- [著]ジャレド・ダイアモンド
- [翻訳]楡井 浩一
- カテゴリ:
- 単行本 (436頁)
- ISBN:
- 4794214650
- 発売元:
- 草思社 (2005/12/21)
- 価格:
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文明の崩壊を考察し、導いた結論は…
上巻より続く第2部の残りで過去から存続している社会へ目を向けることから
下巻ははじまります。
ここでは、ニューギニア高地、大西洋南西部のティコピア島、そして、森林資源が
損なわれた江戸時代初期の日本を取り上げ、危機的状況に陥りながら、存続へ向けた
舵を切ることで、結果として現在も維持されている社会として取り上げています。
社会的な要因とともに、世襲制が比較的安定していた江戸時代に「環境問題への
社会の対応」の面から、建造物資材、緑肥、薪などに使われる森林資源の利用を
持続可能な管理方式へと幕府というトップダウンにより実施されたことなどが
功を奏した、と考察されています。
続く第3部では、「現代の社会」の例に目を向け、ルワンダ(近隣の敵対集団)、
ドミニカとハイチ(環境被害)、中国(環境問題への社会の対応)、オーストラリア
(友好的な取引相手、環境問題への社会の対応)を詳細に観察し、主要因から
引き起こされる悲劇的状況に真っ直ぐ目を見据えながらも将来への明るい兆しを
付け加えることを忘れません。ここまでで環境面が主効果とされる流れができています。
更に第4部の「将来へ向けて」で、著者の持論が展開され、現在を生きる私達は
いかなる未来を創造するかという選択を迫られます。しかしながら、ここへきて、
やや性急に答えを求める余り著者の意見が環境面に偏りすぎる傾向があることは
否めません。
それでも、現代の複雑かつ相互に関係する集団(国家)の各々および総体へ向けて、
崩壊へ至る各段階、(問題の予期の失敗、問題の発生の検知の失敗、解決案の
立案・実施の失敗、実施内容自体が失敗)の内容を上巻からの多数の事例を元に
丁寧に導き、解決するべき問題を12挙げ、解決策が「最も重要な問題を
解決するだけにとどまらないこと」という、私達の安直な姿勢を戒めることを
忘れておらず、問題のどれかひとつでも未解決のままに残されれば、私達
(すべての国家)は甚大な被害を被ることになる、という重要な警告を発した
意義は大きなものだと思います。
こいつは超訳だ
非常に面白い本なのだが、何しろ訳文の信頼性が非常に低い。アカデミー出版登録商標であるところの「超訳」である。訳しにくい節の全面省略など枚挙に暇がないし、誤訳も多い。原文の意味が理解出来ていないが故の奇天烈な訳文も沢山。例えば他のレビュアーが江戸期の日本で石炭が広く使用されたという記述に疑念を呈している。これに対応する訳文は46ページ「17世紀後半以降の日本では、燃料として木よりも石炭が多く利用され始めた」であるが、原著300ページを見ると「beginning in the late 17th century, Japan's use of coal instead of wood as a fuel rose.」とある。普通に訳せば「17世紀末になると、木の代替燃料としての石炭の利用が始まった」だ。石炭の使用料が木質燃料を上回ったという含意はここには無いし、lateとlatter halfの意味の違いも翻訳者は理解出来ていない。
きちんと読もうと思ったら、原著を手元に置いて重要な記述、怪しい記述の原文を逐一確認していかなければならない。最初から原著を読んだ方が早いかもしれない(安いし)。
なお、他のレビュアーが問題視していた「大名が将軍に年貢を納めていた」という記述は43ページにあるが、原著ではannual obligationである。これを年貢と訳すのはかなり妙な翻訳で(年貢に対応する英単語はgavelやrender)、最終的には著者に確認する必要があるだろうが、原著の記述は手伝普請のようなものが念頭にあったのかもしれない。たしかに翻訳はプアだが原著はかなり精密なので、念のため。
