- [著]ジャレド・ダイアモンド
- [翻訳]楡井 浩一
- カテゴリ:
- 単行本 (440頁)
- ISBN:
- 4794214642
- 発売元:
- 草思社 (2005/12/21)
- 価格:
- ¥ 2,100 (税込)
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崩壊する文明と存続する文明の境界にあるもの
現UCLA教授のJ.ダイヤモンドがこれまでに地球上で存続できずに崩壊へ
至った文明について、可能な限りの科学的証拠を基に、その文明の起源から滅亡へ
至るまでの過程を可能な限り解き明かした書になります。
本書上巻の書き出しは、現代の米モンタナから始まります。モンタナと言えば、
いまだに牧畜が産業の中心にあり、N.マクリーンの一連の著になる
「マクリーンの川(A River Runs Through It)」の舞台の中心ともなった土地です。
そのモンタナが抱える問題を過去に消滅した文明と関連付け、著者が導き出した
文明の崩壊を引き起こす五つの要素(環境被害、気候変動、近隣の敵対集団、
友好的な取引相手、環境問題への社会の対応)を引きながらモンタナの現在へ至る
盛衰を過去の文明と対峙させて描写します。
そのプロセスは環境被害、気候変動の科学的証拠だけではなく、だからといって
社会の対応をはじめとする人的な影響だけでもなく、時を経ながら複合して互いに影響し、
経過していく様をバランスを失わず客観的に述べ、論文調とは異なる立場をとりつつも、
一方では悲劇的に仕上げることだけを目的とするわけでもなく、文明の命運を
分かつエッセンスを抽出することに徹しています。
第2部には、イースター、南東ポリネシア(ピトケアン島とヘンダーソン島)、
北米国先住民(アナサジ)、マヤ、ヴァイキングが同様の手法で章立てて述べられています。
これらも可能な限り、これまでの考古学、歴史学で提唱されてきた仮説と対立する
面では、独断に陥らないように反証を提示しつつ、矛盾の少ない説を提供しています。
章末には取り上げた文明の盛衰を現代の文明、例えば現代アメリカが抱える課題と
その対応状況に倒置して簡単な類推を行うことで、さりげなく忍び寄る現代社会への
同様の脅威に警鐘を鳴らしており、現代文明の末路を明確には示しませんが、
読者が容易にその将来を類推し得る話題を提供することに本書の特徴はあります。
科学的証拠自体の検証は行われないので、その信頼性にはやや不安を覚えますが、
それを除くと本書の構成や文体、また意義や話題性は十分に高いものがあると思います。
誤訳・訳抜けに注意。
内容については他のレビュアーの評価通り。非常に面白い本である。訳文もとてもこなれていて、非常に読みやすい。ただ、原文と照らし合わせて読むと、訳抜けや誤訳が大量に見つかるので、星一つ減らして三つにしました。
訳抜けの例:訳書32頁「非環境保護主義=企業利益優先主義という等式は成り立たない。環境保護主義に懐疑的な人の中には、大企業や経済界に属さない人も多いからだ。」原著15頁では、non-environmentalist=pro-business is imperfect, many businesspeople consider themselves environmentalists, and many people skeptical environmentalists' claims are not in the world of big business. 訳文では二つ目のセンテンス「多くの実業家は環境保護主義者を自ら任じている」が抜けている。
誤訳の例:訳書107頁「スティーヴは、次期選挙に立つ意欲を失ってしまった。」原著65頁Steve lost his subsequent bid for reelection. 原文のlostは「意欲を失う」ではなく、「選挙に負ける」の意だから、正しい訳文は「スティーヴは再選を目指したが、落選してしまった。」
