- [著]小室 直樹
- カテゴリ:
- 単行本 (492頁)
- ISBN:
- 4797671459
- 発売元:
- 集英社インターナショナル (2006/03)
- 価格:
- ¥ 1,890 (税込)
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小室氏と本書についての感想
「小室直樹氏に関して」
良くも悪くも大塚久雄氏の弟子ですね。
解説がわかりやすい
書かれてある内容は良い
ずっと同じ発想・題材で本を書いている
著作が、タイトル変えただけで、他の著作と内容がほとんど同じ
繰り返しが多い
良いところも悪いところも受け継いでいますね。
「本書自体に関して」
やはり内容は良いです。
わかりやすいですし、多岐にわたって書かれていて、面白く読めると思います。したがって、小室氏の本を読んだことがない方には非常にお勧めです。
しかし、読んだことがある方には、その他の著書で繰り返し書かれてある内容なので、お勧めしません。
教養だけにはとどまらない
すでにいくつかのレビューにもあるように、本書はすばらしい教養書であり、社会科学における名著である。
しかし、著者の理論はそれだけにとどまらない。本書は誰もが知っているような概念を見事に結合させており、何よりも読者の思考を促し、思考停止状態の凝り固まった脳を活性化させてくれる。いわば啓発の書である。
特にキリスト教における「予定説」は権威主義的教育や、唯脳論など、あらゆる分野に応用可能である。
社会科学の金字塔とも言える一冊である。
これ1冊で幅広い知識が得られる!
タイトル通り、主要テーマは「憲法」である。
「憲法」とは何のためにどのような経緯で生まれたのか?を語る上で、宗教、古代哲学、近世近代ヨーロッパ、思想、民主主義、政治、経済学などの歴史を論じています。
500ページ近い大著であるため、何だか難しそうに感じるかもしれませんが、それらがわかりやすく読みやすい文体で書かれているので、初心者でもすらすら読めるでしょう。
見解全てに同意するわけではないが、これ1冊で幅広い知識が得られるのでお薦め。
あるべき憲法論議に導く名著
憲法とは要するに、特殊西欧的・特殊キリスト教圏的なものであり、
そうではない異宗教の土地の人間には到底理解しえぬものなのだが、
唯一、日本では憲法を擬似的な理解を促すものとして「天皇教」が存在した。
現在的な問題として、「いかにすれば日本人は憲法を理解できるか、その方法は
小室的「天皇教」なのか、違う方法なのか」また「西欧的近代主義以外の、オルタナティブ
な価値観がありうるのか」というのが正しい憲法論議だろう。
9条云々は正確な理解をしてからの話である。
何のための憲法?
私自信、この本を読むまで法律について考えたことがなかった。六法が憲法、民法、商法、刑法、刑事訴訟法、民事訴訟法の6つで構成されていることが知っていたが、それぞれの役割について微塵も考えたことはなかった。
この本の中に、刑法は誰に対する法律なのかという問いかけがある。私は当然「犯罪者」に対する法律と思っていたが、実はそうではないという事実に驚愕した(実際「人を殺すな」なんて法律は存在しない!)。考え方としては、仮に刑法を破ることができる人は誰かと考えた場合、それは裁判官に他ならない。なぜならば、裁判官が刑法に基づいて判決を下すからである。ということは、裁判官は刑法により縛られているということになる。
裁判官のみならず国も同じことで、憲法がなければ、国は私たちに対して何でもできることになる。例えば、国は国民の財産を奪ってもいいということになれば、自由に奪うことができてしまうのだ。だからこそ、国という強大な力を抑える必要があり、そのために憲法で国を縛らなければならないという理論である。
このように、憲法どのように形成されていったのかが時代を追って書かれてあり、非常に興味深く読むことができた。おススメの一冊である。
教養
マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理
と資本主義の精神」の焼き直しであり、ウェーバーの原
著か翻訳を読む方が良いようにも思える。
しかし、この本に比べると、ウェーバーの原著と翻訳は
読ませる力が弱い。欧州圏と日本の教養のずれが、その原
因でろう。そこでかどうかは定かではないが、この本は教
養のずれを補っており、読みやすいものとなっている。よ
って、存在意義は十分にある。
ただ、この本の内容は欧州圏の憲法の教養であり、日本
国憲法との間には相当なずれがある。例えば、著者は、日
本人は天皇を媒体として平等の観念を具体化した、と考え
ているようである。しかし、今の日本人はそのようにして
平等の観念を捉えているとは、どうしても思えない。とす
ると、日本には平等の観念が具体化されていないことにな
