- [著]赤羽 礼子
- [著]石井 宏
- カテゴリ:
- 単行本 (245頁)
- ISBN:
- 4794210604
- 発売元:
- 草思社 (2001/05)
- 価格:
- ¥ 1,575 (税込)
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特攻隊員とアメリカ軍将兵をともに受入れたトメ
日本軍の若い特攻隊員は,予科練や学徒出身で,実戦経験もなく未熟だった。その彼等に与えられた「重い命令」を少しでも楽にしてあげたいとトメはがんばった。その一途な母親代わりの愛情は,若者たちにも,自然に受入れられた。
さらに驚くべきことは,このトメが,戦後は進駐してきたアメリカ軍将兵をも,富屋で歓待したことだ。このような行為を裏切りと非難したものもあったようだが,トメは,母親が必要なのは,進駐軍兵士も同様と考えて,決して彼等が来るのを拒まなかった。戦後の特攻隊員の慰霊のための活動と並んで,アメリカ軍将兵との友好も果たすことのできた「肝っ玉かあさん」のようなトメには,人間愛が溢れていたのではないだろうか。
戦争ほど愚かなものはない。
戦争ほど愚かでばかばかしいものはないとこの本を読んでそう思いました。
右翼的、左派的な内容ではなく特攻隊員たちと鳥浜トメさんとの交流などが書かれているので、彼らがどういう事を思っていたかなどが読み取れます。
DNA
えーっと。今、読んでます。 ものすごく興味もあるし、それ以上に、なんと言うか、切なくて、理不尽で・・・。 日本人としてその時代に共感し、共鳴してしまいます。
もう二度と繰り返すことの無いように
鳥浜トメは、まさに天使のような存在であっただろう。二度と帰ることの出来ない特攻兵を、我が子のように接し、そして送り出す。二度と会うことの出来ない別れを、一体どんな気持ちで、一体どんな覚悟で受け止めていたのだろうか。
富屋食堂で、祖国を思いながらアリランを歌い出撃した特攻兵、「ホタルになって帰ってくる」と約束した特攻兵、腕の骨折のため、自転車チューブを腕代わりに操縦桿を握った特攻兵・・。祖国のためとは言え、命をかけての突撃を、目の当たりにしたトメの心情は、計り知れないものがあったのではないか。
戦争は終わり、その後日本は急激な経済成長を遂げるが、次第に戦争で惨禍していった特攻隊の事は、自然に風化されようとした。しかし、今の私達の暮らしあるのは、彼らのおかげでは無いだろうか。日本の未来の為に、日本の将来を思って惨禍した彼らの心は、勇気は、決して忘れてはならない。
ホタルの話しは聞いた事ある人が多いと思います。
本屋でこの本を見つけてなぜか衝動買いをしていました。
その日のうちに全部一気読み。止める事は出来ませんでした。
涙がいっぱい溢れて拭いながら読みました。
小母ちゃんの実の母にも負けない、それ以上の愛と優しさで少年兵達の厳しい生活の中での唯一の癒しになっていたんだなぁと思います。
特攻兵という悲しい記録になって逝ってしまった少年達(青年もいますが)の真実が書いてあります。
全員が全員日本人ではなかった事。
何度挑戦しても敵艦に突撃する事は出来ず没したもの。
自分自身に暗示をかけるかのように何度も「お国のために」と。
ほとんどの少年達が空へ向かう前に小母ちゃんの店へ来て実家の家族へ向けた「最初で最後の本音の手紙」(少年兵達の手紙は上官に検査をされてからしか送ってもらえなかったため本音はほとんど書けなかったようです)を渡していた事。その手紙を上官達に見つからないように早朝に隠れてポストに入れた事。
戦後には多くの中傷や非難を受けながらアメリカ兵の世話もしたこと。
毎日毎日逝ってしまった少年兵達のお参り。
少年兵の家族への手紙。
亡くなるまで小母ちゃんは少年達の母だったんだなぁと思いました。
だからこそホタルは帰ってきた。
美麗字句のない「特攻」の実像
米軍の本土上陸を控え、鹿児島は知覧に組織された陸軍特攻隊基地に、日本のためと信じて志願してきた年端もいかぬ特攻隊員達が送られてくる。
まだあどけなさの残る少年達の多くいる特攻隊員達の、心からの憩いの場として見いだされた富屋食堂のトメは、隊員や教官達から実母以上に慕われ、それに応えるように、限りなき無償の愛を捧げ尽くす・・・。
軍神として散華しなくてはならなかった青少年達の、一番リラックスした状態に長く触れたトメと、その娘である著者礼子にしかみることの出来なかった数々のエピソードは特攻隊員の実像を伝える、一番正しい資料なのではないだろうか。いやしかし、資料と言うにはあまりにも切なく、悲しい。
輝くような純粋な瞳の、冒頭の写真にもある特攻した少年達の!実像と、その後の無惨な結末。
自分たちが死ぬことによって残された日本が救われる・・・と信じて、彼らの多くは潔く命を散らしていったのだった。
著者、またはその母の立場ならではの各隊員達との親密な心の交流は、読者をして当時の状況に肉迫せしめ、まるで目の前に本物の特攻隊員がいて、一人一人別れを告げていく幻影を見るような気さえしてくる。
木訥だが真の人類愛の体現者とも言える鳥浜トメの生涯を軸にして、当時の特攻隊員達が特攻間際どのような日常を送り、どのような別れをしたのか。おそらくは、この本にしか見ることのできない特攻の真実があるのではないだろうか。
ともすれば情に訴える形式を軽視しがちな「戦争」についての現在の認識を、原点に立ち返らせてくれる一冊である。
マスコミの罪は重い
鹿児島県の知覧町に旧日本陸軍の特攻基地があった。そこに軍指定の冨屋食堂があり、食堂の女将が数多くの特攻隊員達から“小母さん”と慕われた鳥浜トメさんである。トメさんの次女である礼子さんが当時の記憶を蘇らせ、そのエピソードをまとめた物が本書である。しかし、悔やまれるのは鳥浜トメさんが生きておられる時に、このような記録として残す行為が成されるべきだった。その役割を担うはずのマスコミは、先の戦争観に偏見をもった姿勢でトメさんを取材し、純粋にトメさんが伝えたいことを全く無視して歪曲して報道に利用していた。そのマスコミの姿勢は今現在でも変わらない。安物のジャーナリストが蔓延るだけである。晩年にトメさんはそのジャーナリストと称する人達が取材に来ると「あんたらに話すことは何もないよ!!」の一点張りだったそうだ。我が国のマスコミは何時になったら反省をし、真のジャーナリズムに目覚めるのだろう…。本当に情けない。
本書を読んだら、是非とも鹿児島県知覧町にある特攻平和会館を訪ねてみて欲しい。特攻隊員が出撃前に書き綴った遺書や手紙が数多く展示されている。鹿児島が遠ければ、靖国神社の境内に遊就館という歴史館がある。そこにも同様のものが展示されている。何れを訪ねても、感動し涙しない人間はいないだろう。
