現代中国の縮図の中の感動
40.0% (2 / 5)
[No.11] posted by 佐倉ごるふ
久しぶりに泣けました。『ニューシネマパラダイス』以来というと大げさでしょうか。急速に近代化、資本化を進めている現代中国の「都市と農村の対照」を描いている、のかどうかはわかりませんが、そんなことは観る者には、どうでもいいことですね。とにかく、素人を使ったのは、はまります。どこまでが演技なのか、演技でないのか、わかりまませんけど(監督、きたねー)。「あの子」を捜して「代用教員」ウエイが都会の放送局で局長を待っている件(ネタばれではないでしょ、これは)は、丁寧な撮影で、観る者に主人公の心理に同化させる作用がありますね。その後のクライマックスが生きてきます。ストーリーは単純なんですが、こういうのを傑作に作り上げるのが、「作家」と言われる映画作家の力量なんですね。(素人を使うのは、昔イタリア映画ではやったような気が)
子供たちをやさしい気持ちで見守ることができた
85.7% (6 / 7)
[No.10] posted by 海山ごはん
『初恋のきた道』や『英雄』で監督を務めた、チャン・イーモウの作品。
監督自らキャストをオーディションと現地で決めたという離れ業で撮ったこの作品は、その効果が遺憾なくなく発揮され、素朴で飾らない人々の物語を作りあげた。
ウェイ・ミンジが代理教師として、最初はお金のため、後に子供たちのために奮闘する姿はとても愛らしい。
チャン・ホエクー の悪がきぶりも地でいっているだけに違和感がなくこれまた愛らしい。
物語の最後に「爆弾」が、仕掛けられているので思わず涙してしまったが、見終わった後とってもすがすがしさとやさしさが入り混じった気持ちになれた。
是非お勧めする作品である。
自分以外の誰かを思いやる心を
75.0% (6 / 8)
[No.9] posted by 025
「初恋のきた道」を観た時に、自然の緑に主人公の女の子が着る赤い服がきれいに映えているなあと思ったのを思い出しました。この映画でも緑と赤のコントラストが同じようにきれいです。
でも、「初恋がきた道」の主人公がかわいらしい女の子だったのに対して、この「あの子を探して」の主人公、ウェイ・ミンジはぶすっとしていてお世辞にもかわいいとはいえません。
ミンジがぶすっとしているのは、自分と大して変わらない年齢の子供たちの先生にならなければならなくなったからです、お金のために。そんな彼女ですが、生徒と触れ合ったり、いなくなったホエクーを探しに行った街で苦難の数々に出会ったりしていくうちに、成長していき表情にも幅が出てきます。そしてとどめはテレビカメラの前で流す涙。自分も街で苦労をすることによって、迷子のホエクーの気持ちを推し量ることができるようになり、自分のためじゃなくて、彼のために涙を流すんです。お金のためなんかではなく、心の底から彼を心配して。
舞台は中国で、日本とは違う部分が多いですが、それでもこの映画にこめれらた監督の思いは、日本人でも十分感じ取れるものだと思います。
中国語学習者のかたにもお勧め。
60.0% (3 / 5)
[No.8] posted by tomomisaekiphd
登場人物の多くがぶっきらぼうで自己中心的でいながら、どことなく優しくて、いい味を出している。上海を旅したことがあるので、街中はそうそうこのように自転車に轢かれないように道を横断しなくっちゃとか、屋台の様子とか思い出しながら楽しく観ることができた。今度は機会があったら村部も訪ねてみたいなという夢も持たせてくれた。筋が明快、せりふが簡単なので、中国語の初級・中級学習者のかたがヒアリング力アップの為に活用されるのにもお勧め。
美文の名の下に
57.1% (8 / 14)
[No.7] posted by ペトロニウス
一言で言うと、貧しさの中にある温かい心を描いた「お涙頂戴モノ」です。『初恋のきた道』『至福のとき』チャン・イーモウ監督だけに、映像は美しいし、脚本もうまいです。安心して泣ける映画でした。
ただ3作品すべて見ると、ちょっと売れるパターンと堕しているという気もしないではない。ただ、ホエクーとウェイの笑顔や表情は、豊かになるとともに失われた本当に素朴な表情で、安らぐこと間違いなしです。あとでメイキングを見て分かったのですが、本当に全員素人なんですね。
統一しているのが不思議なくらいでいつバラバラになるとも限らない中国本土では、共産党の独裁政権下にあるため、「批判」という表現方法は存在できません。天安門事件を生き延びた心ある学生たちは、こうした美文という形!式を借りて、ジャーナリストや政治機関紙などで様々な社会の矛盾を世に問うているといいます。そう考えると、「お涙頂戴もの」という形を借りた社会批判とも考えられます。チャン・イーモウ監督のスタイルからいっても、どうしても地方と沿岸部の経済格差を表現しなければなりませんからね。
