大衆芸術作品
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[No.9] posted by かなり悪いオヤジ
アキ・カウリスマキの映画を、商業映画として区分するか芸術作品として区別するかについては、少々意見が分かれるところだろう。人生負組の人間性回復をテーマにしたヒューマンタッチのストーリーに、ロベール・ブレッソン流のシネマトグラフ的手法(登場人物の感情表現を極力抑えた表現手法)を組み合わせた作風には、一見オリジナリティが感じられるもののそのハードルはきわめて低く、映画初心者でも容易に踏み越えられる大衆性をカウリスマキの作品群は備えているからだ。
確かに『過去のない男』ではそれらの要素+“貧乏”という大衆普遍性をも加味し、ブレンド作品としてなかなかの仕上りにはなっている。しかし、仕事の同僚からも嫌われ、女にも裏切られた男の再生を描いたこの『街のあかり』では、TVドラマなみのベタなヒューマンストーリーに感情移入するのはかなり難しい。いつものベッサメ・ムーチョなフィンランド歌謡も、この映画を他の平凡な作品から際立たせるには目新しさに欠けている。
要するにカウリスマキの作品群は、表現手法の組み合わせには長けているものの中味がスカスカなのだ。ほぼ同じテイストのシリーズを3本も作れば、この監督の手の内などみえみえで、少し映画をかじったことのある観客にとって、彼の映画から浮き上がってくるキーワードは“あざとさ”に他ならない。さはさりながら、ハリウッド映画に少々飽きが来ている人にとってカウリスマキ作品は、魂の奥底を深くえぐるような強者揃いのヨーロッパ映画入門として見れば、かなりおすすめできるのかもしれない。
ミニマルなヒューマニズム
100.0% (3 / 3)
[No.8] posted by イッパツマン
いつも通りのアンチ・クライマックスな淡々とした作風で、とことんツキが無くてもどん底から何とか這い上がろうとする男と、そんな彼に寄り添う女の仄かな愛を描く。そして、ラストの二人の新しい出発には、抱擁やキス、ムードを盛り上げる音楽などロマンチックな要素は何も無い。
そのあたりが、例えば「浮き雲」のラストよりも、更にずっと押さえた愛情の描き方をしていると思う。この淡白さは賛否両論だと思うけど、やたら「泣け」と強要する最近の日本映画業界の頭の悪さに辟易してる僕は、この抑え目なメッセージが逆に真摯だし信頼できると思います。
なお、映像の色やヘルシンキの街並みはとても綺麗で、ビジュアルの味がこの淡々とした脚本に文字通り色合いを添えて、寓話感を巧く醸し出しています。
無愛想な優しさ
[No.7] posted by 乱読屋のTOKUさん
主人公コイスティネンはラッセル・クロウ似の男前だが、いつの日か自分に巡ってくるであろう夢や幸せを信じながらも孤独な生活を送っている。「今にみてろ」という気持ちが頑なになっているのだろう、職場の仲間や上司にも疎まれている程だ。その心の内をマフィアのボスに見透かされ、利用された挙げ句に転落。
しかし彼は、あえてそれに抗おうとせず、運命に身を委ねるように受け入れてしまう。彼の夢は実は諦念と背中合わせだったのだ。何という痛々しさ。
しかし自らを投げてしまったような絶望の果てに一抹の救いが残されている…
そうした優しさが感じられるラストシーン、80分弱の映画とは思えないぐらい濃密な人間感。それを相変わらずの無愛想とも言える程に訥々とした演出で見せるカウリマスキ節は、やっぱり素晴らしい。
う〜ん・・・
25.0% (1 / 4)
[No.6] posted by 気肉
「えっ、これで終わり・・・?」というのが正直な感想。
何でもかんでも取りあえず受け入れてしまう主人公に感情移入出来ず。それが「敗者」なのだということか・・・
ソ−セ−ジ屋の女ももうひと絡みしてもよかったような。
全体的に引き算しすぎという気がするが、どうか。それでも何度も観たくなり、これもアリかなと思えてくるのがカウリスマキマジックなんですが。
毎度のことながら、色使いが美しく、音楽も最高。微妙にヘンな顔の登場人物たちを見ているだけで嬉しくなる。
重要な役ではないが今回も犬が出てきます。これまたいいかんじ。
三部作の前二作と比べるとこの星かなぁ・・
最後は力強く小さな希望で…
