愛と記憶、感情と実在の内面SF映画
50.0% (1 / 2)
[No.27] posted by amaterasulover
キューブリックは小説家クラークと一緒に、2001年宇宙の旅で、知と進化をテーマにしましたが、タルコフスキーは、同じくソ連の小説家レムと一緒に、愛、記憶、実態、感情をテーマにしました。ソラリス上空を周回する宇宙ステーションの中で起こることが物語になっていますが、例えば、自分がその宇宙ステーションにいるとして、過去に思いを残す人を思い浮かべたとしましょう、、もしその人が現れたらどうしますか。そして、その人と生活を共に出来たとしたら、、あなたは満足ですか、、。もし野の人が、とっくに死んでしまっている人だったら、、。きっと愛ゆえに満足もするでしょう、、。でも、、その人には、、あなたを愛しているという感情だけはあるが、過去の記憶が無かったとしたら、、。そしてその人が記憶が無いことに悩み始めたら、、。あなたは、一緒になやむことでしょう。なぜならば、愛があるからです。また、記憶が実在化する物体つまり人間のようなものになったとしても、、それは、本当のあなたの愛した人ではなく、単なる物体なのです。しかし、そう思ってもその物体は好きだった人のような感情を持っています。非常に厄介でしょう、、そう思いませんか。SF映画の中では2001年宇宙の旅と並ぶお気に入りのひとつです。傑作。アメリカでのリメイク版がありますが、それはテーマは同じですが、少々解釈を変えています。僕はこのオリジナル版の雰囲気が好きです。ハリウッドのようなアクティブでクリアな映像ではなく、文学的で柔らかく、なんともいえない、旧ソ連のSFという感じが、他の映画には無い特徴となっています。
究極の密室映画
33.3% (1 / 3)
[No.26] posted by 全面教師
タルコフスキーの映画はどれも催眠映画である。目覚めても違和感無く情景が
繋がるのが凄い。この映画は結局、自分の世界から永久に脱出できないと言う
究極の密室映画の形を採っている。私の知り合いは惑星ソラリスは寂しがり屋
だと考えるととても納得がいくと言っていたが確かに友達が欲しいんだろうね。
宇宙にたった一人で彷徨っているのは余りに寂しすぎる。液体窒素で殺された
はずの妻の幻影が生き返るシーンはエロティックな恐ろしさに溢れている。
ケルビンは言った・・「地球にはまだ人類愛は届いていないんだ」
66.7% (4 / 6)
[No.25] posted by 天と地を行き交う男
この映画を初めて見たのは、有楽町にあった映画館で、当時のタウン情報誌で絶賛してあったから見てみた・・・。超満員の空気の悪さのためもあろうが、あまりの長さと眠さにさすがにまいってしまった。
しかし、タルコフスキー体験とは常にそうで、見終わったあと、じわじわと断片的場面がバッハのオルガン曲とともに執拗によみがえってきて、気になってどうしてもまた見たくなる・・・そしてその奥深い宇宙へと浸っていくのだ。
この映画で最も印象深く、陶然としてしまうのは、わずかな無重力状態の中で、男と女がふたり抱擁したまま中に浮くところ。そこにかぶさるのがまたバッハである。それは赦しと救いのつかの間の奇跡が起こったようで、比類なく美しく、宗教的愛にあふれている。
地球に帰還した主人公が、なぜか雨のしたたり落ちる家の中に父の姿を見つける場面も、取り返しのつかない後悔と限りなき慈愛の心がないまぜになったような、意味深遠な感動に心震える。
彼の映画では、、宗教的な愛や超越的な哲理と、実人生の諸相との相矛盾することへの葛藤と焦燥感、対立を超えた昇華と昂揚感のようなものが、詩的で鮮烈なイメージとともに描かれているのではと思う。
哲学者、芸術家、詩人、建築家、工芸家、演出家等、さまざまな要素が彼の中で混然と調和および葛藤していたのではなかろうか?
主人公ケルビンが劇中でこう言っていた・・・・
「地球にはまだ人類愛が届いていないんだ。」
ナメるなIVC!
