- [著]ミルトン・フリードマン
- [翻訳]村井 章子
- カテゴリ:
- 単行本(ソフトカバー) (384頁)
- ISBN:
- 4822246418
- 発売元:
- 日経BP社 (2008/04/10)
- 価格:
- ¥ 2,520 (税込)
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解説は霞ヶ関埋蔵金男
今から50年も前の経済学の講義録が基となっているのに、今なお内容に古さを感じないことに驚きを感じると同時に、金融や財政の分野で学問的見地からすればいかに間違ったことが行われているかということの本書は証拠となるだろう。
巻末の解説は「霞ヶ関埋蔵金男」こと高橋洋一氏。的を得た適切な内容で、読後に本書の全体を俯瞰できる。
市場システムへの信頼
マンキュー先生お勧めの一冊。
本書の主張の多くは、市場に対する信頼に依拠しています。市場システムが好ましいというロジックのざっくりした流れは、以下のようになります:
A.特別な障害がない限り、双方が十分な情報を得た上で自発的に行う取引は、双方の利益が成り立つように成立する。
↓
B.市場システムは、何よりも公平に、各人の要求を調和させる。
↓
C.市場システムは、多くの場合、不特定多数の人々全体にとって好ましい結果をもたらす。
市場システムへの信頼に依拠し、フリードマンは、さまざまな主張をしています。その基本は、限られた知識しか持ち合わせていない政府の介入を可能な限り少なくし、市場メカニズムに経済運営をゆだねる、というものです。
本書でフリードマンが主張するよりは、政府が介入する必要がある分野はもう少しあるのかもしれません。たとえば、差別というのは、一つのナッシュ均衡になってしまう事があると思いますので、これは市場メカニズムによっては崩されない場合がありえます。
しかし彼の主張には概ね同意しますし、その価値は失われる事がないと思います。
世の中変わるもんだ
30年以上前、西山訳で読みました。その時は際物扱いされていた本でした。あんまり「自由だ」「自由だ」と叫ばれるので、ケインズに毒されていた(今も毒されていますが)私などは辟易したものです。それが、こんなに評価されるようになるとは。時代の流れを感じます。まるで安部前首相のようです。
わがまま民主主義
自由主義というと「政府は悪だ」という印象があるが、「正義の法に反せざる限り」というのが自由主義の前提であって、つまり政府の役割は(最小限)必要不可欠だとしている。
その中で、政府の役割がどの程度必要かについて、国民がそれぞれの代表を出し合い、国会という場で自由競争のルールを決めるのが、近代以降の民主主義である。
つまり、本来ならば小麦の価格が高騰しているとかいうものも、すべては国民が望んだ自由競争のルールに基づいているものである。
しかし、現代はそれらの責任ですら政府に押し付けるようなわがままな民主主義になってしまっている。
良い、悪いではなく。
小さな政府がいいとか、福祉も大切だとか、規制は悪だとか、主張はするが、どうしてそうすることが良いのか・・?
そういえば、先日、某旧大臣の経済学者が「利息に制限をつけるなんてけしからん。(高利で)駄目になったら破産処理したらいい。」と言っていた。
そのようなことを聞けば「なにを言っているんだ、悪徳金融のせいで何人もの人が自殺してるんだぞ!」と言いたくなるでしょう。
しかし、今、わたしは、『悪徳』と言ってしまいました。
つまり価値判断をしていまったわけです。そして、利息制限法はその価値判断を押し付けてしまった制度というわけです。
これこそ自由主義がもっとも敵視する『正義』の押し付けということ。
なにが正義かだれにも分からない、だから、自由にやらせることが前提(利息制限法撤廃)で問題がおこったら後処理(破産法)をすべきだというわけです。
米国のような自由主義市場社会を良しとする某氏も、こう考えていたわけです。
そういうことが、本書を読めばよくよく分かるようになります。
本書は、小さな政府や郵政事業(公営企業)民営化などの理論的根拠になる自由主義のバイプル的存在で、
現代の社会を深く読み解くには避けては通れない本です。
J.S.ミルの『自由論』からつづく、個性の尊重・自由意思の多様性受入れという自由主義の現代的昇華です。
・・・ご参考にしてくださいまし。
リベラリストに破門された似非リベラリスト
現在の日本社会が万民(国民のみならずという意味ですよ。念のため)にとって幸福であり、
たとえば後期高齢者医療制度が不可欠の制度であり、これを定着させることが未来の人民にとっても意義深いものであると心底信じている人というのがいるということが、本書のレビューをみるとわかる。
フリードマンは師であるナイトに破門され、ハイエクにも軽蔑されていた男である。これは何をか言わんや?
