The second section
[No.33] posted by the_bernie-at-tx-rr-com
This book picks up where "Fellowship of the Ring (Lord of the Rings, Part I)", left off. The fellowship is dispersed. We are lucky in the fact that J. R. R. Tolkien will completely follow each path from beginning to end. All the wars are covered in detail and the progress of the ring bearer is chronicled. New creatures and old vermin reveal themselves. The adventures hare much darker and character growth is reviled. As you know this is not part of a trilogy, but the second part of one ongoing story.
As with "Ramayana" by William Buck, we find that every creature has its function and that there is not black and white in this purpose. Frodo alludes to this when he thinks of Gandalf, Aragorn, and Gollum in the part they play.
3つのストーリーを楽しめます
[No.32] posted by いっちーご
~2人の仲間を失ってしまい、散り散りになってしまった一行。けれども二つの塔ではメリーとピピン、アラゴルンとレゴラスとギムリ、フロドとサム、それぞれの命がけの冒険と新しい出会いを楽しむことができます。映画では省略せざるをえなかった部分も丁寧に描かれていて、ゴンドールのファラミアが思慮深く高潔な人柄であることも、エントの怒りや苦悩もよく~~わかります。またサムは映画よりもっと素朴な話し方をし、あくまでも忠実な召し使いに徹していると思います。~
ココまで来ると。
[No.31] posted by kluif
第1巻から読み始めてこの巻くらいまで読み進んできたら、面白くて仕方がないと思います。ぜひ、オススメです。
二つの塔は映画よりも原作がお勧め
71.4% (5 / 7)
[No.30] posted by jinchoku
The LORD of the RINGSの最終話「王の帰還」の公開前に結末を知りたくなり、原作で「王の帰還」を読み、そこから遡って「旅の仲間」、「二つの塔」と読みました。脚本によって映画では原作と巻の分割が異なり、省略が随分見られるものの、素晴らしい映画化です。映画を見た後に省略個所を探して原作にあたる楽しみを私たちに与えてくれるのですから。
本書は映画版の「旅の仲間」の後部から「王の帰還」の前部と対応します。すなわち、ボロミアがピピンとメリーを助けるためにオークと戦って命を落とす場面から、フロドがゴラムの姦計によりシェロブに襲われ、サムがフロドの遺志を継いで指輪棄却の旅を開始する場面までです。この範囲で映画と原作の差異から感じた点をいくつか挙げましょう。
・映画ではファラミアの描写を大幅に省略・・・原作では彼は非常に礼儀正しく、賢く描かれています。兄のボロミアが指輪の誘惑に負けてフロドを襲ったことを推測し、さらに指輪を前にして自分の力を試さなかったのです。この部分を削除してはファラミアが哀れです。第3部で彼がエオウィンと結ばれる際の重みが薄れてしまいます。
・吹き替え(戸田奈津子女史による)のサムの台詞がやや不適切・・・サムはフロドの忠実な庭師で、瀬田氏・田中女史による本書の邦訳では彼はフロドのことを常に「フロド様」、あるいは「旦那」と呼びます。映画版「二つの塔」では二人が仲間と別れた後で、激昂したサムがフロドに対して「フロド!おれは!」と叫ぶシーンがあります。原作ではサムはどんなに激しても主人を名前で呼びつける、自身を「おれ」と言うことはありません。二人の設定関係からしても、サムは父親の代からバギンズ家に仕える庭師で、主人をこのように呼びつけること、主人に対する自称に「おれ」を使うことは適切ではないと考えられます。
こうしたことを、原作を読んで考えるのも楽しいのではないでしょうか。
フロドとサムとゴクリ、そしてファラミア
66.7% (2 / 3)
[No.29]
指輪の以前の持ち主ゴクリをモルドールの道案内にしたフロド。フロドを憎みつつ次第にフロドの優しさに引かれていくゴクリ。
敵地を前にフロド達はボロミアの弟でゴンドールの大将ファラミアに出会います。隠れ家でのささやかな食事と酒、つい口を滑らせたサムが指輪の事を話してしまい、運命の指輪を前にしてファラミアのとった行動は?
暗く辛い道のりと次第に重さを増していく指輪がフロドを苦しめますが、そんなフロドを勇気付け笑わせてくれるサムワイズ。そして勇者サムワイズの誕生! 物語はいよいよ・・・!