[No.5] posted by トビアス
仲間がいない一匹狼のコイスティネン。人がいいんだか無頓着なんだか人に左右されっぱなしの人生。そんな彼が突然現れた女性にまんまと騙されてしまう様を描く。
ほとんど動かないカメラワークや淡々としたセリフや演技。それらが市井の一人の男の孤独をひしひしと伝えています。映画最後のコイスティネンの言葉には小さな希望の兆しが込められていて生きる強さを与えてくれます。また大事な人はすぐ近くにいるってことも映画からのメッセージではないでしょうか。
ダメ人間をみつめる
25.0% (1 / 4)
[No.4] posted by picander
惚れた女に騙された、さえない警備員の男がその復讐にも失敗するという、それだけの話なのに、無上の幸福に包まれている。
やりきれないことが続いて、歩いてふと見上げたら目に入った看板の、ビールのジョッキを持った水着の女性が微笑んでいて、なぜか神々しい赦しの微笑に見えてしまう、そんなたわいもない一瞬は誰にでもあって、カウリスマキはその瞬間を丹念に構成している。
動きの少ない映像は、紙芝居が一枚ずつめくられていくような懐かしさ。
この三部作、『浮き雲』が最高傑作だと思うけれども、無駄をそぎ落として同じテーマを反復しながら、少しずつ差異を積み重ねていく陶酔感は、スティーブ・ライヒの音楽への印象とそう遠くはない。
小津の映画が好きだというカウリスマキは、日本にはいない小津の正統な後継者と言える。
カウリスマキを意識した日本の監督は幾人か思いつく。ただ、カウリスマキのルーツと言える小津の作品は日本でいくらでも観られるのだが、小津ではなくカウリスマキ風なのは、なぜだろう。
不幸と再生へのかすかな希望
44.4% (4 / 9)
[No.3] posted by 一色町民
冒頭、タンゴの名曲「ボルベール 帰郷」が流れる中、なんとも言えないハードボイルド・テイストな感じで物語が進みます。三部作の中では最も劇的な印象ですね。とはいえ、その印象が物語り展開を強めるということはありません。カウリスマキ監督特有の無表情な演技とぶっきらぼうなセリフ回しは、これまで以上に徹底している感じです。
主人公は暗い奴なのに、ひょうひょうと女性に声を掛け、ひょうひょうと断られる。(笑)それでもひょうひょうとしているのがイイ。彼の「無表情な表情」を捉えたショットをタイミングよく繰り返すカウリスマキらしい演出も健在。
主人公は仲間から無視され、街のバーでも無視される孤独な日々。どんどんと悪い方へ悪い方へ向かっているのに、無理してでも愛する女性に尽くす姿は、やっぱりハード・ボイルドといっていいかも。(苦笑) 切なくて泣けてきます。いや、なんだか笑えてきます。唯一、ソーセージ・グリルスタンド店の女主人だけが、彼の話相手になってくれる。彼女への「俺はもうダメだ…と言うのは冗談」というセリフは、なんとも良いなぁ...。
蒼い街に灯りが燈る
87.5% (7 / 8)
[No.2] posted by タハティ
カウリスマキ作品、ようやく映画館で観ました。フィンランドの夕暮れに魅せられました。
『人生そんなに捨てたもんじゃない』というのを、カウリスマキ流に表現していてほんとよかった!!色彩的にも町並みとか車、家具に至るまでおしゃれです。DVDを手元に置いて、これからも折に触れて観たい映画です。カウリスマキ監督万歳!
アキ・カウリスマキ監督はこころやさしい人
77.8% (7 / 9)
[No.1] posted by こじこじ
アキ・カウリスマキ監督の名前は以前から知っていたのですが
作品は初めてみました。
人がいいけど取り得がないダメおやじのコイスティネン。
そんなコイスティネンのことを一途に思うアイラ。
それに気がついてるのか気がついてないのかコイスティネン。
なのに簡単に、マフィア情婦ミルヤに簡単にだまされてしまうコイスティネン。
だまされてるのにミルヤのことをかばい、1年も服役してしまった
やっぱりダメ人間のコイスティネン。
硬い表情の登場人物達なのに、たまに、くすっとした笑いを誘うストーリー展開。
なかなか見ている人の思い通りに話は進んでくれないのですが
最後は、映画のタイトルを描いているような結末。
思わず、ハッとしたところでストーリーは終わります。
その他のアキ・カウリスマキ監督”敗者三部作”も是非、見たくなりました!