フリードマンの描く経済イデオロギー(理論?)は、現下の情勢にとってハッキリと悪の権化であると評者は理解する。フリードマンに係る「自由」の概念について、どうやらナイーブにも高い評価をし、ラジカルな自由主義者だとの見解を持つ人が少なくないようだが、少なくとも「自由」概念について書いた書物、たとえ新書でもよいから1冊読まれたほうがよかろう。誰のものでもよい。「自由」とは複雑錯綜した概念であって、そもそもいい加減なレビューの作文では扱えないものであるという程度の認識は必要だ。
リベラル、そしてネオリベラル。評者はどちらにも何の幻想も抱いていないし、同根の問題を孕むものではあるが、決して同じものではない。単純化すれば、それがナイトによるフリードマンの破門につながったとも言える。
本屋には濟まないが……
ミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」が新譯で發賣された。
本屋でチラと立ち讀みしたところ、「累進制課税」の弊害を論じた箇所に出食はした。
その本來の目的とした事とは異なり、善かれと導入された頭ごなしの制度と言ふものが、制度自體の論理的な歸結として、人々を苦しめる。
かうしたパラドクスは、日常常々起り得る事であり、われわれの極身近な認識とも一致する。
フリードマンの著作を、一般書などと侮る事勿れ。
プラトンやデカルトとても、あれは一般書と言つて良く、一般の知識や智慧と通底しない代物なんぞは、糞食らへである。
乗り越えるべき古典
解説で、サミュエルソンとの対比が書かれているので、それを踏まえて書いておこう。
サミュエルソンは、市場の安定性についての研究を多くしていることから、市場メカニズムに対してフリードマンよりずっと懐疑的である。つまり、サミュエルソンは市場も政府も信用しないが、その上で政府の役割を考えざるをえない、というスタンス。他方でフリードマンは政府に対する懐疑に比べて、市場に対して手放しで信用する傾向が強い。この楽観主義は、十分に裏付けられたものとは、私は考えない。また、サミュエルソンは厚生経済学の分野でも重要な貢献を多々しており、経済学における価値判断の問題の持つ難しさを十分踏まえていた。それと比べると、フリードマンの価値判断に対するスタンスは、ロビンズ以降の著作とは思えないほど慎重さを欠いている。彼の政策の明快さは、この無邪気さゆえである点に注意したい。
逆に言えば、その点を批判的に検討していく作業が重要だ、ということ。リバタリアニズムに批判的なスタンスを取る人こそ、本書を手に取るべきだ。星5つは、検討材料としての重要性に対する評価。本書の主張に、私はほとんど同意しない。
本当に読みやすい
ただ今、読み終えてしまいました。本当に。。。2日かかりませんでした。
自分でもびっくりです。
楽しいです。内容については特に書くまでもないでしょう。徹底した自由主義者の徹底した論述です。そして確かに学術論文ではありませんが、フリードマンの思想が一掴みできる図書だと思います。
そこで疑問が一つ、これは本当に読みやすい翻訳です。この読みやすさは今までにないものです。だからというわけではないのですが、原文との照合は本当に大丈夫なのですよね。時間がないので調べることができないので、翻訳者、出版社そして編集を信じるしかありませんが、日本語としての自然な表現の連続で、これがほんとうなら大したものだと思います。確かに、翻訳は「読みづらい」ものだ、という定理があるわけではないので、読みやすい翻訳はあるべきですが、ここまで良い日本語だと本当か?とさえ思われてきます。
でも全てを信じて星5つ
復刊されました
旧版が日本から撤退したので長らく品切れ状態でしたが、今回は西山訳から別人が翻訳しています。この本も既にそろそろ古典の仲間入りの時期なのかも知れませんが、フリードマンの論点は鮮やかです。本書を読むと日本がシカゴ学派の影響を受けて政策を実行されてきたかがわかります。本書でも書かれている郵政民営は実行されましたが、教育バウチャー制度(頓挫してしまいました)など興味深い内容が沢山あります。本書を読んでみて彼の意見に賛同するか賛同しないかは個人の判断ですが現在の日本の状況を見れば答は自ずとわかるはずですし、マネタリズムは失敗に帰していますから。