るが、そのことについてはどこにも書かれていない。
小室直樹の入門本として
私が初めて読んだ小室直樹さんの著書はこの本の改題前の「痛快!憲法学」でしたが、はっきり言って衝撃でした。内容が、憲法だけでなく、世界史、キリスト教、経済、数学、政治とあまりに多岐に及んでいて、その知識量に驚かされると同時に、もっと早く(できれば大学時代のような若いときに)こういう本を読んでおけば、その後の読書の分野も違っていただろうに、と悔やまれてなりません。この本の内容はある意味で小室直樹さんのエッセンスだと思いますので、彼の本を読んだことがない方はまずこの本を読んでみて、もし気に入れば他の本も是非読んでもらいたいのですが、もし肌に合わない、というなら他の本を読んでも恐らく面白くないかもしれません。とにかく、この本は、知識を増やすことの楽しさを教えてくれた私にとっては貴重な1冊です。
言論の自由
一昔前日本には言論の自由なんてなかったように思われるが実は言論の自由はあった。というような論調には疑問を感じます。
明治から戦後にかけて、天皇教とでもいう宗教の本義とはかけ離れたような利己的で無茶な宗教が武力を持って行使されたがために、その他の宗教は徹底的に弾圧されました。
教義の変更はあらゆる宗教に及び、それにおおじない宗教はこの世から跡形もなく消滅させられたものすらあります。
これは誇張でもなんでもなく本当になくならされたのです。しかも武力でです。
なのに天皇教がなくなってなければ民衆主義が守られたというのは無茶があります。
あの時代日本が意思を統一するために天皇教が必要で、またそれによって民主主義が確立されたというのは認めるところですが、あれは一時のものであり、いつまでもつづけていくのには、天皇教ではダメだったというのが歴史が示すものだと思います。
小室直樹だからこそできる芸当!
「無学者」小室直樹の憲法講義。著者について知らない人の為に、著者を簡単に紹介する。
京都大学理学部数学科卒業後、大阪大学大学院経済学研究科で、市村真一や高田保馬らのもとで理論経済学を研究する。博士課程を中退後、第2回フルブライト留学生としてアメリカへ留学。ミシガンでスーツに計量経済学を、MITでサミュエルソン(1970年・ノーベル賞)とソロー(1989年・ノーベル賞)に経済学を、ハーバードでアロー(1972年・ノーベル賞)とクープマンス(1975年・ノーベル賞)に経済学をスキナーに心理学をパーソンズに社会学をホマンズに社会心理学を学ぶ。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科進学。丸山眞男の元で政治学を学ぶ。また、社会科学の統合を志し、法社会学(川島武宜)・社会学(富永健一)・社会人類学(中根千枝)などの多様な学問を一流の学者から学ぶ。さらに、M・ウェーバーを早急に極めるため、大塚久雄宅・周辺に居を移し、直接指導を受ける(十年)。また、自主ゼミ出身者に、宮台真司・橋爪大三郎・副島隆彦など、優秀な人材が多数。
大学では、基本的に解釈学しか教えないが、本書では、憲法の成立背景と歴史・日本における憲法認識の課程などが、簡潔に説明されており、まさに憲法原論といっていい内容である。もしあなたが「憲法は国民が守るもの」と思っているなら、本書を早急に読むべきである。本書を読めば、憲法の成立過程を通じて、なぜ憲法が「国民から統治権力(政治家・役人)への命令」であるのかを、深く認識できるだろう。
愛蔵版になって、人にも勧めやすくなりました(笑)
ガッカリですな。
『日本人のための憲法原論』とのタイトルであるが、日本人である私にはアイデンティティを全く感じられないお粗末な内容であった。
まず、キリスト教の布教的要素が存分に感じられた。
織田信長を賛美する様は、一神教・覇道精神まっしぐらな虐殺肯定論の宣教師である。
何故に豊臣・徳川がキリスト教を許さなかったのかを屁理屈抜きでお考になるのが宜しかろう。
そもそも現憲法は、生まれると同時に余命宣告をされた様なものである。
これは、国際【契約】無視の悲運な誕生を強いられた非民主的史実を踏まえれば問うまでもなく、既に死んでいる憲法である。
又、キリスト教の要素として【タテ・ヨコの契約】を意気揚々と論じておられるが、自国の日本神道が生んだ【縦・横】すなわち【奉・恥の文化】を何故論じおられないのか不思議である。
又、イスラム教、ユダヤ教の善し悪しはともかく、キリスト教よりこれらが劣っているという主観(信仰心?)は、私から言わせれば【同じ穴のムジナ】である。
小室氏がキリストのお神が絶対神だと信ずる事を否定はしないが、契約違反さえしなければ何をしてもいいのか?
自分達さえよければそれでいいのか?と疑問を抱いてしまう事の方が愚かな事なのだろうか?
我が日本国の【異神教肯定・吸収精神】を是非とももう一度検証して頂きたい。
どちらが秩序を保ててるのかは史実が証明しているであろう。