廃墟での会食!
[No.28]
二つの塔の中で一番好きなシーンが廃墟での会食です。追跡組と若いホッビト達の再会、メリーとピピンはこれまでの経緯をアラゴルン達に語ります。またローハン王セオデンと交わした約束「心ゆくまで聞かせてもらおう、先祖の逸話と本草学を」この約束は果たされず、メリーは後に冒頭で引用される『ホビット庄本草考』を記す事に。そして木の鬚に別れを告げ、指輪の仲間は再会の喜びもつかの間、それぞれの道をたどってゴンドールへ。
木の鬚登場!
50.0% (1 / 2)
[No.27]
「僕は今まで何の役に立ったろう、厄介なお荷物だ。挙句に盗まれて今度はオークたちの荷物ときた」ところが、メリーとピピンは木の鬚に出会って重要な役目を果たします。一方ガンダルフに再開した追跡組みはローハンへ。「あの若い陽気なホビット達に会うことはないのですか?」とレゴラス、「だれが知ろう、気を長くもて」ガンダルフは謎めいた事を言いますが彼らの再会は思わぬ場所で。フロドとサム以外の指輪の仲間は裏切り者の魔法使いサルマンの軍勢と戦うことに!
指輪の「力」とは
66.7% (4 / 6)
[No.26] posted by くま
この巻は全編フロドとサム、ゴクリの旅を述べている。物語は佳境に入ってきた。ついに「滅びの山」のあるモルドールが姿を現す。フロドたちはあらゆる情報から遮断されてひたすらモルドールの中に入り込もうとする。二重人格のゴクリという「獅子身中の虫」を抱えながら。
この巻の最終、サムの活躍はざましいものがある。まさに主人公「フロド」を食っている。いや、中盤では「ゴクリ」が二人よりも目立っていた。この作品の主人公はやはりフロドではないのだろう。何かと言えば「指輪」であるとしか言い様が無い。ところがその「指輪」は伝説の中では大きな「力」をもってはいるが、この物語の中では「姿を消す」ぐらいの力しか示さない。(もっとも、この巻の最終版では新たな力を示すことにはなるが・・・。日本人好みの物語なら、そうはいっても、最後のクライマックスではその「力」を全開する、という展開になるのだろうが、物語の設定はそうなってしまっては「世界」は終ってしまうのだ。だからその結末は選べない。では、どうなるというのだ。
もうこれからは映画でも見ていない未知の領域である。フロド、サムあるいはガンダルフ、アラゴルンらと共に「指輪戦争」の終結を見守りたい。
われらは平和を打ちたてよう
[No.25] posted by くま
映画『ロード・オブ・ザ・リング二つの塔』では、長々と描かれるクライマックス部分がこの一冊に詰まっています。それどころか映画にはまだ描かれていないところまで。
あらすじとは関係ないが、レゴラスとギムリの友情は更に深まっているようです。今回の戦いが一段落つくと、二人はお互いの故郷を訪ねあうことを約束します。森と洞窟、価値観の全く違う二人が自分の価値観に誇りを持ちながら相手を認めていく様が微笑ましい。
そしてローハンの王、セオデンはある場面で高らかに、そして勇気を持ってある男に宣言する。『われらは平和を打ちたてよう。』戦争とは何だろう、平和とは何だろう。その答えを見出すのはまだ早すぎる。
われらは平和を打ちたてよう
50.0% (2 / 4)
[No.24] posted by くま
映画『ロード・オブ・ザ・リング二つの塔』では、長々と描かれるクライマックス部分がこの一冊に詰まっています。それどころか映画にはまだ描かれていないところまで。
あらすじとは関係ないが、レゴラスとギムリの友情は更に深まっているようです。今回の戦いが一段落つくと、二人はお互いの故郷を訪ねあうことを約束します。森と洞窟、価値観の全く違う二人が自分の価値観に誇りを持ちながら相手を認めていく様が微笑ましい。
そしてローハンの王、セオデンはある場面で高らかに、そして勇気を持ってある男に宣言する。『われらは平和を打ちたてよう。』戦争とは何だろう、平和とは何だろう。その答えを見出すのはまだ早すぎる。