100.0% (25 / 25)
[No.24] posted by VOID
他の方がおっしゃる通り正に手抜きとしか言い様がありません。この値段でこの内容では本当に不愉快です。特典映像の日本語字幕はないし、ジャケや背表紙なんかの売り文句も安っぽくて素晴らしい映画の内容をぶち壊しにしてます。あと私が買ったのなんて輸入盤だからか知らないが新品なのにディスクに傷が付いている始末。ブートじゃあるまいし日本で出すならそのくらいしっかりしろや!素晴らしい映画なのに国内盤がこんな物しか出回っていないのが残念でなりません。
サイエンスフィクションではなく
0.0% (0 / 12)
[No.23] posted by S600
スペキュレイティブ フィクション 思弁的って訳すのかな?SFでニューウェーブって言われるジャンルができて新しい表現が行われたころ・・・・バラードの結晶世界とかアンドロイドは電気羊・・・・そうレプリカントのあれだね・・なんかが出てきたんだよね。心象風景や形而しえないもの・・それを1番表現できてるのがこの映画だと思います。
名作って言えば簡単だけど中身はそんなものじゃないし、2001年とSFとして比べるのはちょっと違う気もしますね。(2001年見た人は 幼年期の終わり読んでくださいね)
映画館より今は大きなプラズマや液晶でヘッドホンで聞きながら見たら・・・・疲れるか・・・・
とにかく、、、見ないで語ることの出来ない映画です。ストーリーだけが目的ではありませんから・・・
ソラリスの陽とともに
33.3% (6 / 18)
[No.22] posted by ヒルコ
ソラリスを初めて観たのは若年の頃、その時は俗に言うタルコフスキー映画の催眠効果の為、最後まで鑑賞する事が出来ませんでした。なにしろこの映画は一見すると抑揚が少なくそれでいて長い。当時横行していた"ハリウッド映画"を見なれていた私には刺激が少なかったのです。今思えば無知による無感覚と言うのがその最大の原因だったのでしょう。結局のところ2度に分けて全編を視聴するという非常に不敬な形で映画鑑賞をしてしまいました。
時を経て書物を読むようになって久しく、現代の娯楽映画の氾濫に絶望しかけていた頃、再び「ソラリス」を鑑賞しました。原作を読んだ後その映像化されたものを観たくなるのが人情と言うものです。レムのSF小説はどれもが取り分け素晴らしい作品なので尚更です。映画版ソラリスの過去の印象を刷新出来ると確信しておりました。しかし私がその時観たのはソダーバーグ版でした。間違えたのでは有りません。タルコフスキー版が見つからなかったのです。どのような呪いの言葉が口から飛び出すか知れたものでは無いのでソダーバーグ版の批評はここでは控えるとします。
ともかくも私はその後タルコフスキー版を手にする機会に恵まれました。タルコフスキーのソラリスを鑑賞したのは、はるか昔。驚くべき事に*"あの"テーマ音楽すら忘れていた私は改めてソラリスのオープニングを"体験"し終えた時、何かが始まると感じました。それは鑑賞と言うよりは体験でした。ソラリス・ステーションの4人(あるいはそれ以上)の男女と共に苦悩や決断を共有したのです。
映画中のある女性のあの言葉「でもわたしは人間になります。 ‥‥わたしは人間です。」 なんと悲痛に、なんと美しく心に響くことか。私は創られた映像の中で彼女ほど人間に近いひとを見た事はありません。言葉の壁、時間、空間の壁を越えて彼女の声は響きます。生きた人間の言葉として。
*コラール・プレリュード《主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる》 BWV639 J.S.バッハ
余韻の残る人間ドラマ
22.2% (4 / 18)
[No.21] posted by こぶたのベイブウ
愛するものを亡くした喪失感を知った
人ほど心に響くものがあると思う。
妻や両親への愛、後悔、過去の郷愁、
人間的な愛情やさまざまな感情に響く。
私も愛する人を亡くしたらコピーで
いいのでソラリスに行きたいと思った。
愛犬が出るシーンに、うちの愛猫も
ソラリスで復活して欲しいと考えた。
でも実際に行ったら、私の心の奥にある
無意識の想いに打ちのめされそうだ。
自分の内面に向かうソラリスの物語、
印象的な結末といい、とても面白い。
観念的で首都高速のシーンも長いが、
哲学的で、余韻の残る人間ドラマだった。
なつかしいなあ
9.5% (2 / 21)
[No.20] posted by lookfar
学生のころ映画館で見ました
社会人になってビデオを買いました
今回はDVDを買いました
三回見たことになります
原作とはずいぶんイメージが違います
しかしなつかしいですね
なつかしいソラリスの海
64.3% (18 / 28)
[No.19] posted by あべまりあ
惑星ソラリスの海はそれ自体が不思議な能力をもった知性体だ。その不思議さは,人間と出会うことではじめて顕在化する。ソラリスの海は,人間の記憶や夢を実体化させるのだ。
大人になる過程で,大人として生きる過程で,自分の心ふかくに刻み込まれた大切なだれかの面影を,あえて直視しまいとする。その面影と腰を据えて対面していたら,職場や家庭での生活において,齟齬をきたすのは目に見えているからだ。甘い記憶も苦い記憶も,あえて想い出さないほうがいい。大切な夢は,いっそう忘れたほうがいい。
そんなふうに生きている文明社会の地球からソラリスの宇宙ステーションにやってきた数名の研究者たちは,ソラリスの海によって実体化された,自分の記憶や夢と,いやがおうにも正対せざるをえない状況に追い込まれていく。幼年時代。故郷。妻に子どもたち。亡くしてしまってからその大切さに気づき,だからなおさら想い出すまいと努めていたはずの,なつかしいものどもが目の前に現れるとき,ステーションの研究者たちは,耐え難いほどの羞恥心に襲われながら,自分の夢と思い出とに溺れそうになったり,死にものぐるいで拒絶しようとしてみたり。
透き通った水のながれに揺れる水藻たち。霧の立ちこめる森とカッコウの鳴き声。そして夕立。おなじみのタルコフスキーワールド全開で,夢と記憶について,幼年時代のパラダイスについて,難行にして慰安でもあるような愛についての,映像哲学が語りだされてくるようだ。ひたすら受け身で見ていると,タルコフスキーの形にならない思いが,無意識にまで働きかけてくるような映画。
タルコフスキーのSFです
9.5% (2 / 21)
[No.18] posted by キョロちゃん
思ったこと、考えたことが現実に出てくるなんて、クリスは亡き妻のことで悩み、頭から離れない。そしてそれは目の前に現れる。これは人間を滅ぼすということでしょうか?だから宇宙船の乗員は自殺した。
海のようなものが意思を持つ、これは、それにはとても対抗できないことを暗示しているのではないでしょうか?
全体に重い雰囲気の流れるSF映画です。