- [監督]ウィリアム・フリードキン
- [俳優]エレン・バースティン
- [俳優]リンダ・ブレア
- [俳優]ジェーソン・ミラー
- [俳優]マックス・フォン・シドー
- カテゴリ:
- DVD (254分)
- 発売元:
- ワーナー・ホーム・ビデオ (2006/09/08)
- 定価:
¥ 1,980 (税込)- 在庫状況:
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ユーズド商品:¥ 1,150 より
エポック。
1974年7月13日。映画の歴史において永遠に記憶に残る日でしょう。社会現象ともなったこの映画は当日の夕刊を劇場を取り巻く行列の写真入りで飾ったほどでした。当時中学1年だった私もこの映画の公開時における騒乱と同じほどのマスコミの熱狂を未だ経験していません。ある意味、映画本来の文脈から外れた映画体験として記憶に残ってしまったほどです。
破格のホラー映画
子供の頃に観たときは単なるホラー映画としての印象しかありませんでしたが、最近ようやくこの映画の真価がわかるようになりました。神聖なるものと邪悪なものとの戦いという表面的な主題の奥に深遠な人間ドラマが展開されているのです。個人的には、この映画は多重人格等のある種の精神障害をもつ患者の治療場面における状況を象徴的に映像化したものであると捉えています。そうすると実に意義深い示唆が得られます。
「観察するに悪魔には三つの特徴があり・・・」と状況説明するカラス神父に対し、すかさずメリン神父が諭す言葉「いや(悪魔は)一つである。悪魔の言うことに耳を傾けてはならぬ。悪魔は嘘つきである。嘘に真実を混ぜて我々を混乱させる。それは我々を絶望させるためである・・・」はまさに治療困難な患者を前にして戸惑うしかない治療者への鋭い啓示ではないでしょうか。
しかし、カラス神父は、絶望に押しつぶされそうになりながらも、最後まで諦めはしなかった。少女が寝静まっているとき、腹部にあらわれたサイン「help me」が魂の奥の奥からの真実の叫びであることを見逃しはしなかったのです。
少女が病から救われる最終場面はまさに象徴的です。最終的にはカラス神父は悪を追い払うという通常の方法は無力であることを悟り、いわば体を張って自分の命と引きかえに悪をとり込み吸収するという行為を選択したのです。しかしこのような行動は、心の闇を内に秘めたカラス神父だからこそできたのであり、最終的には少女を救ったことで自己の罪が贖われるのです。このような観点でみると、映画の前半における台詞「悪には悪を」(evil against evil)という謎の言葉における重層的な意味合いが少しはわかるような気がします。
古いから
悪魔的怖さは日本人にとってあまり怖くないながらもまぁまぁ怖く出来たのかな。
というのは付加的要素がこわい。いわゆる後日談のオプションがあるから傑作なのかもしれない。
個人的に意味が分からない映像が時々でてくるのがごっつ怖い。
変なおばぁちゃんがぽつんとこっちを見てるときとか。
悪魔との闘いは古くて新しい話
この映画は、僕が高校1年の時ですから、もう30数年前のもの。学校では、エクソシストの話題でもちきりでした。
メイクも尋常じゃないと思いましたが、首がいきなり180度回転したときには、驚きを通りこして気分が悪くなる感じでした。
今見ると、70年代の服装でやや古臭さを感じますし、ゆったりと流れるストーリーなんですが、神父と悪魔の壮絶な闘いは、何度見ても凄いです。
技術的には今ほど洗練はされていませんが、神と悪魔の闘いをモチーフにしていますが、現代的にはキリスト教とイスラム教を対立させるものに見えて、構想の深さを感じます。
映画史上に残る傑作。
ウィリアム・フリードキンの最高傑作だ。前作の「フレンチ・コネクション」を好む向きも多いとは思うが、出演者のアンサンブルはこちらに軍配が上がるだろう。70年代からアメリカのホラー映画を愛好して来たが、未だにこの作品を凌ぐ作品はない、と断言出来る。フリードキンはこの映画を監督した時、気力体力ともに最高に充実していたのだろう。この映画に関してはどれだけ褒めちぎっても、褒め過ぎということはない。現在のアメリカ映画の質的凋落を思うと、この時代がいかに凄かったかかが良く分かる。嗚呼・・・。