誤訳の例:訳書136−137頁「イースター島の作物であるバナナ、タロイモ、サツマイモ、サトウキビ、カジノキは、おもに東南アジアを原産とするポリネシア特有の作物だ」原著86頁Easter's crops ware bananas, taro, sweet potato, sugercane, and paper mulberry, typical Polynesian crops mostly of Southeast Asian Origin. 問題点は二つで、まずこれらの作物の多くはミクロネシアや東南アジアでも栽培されていたから、typicalは「特有」ではなく「典型的」と訳さねばならない。もう一つ、mostlyは「おもに」より「ほとんどは」と訳した方が、「これらの作物の中には東南アジア原産ではないもの(サツマイモは南米原産)もある」という含意を適切に表現出来るだろう。
怪しい訳の例:訳書137頁「海上及び農耕生活を送っていたとされる人々」原著86頁seafaring and farming people、「seafaring」は航海、特に遠洋航海を意味する言葉なので、「海上生活」はかなり変な訳語。「遠洋航海と農業で暮らしていた」で良いのでは。この直後の「(ラピタ人が)ソロモン諸島東域の開けた海上で1600キロメートル近く波に流され」swept nearly a thousand miles across the open oceanは致命的な誤訳。swept(sweep)には「通過する」という意味もあるし、構文を見ればこのsweptは他動詞ではなく自動詞であることもわかるのだから、「1000マイル近い外洋を一気に通過し」としなければ。特にラピタ人・古代ポリネシア人が漂着ではなく意図的航海で西ポリネシアに到達したことは、ポリネシア考古学史上最大の論点でもあったのだから、それを踏まえないこの訳はちょっといただけない。
だいたい、このレベルの誤訳が原著見開きで2箇所か3箇所は見つかるのだから、この訳者の訳文は、大意は伝えているものの、細部は相当にいい加減だと言うしかない。この訳者は3ヶ月か4ヶ月ごとに1冊のペースで翻訳書を量産している人なので、仕事が雑になっているのかもしれない。文法構造の解析もしている気配が無いし、関連資料も読み込んでいないのだろうし、訳語の検討もおざなりだ。訳書167頁の「安心して棲める天国そのもの」など、原著105頁を見るとideal safe haven(理想的で安全な待避所)だった。haven「待避所」とheaven「天国」を混同しているのだ。酷いものだ。
以上のような理由から、大まかな内容を掴むのならこの翻訳でも良いが、精読したり論文に引用したい場合は絶対に原著を確認すべきと警告しておく。
圧巻
「銃・病原菌・鉄」で文明の成り立ちを論じた著者が、今度は文明の崩壊を考察している。
前著と同様、数々の科学的客観的事実を現地の伝承とつきあわせて考察していく過程は圧巻である。
ただ、上下巻を通して著者が伝えたかったことは環境の大切さということであろうが、
特に下巻の現代の環境危機を論ずる内容は、それ以前の客観的で冷静な考察とは一転して、
感情的で主観的な記述となっているように感じる。
上巻のイースター島を始めとするポリネシアの文明崩壊についても、
ポリネシア人の住む多数の島々の極めて稀な例であることを明記すべきと思う。
ゆえに★4つ。
環境問題は世界視線で一挙に解決が必要
「何故ある文明は環境とうまく渡り合って存続し、ある文明は失敗したのか」
「何故冷静に考えると滅びに向かうような決断を行うのか」
成功・失敗事例を過去・現在にわたり追いながら、この疑問に迫っていく。
著者なりの回答とその対策については、実際に読んで頂きたい。
前著ではかなり偶然的な動植物の資源・地勢などの環境的な布置から栄枯盛衰の必然を
説明してみせた。「環境破壊」に焦点があるものの、本書でもその基本路線は変わらない。
一見すると環境決定論者のようだが、政策や企業への実践的思想、人々の心性の重要性に
ついて熱く語っており、環境問題がいかに逼迫しており、今すぐにでも、一斉に解決しな
ければならない問題なのか伝わってくる。
但し、やや冗長。ゆえに。★ナイナス1。
巨大な「おくされさま」になりつつある中国が、このままのペースで発展・消費していった
ら、世界はどうなるのだろう。「近代世界システム」としての資本主義はその時みずからの
死を選び取るのか?それとも・・・奇跡的な価値観の転換を織り込むのか?
