訴えかける「間」の力
[No.30] posted by まやや
これはイタリアの映画。まずハリウッド映画なら絶対使わない「間」や、静かな演技表現を、とても大切にしています。 女と遊びほうけるザンパノを、道端でしょんぼりと待ち続ける、知的障害を持つジェルソミーナ。「間」も長すぎるわけではないし、景色も変わらず、特別な工夫がされているわけではないのに、長い長い時間と、途方にくれる彼女の気持ちが、何故かチャチい演出のハリウッド映画なんかより、ストレートに伝わってきます。 ザンパノが「自分が置き去りにしたジェルソミーナが死んだ」という真実を知ってから、海岸で泣き伏すまでにも、しばらく間があります。信じたくない、飲み込めない、その葛藤や放心状態が、また強く伝わってくる。普通に考えて、絶対絶対許したくない嫌な野郎なのに、姉のローズの時だってこきつかって弄んで病死させたくらい良心の麻痺した男が、罪のない綱渡り師を無惨に殺した男が、捨てた女の訃報を聞いたくらいで改心するもんか。病気を悪化させて捨てた時点で、こうなることくらい想像ついてなかったのかよ。そう頭ではひたすら憎らしく思うのに、静かに繰り返す波の音と「間」が、そんなザンパノの涙をも信じてやりたいという、ジェルソミーナと同じ心にさせてしまうから、不思議です。
良すぎて震えた。
[No.29] posted by さんどいっち
最高の脚本。
観て絶対に後悔することは無い。
人類が存在する限り永遠に観られていく映画の一本です。
男はみんな ザンパノ
80.0% (4 / 5)
[No.28] posted by フレンチクルーラー
男は、なんだかんだ言っても 自分が一番正しいんだ、
一番偉いんだ、と思ってる存在なんです。
男は、人に弱みなんか見せられない存在なんです。
だから困った時でも人に相談したり、
自分が悪いと分っていても素直に謝れない存在なんです。
それが 男なんです。
男はそんな存在ですから、
彼女がいても、家庭があっても孤独なんです。
だれかと飲んだり騒いだりしても 孤独なんです。
だから、泣く時も、
だれも見ていない処で、出来る限り声を立てずに泣くんです。
何かを得ようとするのではなく
66.7% (2 / 3)
[No.27] posted by 祭りの後
黒沢明は「この映画であなたは何を語りたかったのか?」と聞かれ「そんなこと一言で言えたら映画なんか作らないよ」と答えた。「道」を見て、そこから単純なメッセージを得ようと思うのは短絡的であり、恐らく作者フェリーニの意図するところではないだろう。
「道」は言うまでもなくフェリーニの名作であり、名作の条件の一つが時間のテストに堪えうるということでれば、明らかに半世紀以上、この映画は名作としてその名を映画史上に刻み続けて来た。野獣のような大道芸人の男と、純粋無垢な知恵遅れの女の物語であるが、もちろん紆余曲折あり、なんともやりきれないほど物悲しい映画である。単に終戦直後のイタリアの物語として楽しむのもいいだろう。また、宗教的な意味を探ってみるのももう一つの楽しみ方かもしれない。
イタリアン・ネオ・レアリスムの末期の作品であり、またネオ・レアリスムと一線を画した天才フェリーニの記念碑的作品であると同時に、名優、ジュリエッタ・マシーナ、アンソニー・クィン、リチャード・ベースハートの名演に、演技とはこうあるべきと実感させられる映画でもある。
判断は
40.0% (2 / 5)
[No.26] posted by ぞろ
判断は観る人間の自我に関わるのではないだろうか…?