過去に学ぶということが、今のわれわれにとって重要であり、これが人類にとって貴重な財産であると思った。
いろいろと考えさせられる本である。
本書の上巻では、五つの閉ざされた過去の社会の崩壊の物語が披露される。
南海の孤島イースター島の繁栄と崩壊。ピトケアン島とヘンダーソン島、マンガレヴァ島三島の交易と消滅。アメリカ南部に築かれたアナサジ遺跡が語る環境と旱魃。マヤ文明の環境破壊による旱魃と戦争。ノルウェー領グリーンランドに持ち込まれた中世ヨーロッパ型社会の崩壊。
いずれも、人間が入植し自ら環境破壊をし尽くして文明を極めた後、突然の崩壊が見られる事例ばかりである。
これを踏まえて下巻では、ルワンダの大量虐殺の背景にあるもの、同じ島にある二つの国ドミニカ共和国とハイチの環境の対比、大国中国の抱える環境問題、オーストラリアに進行しつつある危機などなど、現代社会のいたるところに見られる環境破壊を考察している。
その上で、最後に将来の展望を記している。著者は「慎重な楽観主義者である」として、この本を人類への警鐘の書として送り出したものであると結んでいる。
そのとおり、過去の崩壊した社会はいずれも、ほかに情報のない世界であった。過去に学ぶということが、今のわれわれにとって重要であり、これが人類にとって貴重な財産であると思った。
地球という井戸の中の蛙
高校で物理学を最初に教わるときには、「無限のフラットな空間の中に、大きさゼロの質点ががあるとする」というかなり無理な設定からスタートしました。こういう無理な設定は日常感覚とは相容れないのですが、学問というものは「学問としてシンプルに分析できるものを対象とする」か「現実とは多少違ったとしても、議論しやすいように単純な系を仮定する」ことを前提としているのでしょう。そういう環境に長く深くかかわると、マインドセットがそういう仮想空間こそ現実だと感じるように切り替わってしまうのだと思います。
下巻では、上巻で紹介された失敗例と対比できるような”成功例”がでてきますが、よく考えれば両者にあまり差がないことに気づきます。失敗例は、歴史的に既に失敗して文明が散逸してしまった事例でした。一方、成功例のほうは、ある期間それなりにうまくやっていた事例でしかありません。けっして永遠の成功ではないのです。あくまでもある期間の話です。失敗するまでは成功しているというだけです。
いずれの例でも数百年単位でみれば再試行が可能だったということでしょうか。前提として、「環境全体に比較すれば、その社会・文明のサイズは十分小さい」という理想系の想定が現実に近かったからでしょう。
さて、今の人類社会の状況は、この仮定が成り立たない段階にきています。恐竜の歴史を博物館ではなく日常で感じることになっても不思議ではないかもしれません。
胡錦濤もこの本をよめ!
上巻で語られた過去の文明崩壊と同様に、己の欲望のみに突き動かされる愚かな人類は、自分を生かしてくれている環境と生態系を破壊しつくし、資源をむさぼり枯渇させ、いまこの瞬間にも坂を転げ落ちるように滅亡に向かっている! 人類よ、過去に学べ!未来を見ろ! とりあえず、この本を読め!
長くて読めない、という人は、この本はどこから読んでも構わないので(下巻からでも可)、ルワンダあたりから始めてみてください。
存続のための処方箋も
克明な各文明の分析については他の方のレビューに譲り、下巻の巻末で持続可能な社会への具体的な処方箋を記述していることを特記したい。
製品選択や投票行動、政府や議員への資源管理への要請、もっと身近なところでは「環境保全なんてやはり建前」という知人に「いや、もうそうは言ってられない状況だろう」とこたえることでも事態は変わりうる。我々が黙認し続ければ、事態は破滅的になるだろうし、何かを始めることで回避できる可能性は高まるだろう。
良書なのだ・・・・
議論の進め方には納得できる。
(トインビーの「歴史の研究」の亜流ですな)
しかし、森をより木をみてしまう私には多いに不満が残る。
日本に関する記述がでたらめ。大名が将軍に年貢を納めただぁ?!(笑)
石炭が江戸時代に広く使われた(?_?)