環境と経済はバランスの対象ではない
現生人類は、知らないことに対して傲慢になりがちなのかもしれません。たった数千年の歴史の中でも、繰り返し何度も文明が崩壊してきているのに、その事実を知らない間は、いくらでも自然に対して傲慢になってきたわけです。ただし、現時点の地球温暖化問題に代表される危機は、もし崩壊したときには人類としては再チャレンジできないかもしれない瀬戸際にきているかもしれません。
年初にアル・ゴアの「不都合な真実」を映画で見たあとは、時事のニュースを見ていても環境問題に一番の関心が向くようになっています。そこに、あのジャレドダイヤモンドの新作が書店の店頭にずらりと並んだのでドキッとしました。当初の期待以上の知識・知恵を授けてくれました。
末尾で第三者的な態度の典型のいくつかがあげられていますが、その中のひとつ、
「自分が生きている間は、それほど大きな問題にはならないだろう = 解決は未来の世代の課題であって自分には関係がない」
にははっとさせられました。次世代以降におしつけられればそれでいいかどうかはわかりませんが、確度の高い予測ではもっと早く私たちの生きている間に大崩壊がおきる可能性も小さくはないとわかれば、また話は違ってくるでしょう。
現代文明に忍び寄る崩壊の予感
前著の"Gun, Germs, and Steel"は、人類文明の発展度合いに格差が生じた原因を地域特性や環境をキーに判りやすく説明した大作で、初めて知ったことが多く非常に感銘を受けたが、本著では逆に人類文明の崩壊がテーマとなっている。
上巻ではイースター島やバイキングのアイスランド等における過去の文明社会の崩壊の要因が、人類による環境破壊、気候の変化、敵対文明の登場など共通性があることが描かれており、実に興味深い。その一方で、同様の危機に直面しつつも、環境に適応して生き延びた社会の事例も紹介される。その中には意外にも徳川幕府による森林保護も含まれている。
下巻では一転して現代社会が取り上げられる。環境破壊が大量虐殺につながっているアフリカのルワンダやハイチの状況が描かれ、過去の話と思っていた環境破壊による文明社会の崩壊がとたんに身近に迫ってくるのが怖い。個人的にショッキングであったのは自然豊かな国というイメージのあったオーストラリアの状況だ。また、過去に自国の森林保護に成功した日本が、現代においては他国の森林破壊を行っている状況は皮肉だ。
本書により、豊かな生活を享受している先進国の文明社会の基盤が揺らいでいることと、過去の教訓を無駄にすることなく現実を直視して地球環境と共存した生き方に転換する時期に来ていることを実感させられた。大変な労作であり、面白くかつ考えさせられるので、是非一読されることを推薦したい。
歴史的な知識の宝庫
ダイヤモンドは銃・病原菌・鉄につづいて本書を書いた。
イースター島、ユカタン半島のマヤ文明、グリーンランドの白人社会など、文明が崩壊したのがどのような状況にあったかを知るだけでも、進歩史観が圧倒的な歴史教育の副読本として有用だと思われる。実際、世界史の常識にはほとんど、これらの滅亡した文明は出てこないからである。
だが具体的に環境保護のために何をするべきかということになると、必ずしも答えは一元的ではない。正直、私にはダイヤモンドがいうほどの生態的な脆弱性を現代社会が抱えているとは、にわかには信じられないからである。
ブッシュもこの本を読め!
こんなすばらしい本には、めったにお目にかかれません!
地球上のすべての人に読んでもらいたいと、心から思います。
唯一、難点を言えば、冒頭の、現代のモンタナ州の章は、冗長で他章ほど面白くない。ここで退屈して後の章を読むのを止めてしまう人がいたら、もったいないという意味で、唯一の欠点です。はじめて読む方は、モンタナ州は後回しにして、イースター島から読み始めることをお勧めします。
全部読む必要はない
とにかくボリュームのある本ですが、もっと短くまとめられるだろうって気がします。
読書の上手い方はどんどん飛ばし読みしてもよいと思います。
資源の枯渇と人口の減少、文明最後の1人という話は古代の文明に想像を掻きたてられます
評価の難しい一冊
「銃・病原菌・鉄」のダイヤモンド博士の続著。ということで、前半の詳細な分析と後半に進むにつれての消化不良感は相変わらず、というところか。 <br />前半の分析は、対象の幅広さとそこからのメッセージの納得性ともよろしいのではないでしょうか。で、無理やりまとめると、「文明が存続するか崩壊するかは、その土地固有の環境要因に適応した文明を構築できるかが鍵」と言っているのだろう。そしてその要因については本書をご覧ください。 <br />ただ、提言になると、「その土地固有の」という観点が抜けて(さらに「環境要因」の「要因」が抜けて)、環境保護の大合唱になってしまう。土地固有の話題はどうしたの?と思うと、「グローバル化した現在、ある土地の環境は別の土地の環境侵害にも大きく影響を受けるので、環境保護はグローバルレベルで考えること」ときたら、前半の分析はどうなってしまうの?と思ってしまう(だって、周囲の環境との距離だって文明存続のパラメーターと言ってたじゃん)。うーん前半の分析は後半の環境保護を訴えるための「だし」だったのか・・・。 <br />筆者の主張に反論するつもりは毛頭ないが、ここまで分析での結論と提言の内容にずれがあるのはどうだろうか、と疑問を感じずにはいられない。 <br />前半の分析部分を評価して星四つ。