楽しめた。
100.0% (9 / 9)
[No.6] posted by ござねぶり
多分、監督が映画を撮るとき、それが娯楽であることを意識した上で表現
したいものをどう伝えるか苦労をしているのだと思う。
この映画を見て感じたのは、鄧小平ー江沢民と続いた中国の改革開放の中
だからできた映画(五人組の時代なら、体制翼賛・革命中国は素晴らしい
の大合唱だったから)で、しかし、またその改革開放路線が中国に何をもたら
しているのか、監督が心に感じる変化しつつある国と人を切り取って
「今をあなたはどう思うのか」と提起しているのではないか。
具体的には、経済の発展・貨幣経済の地方農村への波及がもたらしている
社会変化へ、監督の深い思い。
「現金」至上主義が13歳の主人公を「50元」の代用教員にし(こんな僻地には
先生もこない・・村長の嘆き)、11歳の子供が都会への出稼ぎで、一日
「2元」の収入を得て、寡婦の病弱の母の為に働く現実。
社会主義経済下では、老人・子供・寡婦は大切にされているというのがス
ローガンだったし、教育重視の政策が行なわれているはずなのに年間一千
万人の貧しさからの退学者。
でも、この映画は単純に中国の経済発展「光と陰」に終わっているのでは
ない。退学者の15%がいろんな人々の支援と協力で復学している(映画
もそうだが)こと、国民一人一人が自立していくことと、互助の精神で、
もっともっと良い環境・国にしようと語りかけているのだと思う。
振りかえって日本は?
ズルイよ
85.7% (6 / 7)
[No.5] posted by シゲ氏
良いのは当然かもしれないですね。「貧しい中国と豊かな心」みたいな分かりやすい世界を子供を使ってこれでもかという感じで仕掛けてくる。監督は日欧米の視点(言い換えれば経済的勝者の視点)を分かってて作品を作っている一流の表現者、そしてビジネスマンだと思います。日本もちょっと前はこうで、とか皆言いたいんでしょうね。僕の性格が曲がっているというわけではないと思います。だって、彼これ1作じゃないでしょう、やり口はいつも一緒。意識的だと思います。きっと、そういう芸術上の錬金術を見つけたということなんですね。
ホエクー的少年は、まだ、中国にはいるのですね。
92.9% (13 / 14)
[No.4] posted by 宮牧
おもしろかったのは、代用教員であるミンジがまるでやる気のない先生だというところです。ミンジは報奨金ゲットのために生徒の未来や将来も考えずに一途に行動する、そのしたたかさと自己チューのところが現代中国を象徴しているなーと思いました。そして、その表情がまた独特なのです。可愛くない、素直じゃない、目つきが悪い、能力がない、短気である、とまあ、さんざんないわれ方ですが、映画はこのミンジのキャラでなければおもしろくはならなかったはずです。タイトルからして、迷子探しの「お涙頂戴」モノかと思っていたので、この予想外の設定には思わず引き込まれました。そして、とうとう、ミンジのTV出演の場面には、ムググッときたのです。それもこれも、ミンジの要領悪すぎの3日間がミンジのこぼれる涙でカタルシスとなり、その涙に呼応する迷子のホエクーの表情がものすごかったからです。現代日本では絶滅したホエクー的少年は、まだ、中国にはいるのですね。寄付金まで手にして帰村するくだりにはやや戸惑いを覚えましたが、エンディングのチョーク一文字の場面は、非漢字文化圏(ヴェネチア)の人間にとっては神秘的な感動すらあったでしょうね
中国が好きな人には…
75.0% (3 / 4)
[No.3] posted by あーのるど
現在の中国そのものって感じの、人、街が魅力的です。無愛想で憎たらしげな顔つきの子供たちが、嬉しい時のみにみせる笑顔が、まさに中国。臨場感を誘います。小学校を出たばかりの子供に、宿直つきの代用教員をさせると言うのは、話の展開に少し無理がある感じですが、素人の子供たちが頑張って演技しているのが、またいい感じです。個人的には、そんなに感動はありませんでしたが、狡さや苦労や逞しさの中国を知るにはいい教材です。朴訥な中国らしさが出ていました。
優しい気分になれます
33.3% (1 / 3)
[No.2] posted by enkn
ストーリー自体は単純ですが、全体に漂う独特の安心感があります。
とりたてて特徴的な部分も無く、
日本やアメリカの映画界が制作したら全く売れないのでしょうが、
視聴後のコーヒーがおいしくなりますのでとりあえずおすすめです。