人間には本来「良心」がある…。
にも関わらず、人を「卑下」したり、評価、意のままに動かそうとする「傲慢さ」等々、
人生を顧みない「生き方」をみせる人もいる。
しかし、その根本に隠れる「良心」がどこかで頭をもたげ、必ずその人自身の過去をあらいざらい裁いていく。
そこにはお金も、地位や名誉も関係ないし、通用もしない。
神様であろうと介入する隙間は無い。
「裁く」のは「自分」自身だから。
つまり自分の事は自分が一番よく知っている。
「人生に頭がいいとか、地位や名誉、お金なんて本来の『幸せ』の内容には関係ない」
と自らの価値観を覆させられるには時間のかかった…主人公の男。
人生にはもっと早い段階で「思索」や「想像すること」が出来た筈であって、
「体感するまでは何も信じない」その自分の小我に固執する考え方の人たちの姿勢に、
裁きが下った瞬間であったと思う映画。
欠けていたのは「感謝すること」や「恩を感じる心」。
人として「自分をそだててくれたすべて」に感謝をする事の大切さ…。
その「恩」を感じない人間に「温かな幸せ」は遠い…
現代、世界的にモラルの低下が叫ばれて大きな課題となっているようです。
これからを生きる特に若い人たちには、「何を描いているのか」をじっくりと考えながら一度は観て欲しい映画。
人生のあらゆるエッセンス
50.0% (1 / 2)
[No.25] posted by みんとまにあ
わずか104分の映画ですが、その中に人生のあらゆるエッセンスが凝縮されているといった感じです。もしかしたら、ジェルソミーナのテーマ曲の方が作品以上に有名かもしれませんが、場面やセリフの一つ一つに内包される教訓やイメージは脳裏に焼き付いて離れません。
作品のプロット自体はたいへんシンプルなのですが、人生や愛の意味、運命の流れの中で人はどう考え、どう生きていくべきなのかを深く考えさせてくれる映画です。
監督のフェリーニも自身の作品の中でお気に入りの作品だということがよくわかります。
自分はこれがきっかけで、他のフェリーニの作品も見るようになりました。
古い作品なので、500円以下の廉価盤がないかと探しましたが、自分は見つけられませんでした。それでも、2000円以上払っても、十分に価値のある作品だと自分は思います。
まだ見ていないという人は、死ぬ前にぜひとも一度見てほしいです。
本当におすすめです。
うつくしく哀しい
71.4% (5 / 7)
[No.24] posted by 鉛筆を持つボクサー
フェリーニの妻・ジュリエッタ・マシーナが知能のひくい、だが純真無垢の女・ジェルソミーナを演じた。ジェルソミーナは、母親の手で大道芸人のアンソニー・クインに売られ、そして捨てられて死ぬ。
はじめてアンソニー・クインと夜をすごした朝の哀しい表情。これほどの哀切極まりない顔は、これまでのどんな映画でも見たことがない。ラストシーンの美しさも語り草になっている。映像の美しさとともに、粗暴な男(アンソニー・クイン)の心を照らして胸にせまる。
フェリーニは、3年後に同工異曲の「カビリアの夜」を出したが、本作にはるかに及ばない。
ここでのネタバレのせいにもあり・・・
0.0% (0 / 23)
[No.23] posted by けんじ
レビューを見てどんな凄い内容の映画だろうと購入しました。
見終わった感想、過大評価され過ぎだと思いました。
現実に付き合った女性にこの映画以上の事は教えられてます。
ニナ・ロータの音楽にも期待しましたが、
「ゴッドファーザー」や「太陽がいっぱい」の様なインパクトは全くなし。
映画は暗い場面になると真っ暗で何も見えなくなる。
テレビを明るく調節しないと何をしてるか全く分からなかった。
明るくすると今度は字幕が眩し過ぎてバランスが悪い。
石ころの台詞はここのレビューで感動済みだったので観た時には改めて感動なし。
それぞれの「道」
60.0% (3 / 5)
[No.22] posted by タンブリン
知的障害をもつが、故に天使のように純粋な女、ジェルソミーナ。猜疑心が強く、粗野な男。そして老境に立ち、大切なものへの喪失に気付く鎖切り芸人、ザンパノ。お人好しで陽気な男。「石ころ」のようにあっけなく命をおとす綱渡り師、イルマット。三人の人物造型があまりに素晴らしく、そして、それぞれの道はあまりに哀しすぎます。「道」というタイトルは哲学的ですが、難解なものは何もなく、とても身近で人間的な、私たちの映画なのです。 ニーノ・ロータの音楽と、道を行く車輪のカットと共に、ずっと心に生き続ける映画だと思います。 余談ですが、家内の父親と「最も心に残った映画」の話になった時、地方から都会に働きに出て来て、タイトルに惹かれ、なけなしの金をはたいて観た映画が、この「道」だったそうです。義父とはなかなか話が合わなかったのですが、初めて分かりあえた気がしました。そこには義父の「道」もあったのです。
素晴らしい映画
62.5% (10 / 16)
[No.21] posted by クリスピー
中学生の時に見て泣いて、二十数年後に見て、また泣きました。素晴らしい映画だと思います。
「甘い生活」や「8 1/2」の味わいとは違う、ネオ・リアリズムの余韻を濃厚に残したフェリーニの傑作だと思います。