ルワンダの虐殺について、虐殺数が無いし、虐殺開始当時の人口、人口密度の数字が無い。
また、1950年以降で虐殺数第3位としているが、文化大革命が抜けている。中国と言えばチベットの虐殺と民族浄化にも言及が無い。
私には知識が無い他の事例についても、同様だろう。どうも基礎データがあやしい。
細部を見るといい加減な知識に基づいて議論を建てている事がわかる。更に、数表が無いので、説得力に欠く。
議論は正しいと思われるのに惜しい事だ。
壮大な実験を見るようである
ある社会(文明)が崩壊するのか、存続できるのか? 時空を超えた世界各地の社会の事例を選択し、これを考察している。著者はもともと科学者、生物学者であり、人文系学者の著作とは異なり、あたかもよく計画された科学的実験の結果と考察を見るようである。
上巻では、イースター島、マヤ、ノルウェー領グリーンランドなどの崩壊が語られる。イースター島の場合は最もシンプルな実験であり、考察がしやすい。イースター島という「閉じられた系」に入り込んだ人々を崩壊に至るまでの経過をじっと観察したようなものである。
そして、いくつかの存続を可能にした社会(この中には江戸時代の日本が含まれるが)が語られる。さらには現代に目を移し、ルワンダの悲劇や中国、オーストラリアなどの社会の問題が考察がなされる。
社会が存続していくには施政者の役割も無視できないが、人口の増加に関するマルサス理論は、現在でも厳然たる事実である。中国の強引な一人っ子政策などは、もしかしたら将来、賞賛されることになるかもかもしれない。
本書では、以上の考察を踏まえて地球的規模の環境破壊、地球温暖化の問題などについても触れられる。しかし、将来に向けて処方箋を示すことは著者の主目的ではないだろう。まずは壮大なロマンとして本書を楽しみたい。
必読
この本を上巻だけでやめてしまった人は、是非、下巻も読んで欲しいと思います。たしかにボリュームはありますが、もともと原書は1冊の本なのですから。内容については他のかたのレビューや出版社のレビューに譲りますが、とにかく、われわれに静かな警告を与えてくれる書物→現代人の必読書、といえるでしょう。もっと早くこういう本に出会いたかった!
文明は環境破壊によって崩壊する
これまでの教科書では、文明の盛衰については社会の時間に政治・経済学的に
語られることが多かったため、文明の存在する環境は、現在とあまり変わらない、
ある程度不変のものという前提のもとに構築されていた。
そもそも文明について考えるのが、文系の学者さんが多いためであろう。
そうすると、文明を築き滅ぼす主体はあくまで人間であって、
環境は従属するものということになってしまう。
しかし、本書は、これまでの文系の視点だけではなく、そこに所謂理系の視点を
持ち込むことによって、環境との相互作用により文明は盛衰することを
見事に示している。
そのように考えれば、砂漠などの現在は不毛の地に過去の大文明があった
ことの意味が分かってくる。
不毛の地に文明が発達したのではなく、文明の発達による環境破壊によって
不毛の地になってしまったのである。
今語られる環境問題にしても、今になって急に深刻になった温暖化やエネルギー問題だけに
単純化することはできない。
地域的な環境問題というのは、人類文明が始まってから続いているのであり、
現代ではそれが地域だけの問題ではなく、地球全体の問題になってきた
という視点で、考え直す必要があろう。
地域環境の破壊により崩壊してきた地域文明を考えると、全地球環境の破壊に直面している、
現代地球文明は、まさにグローバルな崩壊の危機に直面しているといえる。
現代文明の行く末を考える上で欠かすことのできない好著といえる。
