- [著]橋爪 大三郎
- [著]副島 隆彦
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- - (237頁)
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- 4896672631
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- 弓立社 (1992/06)
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平等の悪性について
左翼(=平等主義)が、例外なく、内部抗争と党派闘争に明け暮れてしまう仕組みを絵解きし、
マルクス主義(=平等主義)とはスターリン主義(=恐怖政治)であると言い切った小室氏の凄みを噛み締めて頂きたい。
「ソ連国民に世俗内禁欲を強い、社会主義社会建設へむけて驀進(つっ走る)させるためには、
どうしてもスターリンのカリスマが必要であったのだ」『ソビエト帝国の最後』
歴史上、前代未聞である無階級(=平等)社会を緒に就けるためには、カリスマの存在が必要不可欠であった。
平等を標榜するカリスマにとって、カリスマの併存は、平等そのものの自己否定となる。
「ソ連において、共産党とソ連陸軍という二大組織が単なる分業と協同の関係に立ちつつ併存することはありえない。
共産党が勝つか、軍部が勝つか、二つに一つしかないのである」『ソビエト帝国の崩壊』
平等主義を標榜するカリスマが、平等を実現しようとすれば、恐怖政治(=スターリン主義=内部抗争と党派闘争)に陥らざるを得ないのである。
追記、ノブレス・オブリッジに関する副島氏の意見(p206−p210)が、大変参考になる。
ノブレス・オブリッジ(=優越者の清貧義務)の源泉は、特権意識(=下位の者をしっかり見下すこと)である。
故に、学力差別を後ろめたく感じざるを得ない我が国のエリートには、そもそもノブレス・オブリッジなど期待できず、
優越感を肯定できないという不全感(=特権意識に対する欠乏感)は、
腐敗(例えば、NHKも大新聞社も、表面上公募だが、コネ採用が実情である)性向の温床となってしまうのである。
競争制試験制度と全人的人間教育とをはっきり区別し、能力競争の勝者に社会的栄誉を与える制度を確立し、
エリートの内面にエリートとしての自覚(=下位の者をしっかり見下すこと)を持たせてやることで初めて、
国民のために身を粉にして働く公僕が育つのだという解釈である。
平等の暗部に目を向けるとともに、エリートの育成を再考すべきではないだろうか?
