/パーソナリティを赤裸々にする。さらに不思議の国のアリスをサンプルにヨーロッパ、アメリカ、日本の文化ごとの味付けの差異を説明するが、その図版に「はじめてのおるすばん」を使っている、このゲームの存在そのものが申し開きのし様がないオタクの恥ずかしいセクシュアリティのエッセンスみたいなもの、「はじるす」を多少でもを知る者なら無言になるしかない。
タイトルと内容の不一致にがっかり
うーん、「オタクの街」秋葉原がどのように作られていったのか、という内容を期待して読んだのですが、都市論というよりは建築論みたいな感じで、途中で話がぜんぜんわからなくなって読むのをやめたくなってしまいました。
キャッチーなタイトルをつけるのは自由ですが、ちゃんと本の内容に即したものにして欲しいですね。ちょっと損した気分です。
続編を読みたい・・・
「趣味が都市を形成した」というアキハバラの説明は、とても斬新だと思ったけれども、論理を肉付けしていく詳細な部分には、正直強引かな?と思うところも多々あった。看板の色とメイドインジャパンって安易に線を結んじゃっていいのかなあ?。日本文化論までには、まだ少し足りないような気がワタシはするんだけどな。もう少し1個1個の事象を丁寧に追って欲しいと思ってしまったワタシは欲張りでしょうかね。森川嘉一郎氏には井上章一氏のような粘着質なカンジがしないからオタクじゃないんだなって思ったり。
連続する個室と、その共有。
~漢字の秋葉原からカタカナのアキハバラに如何にしてなり得たかを建築意匠論家の著者が綴る都市論。磯崎新のコメント付き。 普通なら「民」であるべきはずの都市が、ここに限っては「個」で成立している。 すなわち個室が都市空間へと延長する。~~ 他の地区とは一線を課す。それは広告を見れば顕著に表れる。そこは容易に近づけない何かに覆われているようだ、トマス・モアのみたユートピアともとれたりしないでもない。 最近の外資系ブランドファッションビルの過剰な広告塔化または薄さ軽さ複雑さ透明さとは相反し秋葉原に至っては開口部を極力排したサティアン的な方向へ進みつつある。~~ もちろん世界的にみてもこんなところは無いらしい。 赤と白の配色が比較的多い広告や萌えキャラやギャルゲーな文化で唯一メイドインジャパンで形成されている秋葉原。日本のアイデンティティーはここにしかないのだろうか、それは日本の新しい伝統とも言えるのではないだろうか。そんな事を思ったり。~~ 大塚英志や東浩紀などの見かたとは違う建築側からみたアキハバラ、とても興味深い都市であることは間違いないらしい。~
本書を要約すると
〝類は友を呼ぶ〟という言葉で本書の半分が要約されてしまう。
著者は建築意匠論というものの専門家のようで、集まる人の種類で街そのものが変わると論じているようだが、変化しているのは看板・広告類や内装だけであって、ビルそのものが建て替わっているわけでもない。それが〝建築意匠〟だと言われるとそうかも知れないが、それをもって都市が変わるという理論は「なんだかなぁ」と感じるのが正直なところだ。アニメおたく論や、ポケモンジェットその他諸々の引き合いにしても、たまたま著者の目に付いたものを秋葉原にこじつけているだけで、まるで説得力がない。検証データを提示できないなら、何人も思いつかないような〝トンデモ〟すれすれの理論ぐらい用意しないと納得できない。
エロゲーの広告があふれる異様な街並みをおもしろおかしく論じるのは、それほど考察が必要だとも思えない。建築なにがしの肩書きはいったい何の必然性があるのかも不明だ。もっとがんばれ。星2つ。
文句なし!
~アキハバラを軸に都市の表層なんてのは結局趣味の世界だということをはっきり示してしまった本。身も蓋もない本です。ただの個人的な考えの開陳ではなく、アニメが非常に好きなのだろう著者のしっかりした調査と考証が背景にあります。はっきり言って、この人、もっとがんばって欲しいです。しかし、これは都市プランナーが見て見ぬふりをしてきたことではな~~いのか。海外の美しい都市にどこまであこがれても、日本の都市は絶対に変わらないと思います。本当に、そういう「あこがれ」だけで、街を語るのをやめようと思った。社会資本主義(?)のぬるま湯の中でもてあそばれた民主主義=悪平等・個人主義の帰結が今の都市の姿だと思ってしまった。
~~
駅前のサラ金の看板の集合を見てためいきをついているあなた、その意味を真剣に考えたことがありますか。~
アキハバラおたく論
現代の若者は、秋葉を語らずには理解できない。女の子は渋谷でしょうが、男は秋葉、池袋というイメージがある。かっこや体格からして、秋葉に集まる男どもは違う。独特のにおいやエネルギーがある秋葉を独自のデザインからみたオタク論の秀作である。
風景としてのアキハバラは、非常によく書けていると思う。ただよくを言えば、もうすこし秋葉に集まるパワーについてつっこんでほしかった。
「趣都」というネーミングもよい
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